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第二部
プロローグ
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カーテンの隙間から西日が差し込んで来る部屋の中で、私は木製の古びたテーブルの上に置いた鏡を覗き込む。
『さっさとケリをつけて、兄上を国王にしてくる。そしてキミが正式に聖女に選ばれる前に戻ってくるよ』
ふと、どうしてかいつかのあの人の言葉が頭に思い出された。
--カイル様。
カイル・ノートン様。
本名をカーライル・ネスト・ヘイシス様。
隣国ヘイシス王国の第三王子であるあの人がこの国を離れたのは2ヶ月と少し前。
秋の終わり。紅葉が落ち始めて冷たい風が肌を差すようになった頃だ。
私はそっと指を上げて自分の唇を撫でた。
鏡に映る顔が、どこか頼りなげに瞳を揺らす。
「……ウソつき」
やっぱりチャラ男の言うことなんて信用ならない。
必ず戻ると言ったクセに、カイル様はヘイシス王国に戻って一月もない内に行方知れずになった。
カイル様自身も、カイル様の使い魔である鴉ももろともに、この一月と少し一向に行方は知れないまま。
「待ってなんていられませんよ」
一人ごちた呟きは愚痴のような、拗ねたような口調になった。
アレをキスだなんて認めていないのに、あの時に触れてしまったほんの一瞬の感触を指がなぞってしまう。
偶然が重なっただけ。
ただ唇同士が当たってしまったというだけのものなのに。
「私にも都合ってものがあるんですから」
私はぶつぶつと口の中で呟きをこぼし続ける。
決して私が望んだものではなくても、悠長にどこにいるかもわからない人を待ってなぞいられない現実というものはあって。
そもそも「わかりました」とは言ったけれど「待つ」とは言っていない、はずだ。
……うん、言っていない。
あれ?言ってない、よね?私。
うん、言ってない言ってない。
私は半年ほど前にカイル様と話した内容を頭の中で反芻して一人でウンウンと納得する。
ってか。
「今はんなこと思い出してる場合じゃないっての!」
ぎゃわんと叫んで傍らに置いた荷物から鋏を取り上げた。
洋裁用の少し大きい裁ち鋏だ。
私の店--ココルの作業部屋から拝借してきたもの。これを返すためにも戻って来ないといけないね、この街に。
そう思うとスゥ、と頭が冷えた気がした。
私の大事な店。
大事な場所。
大切な人たち。
離れたくなくて、そばにいたくて、ずっとずっと頑張ってきたのに。
ハーレムルートを回避して、破滅も回避して。
意図せず聖女に認められちゃったりはしたけれども、でもまだ時間はあるはずで。
最悪私が聖女として暗黒竜を封印しに向かわなくてはならないにしても、あと一年は猶予があったはずだった。
なのに現実というのはままならない。
ゲームのようにシナリオ道理には動かないものだ。
ま、そこに関しては少なからず私にも原因はあるのだろうけれど。
『クラ乙』のシナリオを引っ掻き回した自覚はありますよ、ええちゃんと。
でもだからって今の現実とそれをもたらした要因に何も思うところはないって言えるほど私は人間ができちゃあいない。
「……絶対、許さないんだから」
戻ってきたら、きっと目に物を見せてやる。
そのためにも無事に戻る。いや、今は無事にこの街を抜け出すことが先決か。
私は肺から一つ息を吐いて、鋏を持っていない左手で自分の長い髪をまとめて掴んだ。
ゆっくりとそれを挟んで鋏を動かす。
ザクリ、と音をたてて金色の束が私の身体から離れて、緩んだ指先から、床に落ちた--。
『さっさとケリをつけて、兄上を国王にしてくる。そしてキミが正式に聖女に選ばれる前に戻ってくるよ』
ふと、どうしてかいつかのあの人の言葉が頭に思い出された。
--カイル様。
カイル・ノートン様。
本名をカーライル・ネスト・ヘイシス様。
隣国ヘイシス王国の第三王子であるあの人がこの国を離れたのは2ヶ月と少し前。
秋の終わり。紅葉が落ち始めて冷たい風が肌を差すようになった頃だ。
私はそっと指を上げて自分の唇を撫でた。
鏡に映る顔が、どこか頼りなげに瞳を揺らす。
「……ウソつき」
やっぱりチャラ男の言うことなんて信用ならない。
必ず戻ると言ったクセに、カイル様はヘイシス王国に戻って一月もない内に行方知れずになった。
カイル様自身も、カイル様の使い魔である鴉ももろともに、この一月と少し一向に行方は知れないまま。
「待ってなんていられませんよ」
一人ごちた呟きは愚痴のような、拗ねたような口調になった。
アレをキスだなんて認めていないのに、あの時に触れてしまったほんの一瞬の感触を指がなぞってしまう。
偶然が重なっただけ。
ただ唇同士が当たってしまったというだけのものなのに。
「私にも都合ってものがあるんですから」
私はぶつぶつと口の中で呟きをこぼし続ける。
決して私が望んだものではなくても、悠長にどこにいるかもわからない人を待ってなぞいられない現実というものはあって。
そもそも「わかりました」とは言ったけれど「待つ」とは言っていない、はずだ。
……うん、言っていない。
あれ?言ってない、よね?私。
うん、言ってない言ってない。
私は半年ほど前にカイル様と話した内容を頭の中で反芻して一人でウンウンと納得する。
ってか。
「今はんなこと思い出してる場合じゃないっての!」
ぎゃわんと叫んで傍らに置いた荷物から鋏を取り上げた。
洋裁用の少し大きい裁ち鋏だ。
私の店--ココルの作業部屋から拝借してきたもの。これを返すためにも戻って来ないといけないね、この街に。
そう思うとスゥ、と頭が冷えた気がした。
私の大事な店。
大事な場所。
大切な人たち。
離れたくなくて、そばにいたくて、ずっとずっと頑張ってきたのに。
ハーレムルートを回避して、破滅も回避して。
意図せず聖女に認められちゃったりはしたけれども、でもまだ時間はあるはずで。
最悪私が聖女として暗黒竜を封印しに向かわなくてはならないにしても、あと一年は猶予があったはずだった。
なのに現実というのはままならない。
ゲームのようにシナリオ道理には動かないものだ。
ま、そこに関しては少なからず私にも原因はあるのだろうけれど。
『クラ乙』のシナリオを引っ掻き回した自覚はありますよ、ええちゃんと。
でもだからって今の現実とそれをもたらした要因に何も思うところはないって言えるほど私は人間ができちゃあいない。
「……絶対、許さないんだから」
戻ってきたら、きっと目に物を見せてやる。
そのためにも無事に戻る。いや、今は無事にこの街を抜け出すことが先決か。
私は肺から一つ息を吐いて、鋏を持っていない左手で自分の長い髪をまとめて掴んだ。
ゆっくりとそれを挟んで鋏を動かす。
ザクリ、と音をたてて金色の束が私の身体から離れて、緩んだ指先から、床に落ちた--。
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