上 下
2 / 9
異世界生活準備編

01

しおりを挟む
ここは何度か来たことがある、家族の隠れ家だ。

私は辺りを見渡しながら、記憶を思い起こした。
最後に訪れたのはたしか2年ほど前。
中学3年生の夏休み。

うちの父はこの世界においては魔王を倒し、戦乱を終わらせた英雄である。
なもので。

顔が、売れ過ぎてるんですよ。

人口の多い都市や街なんかにはとても落ち着いて居られない。

ハリウッド俳優が来日したよりたぶん酷い。

1度まだ私が子供の頃に人族の国の一つを訪れたことがあったがものすごく大変だったらしい。
私は幼すぎてあんまり覚えてないんだけどね。

人に囲まれっぱなしで街に出るのを諦めざるを得ない挙げ句にその国の王宮に強引に招待された結果ずっーとパーティ三昧。
国王や側近たちからしたらなんとか世界の英雄を自国に取り込みたい一心で接待しまくったつもりだったんだろうけど。

ちゃんと人を見てしようね?って感じ。

あの父がパーティとかくそめんどくさいもの喜ぶわけないんだよねー。

結局キレて日本に帰ってそれ以来その国には一切足を踏み入れていない。

他の国でもわりと似たり寄ったりが続いた結果、各地にここのような隠れ家を造ってこっそり異世界田舎生活をたまに満喫している。

「……確かアルハザードの端の端だよね、ここ」

アルハザードは人族の王が治める国だけど、戦乱中から他の種族を受け入れていた他種族国家だ。
今では魔族さえ受け入れていたはず。

私たち家族にとっても比較的暮らし易い土地で、この隠れ家には何度か来ている。

木造二階建のログハウスっぽい造りの家で、一階は店舗になっていて二階にリビングとお風呂にトイレ、寝室が2つ。
キッチンは店舗部分にしかないので、食事は一階で作って二階へ持って上がる。

たまーの数日ならいいけど毎日毎回となると絶対めんどくさそう。
ってかめんどくさい。

(ご飯は店のテーブルで食べるしかないね)

私はその店舗部分に転移させられていた。

木のカウンターに四人掛けと二人掛けのテーブルが三つずつ。
両側の壁は小さな窓が三つ並び、ドアの脇には金色の鈴が吊り下げられている。
カウンターの奥には二階への階段と広めのキッチン。キッチン脇には小さなパントリー。

テーブルの上や床は人が住んでいないとは思えないほどキレイに磨かれている。

私は一通り見渡すと、背の高いドアへと向かいカランと音を立てて開いた。

周りは2年前と変わらない小高い丘の上の草原だ。
近くに他の建物はない。

一番近い町で歩いて10分ほど。

普通に考えたらなんで店舗なんか付いてるの?って感じだ。
店を開いたところで客なんて来そうにない。

(……けど、前はちゃんとそれなりに来てたんだっけ)

この世界、食文化がものすごく遅れていて、パンはカチカチだし味付けは塩のみとかだし、味噌や醤油のような発酵食品もなし、野菜や肉は焼いただけ煮ただけ。

そんなだから日本で食べられてるような食事は無茶苦茶喜ばれるし、やたら感動される。

ここをはじめて建てた時、一階に店はなかった。
私がまだ小学生の頃だ。

父は変なとこだけ日本人気質で、近くの町に母と私が焼いたパンを手土産に挨拶に行った。

その結果。

町の人の連日のお願いでパンを焼きまくり配りまくり。
もうこうなったらここに来た時だけは店を開こうとなって一階をカフェに改装したのだ。
母が日本のカフェを体験してちょっと憧れてたってのもある。

それからは数年に1度、数日から数週間程度の期間だけ私と母はカフェの店員をしていた。

(私じゃ自力で日本に転移は出来ないし)

だとしたら自力で転移できるようになるか、父が戻してくれるまではここで暮らしていくしかないし。

そのためにはやっぱり先立つものが必要で。

なんたって手に持ってきたものがスマホとお箸だ。

(機具や食器はある)

食材は最初は物々交換とその辺で採ってくるしかないかな?

うん。
一応なんとかなりそうな気がする。

こうなったらしゃーない。

異世界カフェでもやりながらまったりスローライフでもしてみることにしよう。

とりあえず生活をなんとかしないとだからね。





 



しおりを挟む

処理中です...