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異世界生活準備編

08

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「これでよっし!」

『都合によりしばらくお休みさせて頂きます。店主』

私は店のドアに張り付けた木片を眺めてウンウンと悦に入った。

久し振りにこちらの文字を書いたけど、なんとか読めるよね?
ちょっとだけたどたどしいけど。
まあ、大丈夫でしょ!

話す分には勝手に翻訳されているので問題ないんだけど、書く方はそうもいかないのだ。
言葉が勝手に翻訳されているカラクリは私の持つ創造神の加護による効果であるらしい。

私は日本語で話していても相手にはこちらの共通語に聞こえるし、相手の言葉は日本語で聞こえる。
なのでたまに口の動きと話している内容が微妙にずれていて違和感を感じることはある。
しばらくは慣れないかな。

これに関してはいつも来るたびに背筋がムズムズするんだよね。
で、慣れてきたかな?って頃に日本に帰る、と。

今回に関してはしっかり慣れるんじゃないかと思うけど。
私の予想だと今回の異世界滞在は短くて数ヵ月、長ければ年単位になると思うのだ。

家の準備具合からしての推測なんだけど、残念ながらそう間違っていないと思う。

「コロコロコロ」
「うん。準備OK!ティンクは先に戻って私が行くことを伝えておいて」
「コロ」

ティンクは頷いてフワリと空に浮かんでいく。

これで伝言OKかな?
たふんさっきのは「はいっ」の「コロ」だよね?
何言ってるんだかわかんないけど。

あれ?
何言ってるかわからないんじゃあ伝言ムリなんじゃ?
ま、いっか。

私は背中のリュックを「しょっ」と背負い直して片手にお土産のパウンドケーキとプリンの入った篭を引っ掻ける。

お師匠の手紙には「いつでもおいで。来れるならできるだけ早く。紬の好きな妖精の花がもうすぐ咲くから」とあって、これはすぐに行かねば!と昼からの営業はお休みにしてさっそく準備した私。

「うっふふふー♪」

お師匠の言う妖精の花っていうのは妖精の種が宿る花だ。
この世界に住む妖精は妖精の花が咲いて散った後に実る小さな白い実の中に宿る種から生まれる。
白い実はシャボン玉のようで。
フワフワと茎から放れて葉や枝や地面に触れるとパリンと割れる。
割れたシャボン玉からキラキラと七色に光る種が飛び出して空中で光輝きながら形を変えていく。
小さな人の形や、ネコやくまのような形の子もいる。

妖精は様々な動物の姿をしていて、背中に羽が生えた存在だ。

妖精の花はだいたい海の底とか緑の深い森の奥とか、山の中とか人目につかない場所に咲く。
その上同じ場所にまた次も咲くとは限らなくて、見つけるのはものすごく難しい。

でもお師匠は使い魔の妖精たちに見つけてもらってはいつも研究と保護のために花の株を持ち帰っているのだという。   

生まれたての妖精はまだ上手く飛ぶことができないし、魔法も上手く使えない。
そのために魔物や他の獣に襲われやすいのだ。

私は子供の頃に一度だけ花が咲いて種から妖精が生まれ落ちたところを見せてもらったことがある。

(めちゃくちゃキレイなんだよね!)

幻想的で神秘的な光景なのだ。

そりゃ絶対見逃せないでしょ!
お客様には悪いけど、店開けてる場合じゃないよね?

と、いうわけで。

私は空いた片手でお師匠の手紙に同封されていた紙を開いて地面に置く。
神の表面には複雑でどこか幾何学的な魔方陣。
転移魔方陣というやつで、すごく便利だけど世間にはあまり出回ってない。

ちょっとの書き損じやミスでおかしな場所に飛ばされたり手足がばらばらあちこちに飛ばされたりしてしまうから。
なかなか恐ろしい代物なんだよね。

(お師匠のものなら心配ないけどー)

絶大なる信頼感があるからねー。

『天眼の魔法師』様ですから。

すべてを見透し未来すら予知する魔王を倒した英雄の一人。

『アキト・ツマブキ』

異世界の勇者様ですからね。

「待っててねー!妖精さんっ」

私はぴょんっとテンション高く魔方陣に飛び乗った。
眩しい白光の世界。
今度はちゃんと目を瞑って。

開いたそこには黒いローブを頭まで被った日本人顔の黒い瞳の中学生が一人。

「やっほ、お師匠様!さっそく来たよー♪」

私の姿を認めた見た目中学生なお師匠様は、眩しそうに目を細めてから、やがてニッコリと男にしてはかわいらしすぎる微笑みを浮かべて「いらっしゃい、タイミングバッチリだよ、紬」と手を差しのべてくれた。





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