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「ほら、アレよ。例の」

 わざとらしくも潜められた声の嘲りが耳朶を打つ。
 まったくご令嬢というものはどこに行っても悪意のある噂話と蔑みが好物であるらしい。

 
 ミラリアーナ・フライル子爵令嬢としてエブローズの魔術学園に留学してもうすぐひと月。
 私は一年のDクラスに在席している。

 エブローズ魔術学園は私の所属する聖リグシュール教団の総本山のあるレフール大陸最南端にあるアブル王国の第二都市エブローズにある魔術学園だ。
 そこそこ以上には有名で、卒業生にはそこそこ有能さを認められた魔術師も多い。
 まあそこそこなのだけど。

「子供でも使える初級魔術を失敗したのですってね」
「あら失敗どころか魔術が発動すらしなかったと聞きましたわよ?」

 派手な金髪縦ロールとブルネットのおかっぱがクスクス嘲り笑いを洩らす。
 制服の右上腕に着けた腕章は羽根を広げた鷹と飾り文字のB。腕章は身分とクラスを表す。
 つまり彼女らは鷹――誇り高き貴族であり、Bクラスの生徒ということ。
 襟元のリボンは私が着けているものと同じ若草色の鮮やかな緑。一年生だ。

 この学園は大陸にあるいくつかの教育機関でそうであるように校内においてすべての生徒は平等に一生徒であるとしている。ただし貴族と平民で腕章の意匠を変えてあることからして建前でしかないのもあきらかである。

 ちなみに私の腕章は鷹は鷹だけれど羽根は閉じている。

 どうも伯爵家以上の高位の家と以下の爵位の家で違っているらしい。なかなかに細かい差別化だ。

 私はご令嬢たちの囀りを聞き流しながら図書室のドアを開けた。
 大量に並ぶ書架の中から適当な一冊を手に取り、窓ぎわの席に座る。

 ここはこのひと月の私の放課後の定位置。
 この窓からは学園の内庭がとても視界良好に見渡せるのだ。たとえば中央にある女神像の噴水脇のベンチとか。
 放課後になると毎日飽きずにそこでイチャついているまばゆい金髪の王子様とピンク髪の女生徒の姿とか。
 それを取り巻く側近という名の金魚の糞とか。

「しっかしよくもまぁ毎日飽きないものよねぇ」

 半ば本気で呟いてしまう。
 本当によくも毎日毎日同じ相手と似たような会話をし続けて飽きないものである。
 私にはムリだ。

 今のところ私には気になる相手とか恋人とかいう存在はいないけれど、いたとしてもアレはムリだと思う。

 だって、たいして建設的でも面白味もない会話を延々繰り返しているのよ?

 王子はひたすら自慢話。
 側近たちはヨイショと尻尾振り。
 ピンク髪女はそれにひたすら『さ、し、す、そ』からはじまる言葉で頷いてボディータッチ。
 『せ』がないのは、王子が身に着けているやたら大ぶりな宝石類を見ればお察しというもの。
 派手で大きいだけでまあセンスはないものね。

「今日の実習もろくに誰も相手にならなかったな。どいつもニ、三合打ち合ったらそれで降参してきたんだ。まったく、あれでは訓練にならん」

 ベンチの裏に仕掛けた盗聴魔道具は本日もしっかり仕事をしてくれている。

「ロイ様がお強いすぎるんですよっ!さすがですぅ」

 会話という会話がこんな調子で阿呆っぽい。

 私は仕事柄、何組ものヒロインと攻略対象なる人たちを見てきたものだが、うん、コレはだいぶお花畑なヤツだわよ。











  
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