婚約なんて致しません!

黒田悠月

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副団長の苦悩。

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王国騎士団第2師団副団長ハリム・ウェントソンには気になっている女性がいる。

ハリムの所属する第2師団は現在王都に在留しており、日々王都郊外にある騎士団訓練所で鍛練の毎日を送っていた。 

ハリムの直属の上司、ゲイズ師団長は国の英雄と言われている。
長年に渡り国境を脅かしてきた東の隣国との小競り合いの日々を力業で解決した脳筋だ。
おかけで国は今平和そのものであり、ハリムの所属する第2師団は戦場に出ることなくひたすら訓練づけの日々。

英雄の率いる第2師団には将来有望な貴族の子息も多く、第2師団が訓練所を使用している時間には訓練所の周囲を見物の女性たちが取り囲む。

貴族の令嬢から玉の輿狙いの町娘から一部のコアなファンまで多い日には数十人単位で。

その中に彼女はいた。
ほぼ毎日。
雨の日も風の日もやってくる。
最前列に詰め寄る肉食系女子から少し離れた後ろの方で一人ポツンと立っている。

どこかの下位貴族の令嬢なのだとは思うが、舞踏会では見かけたことがない。

彼女の存在を意識し始めたのは一月ほど前の雨の日。
なかなかに酷い雨の日で途中で雷まで鳴り始めていた。

「戦場では雨も雷も関係ないわー!」

ワハハハハー!とよりテンション高く(雷に興奮したのだろう)訓練を続けようとする脳筋を宥め、訓練を中断させた。
訓練所は屋根のないだだっ広い広場である。
そんな所で剣やら槍を振り回してたら普通に雷に打たれる。

「そんなもの気合いと筋肉で跳ね返してやるわ!」

んなことデキルのはあんただけだから。
つーかホントにデキそうなのが怖い。
そんなことを思っていると本当に雷が落ちた。
ただし場所は訓練所の中ではなくさすがに両手の指で足りる数の見物人がいる柵の外に。
人が少なくて良かった。
雷は訓練所を取り囲む柵から少し離れた一本の樹に落ちた。
普段なら周りに大勢の見物人がいるあたりだが、その日はいなかった。皆、屋根のある訓練所脇のベンチに座っている。

ーーと、ほっとしかけたのだが。

「いかん!」

隣の脳筋が走り出す。
見れば件の樹の側に一人の少女が倒れている。
ハリムもまた慌てて走り出す。

何故この雷の中あんな場所に!バカか!

幸いにも少女は衝撃と音で気を失っていただけだった。
脳筋が抱き上げるとうっすら目を開け何やら小さく呟いてヘニャっという風に笑った。
ものすごく幸せそうな顔で。

その瞬間ハリムの胸は打たれた。

ハリムは自分で言うのもなんだがモテる。
非常にモテる。

爵位は子爵だが近い内に伯爵になることがすでに決まっている。
英雄の補佐官で切れ者だと評判な将来有望な騎士の筆頭であり顔も悪くない。
筋肉ダルマの多い第2師団の中でハリムを始めとする例外は女子たちのあこがれの的でありターゲットである。
常に肉食系女子が絡んでくるが、なんとか上手くかわしている。
 
だがその少女の笑顔はこれまでに見た女たちの誰とも違っていた。
媚のない素直な笑顔。

その笑顔にハリムは恋をした。

その後のハリムは訓練所で常に彼女の姿を探すようになった。
彼女はいつも少し離れた場所でこちらを見つめている。

ハリムは彼女を見つけるとわざと彼女の目に入りやすい位置で部下たちに訓練をつけたりする。
ちょっとだけカッコつけて数人を一度に相手してやっつけてみたり、わざとらしく上着を脱いで汗を拭いてみたり。
他の肉食系女子たちはきゃーっという悲鳴を上げるが彼女はいまいち反応が薄い。
というかもしかしてハリムに興味がないっぽい。

いや、ハリムの方を見ている時もあるのはあるのだ。
それも熱っぽい真剣な目で。

ただしそれはハリム一人の時ではなく脳筋と並んでいる時。
つまり彼女は脳筋を見つめているのだろうか。

彼女の好みは一部のコアなファンと同じく筋肉ムキムキだと?

これは自分ももっと筋肉を鍛えるべきなのか。
毎日脳筋と共にプロテインを飲むべきなのか?

だが自分の剣技は力業よりも早さと正確さを重視したものだ。
それを捨ててでも筋肉をつけるべきなのか。

ハリムは悩んでいた。

少女の目が脳筋一人の時は大して熱がないことには気づかず。
ハリムと脳筋、二人が並んでいる時にだけその目が輝きを増し唇がヘニャっと緩むことに。

「萌えー( 〃▽〃)」

と一人妄想の世界にイッちゃってることに気づかないまま、苦悩の日々を送っていた。



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