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楽しめない!

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「な、な、な、なぜ、お二人がここに?!」

 馬車の扉を開けて、満面の笑みで手を差し出しているウィルに向かって、アリスが淑女らしからぬ声を上げた。

「なぜって、愛しい婚約者を迎えに参上するのは突然だろう?」

 ウィルがこれ以上ないという、キラキラ王子様スマイルでアリスの手を引く。

「お二人はお仕事があるんじゃないんですの?!」

 抵抗むなしく、アリスはウィルの腕の中に絡め取られる。

「ちょっと?!ウィル様?!」 


「さあ、クラリス嬢、お手を」

「アンソニ、ト、トニー様!どうしてこちらに?」

「クラリス嬢が王宮にいらっしゃると聞いて、午前中で仕事を片付けてきました。図書室にいらっしゃるのでしたら、私がお供いたしますよ」

 ウィルに負けないキラキラっぷりでアンソニーがクラリスの手を取った。

「ア、アリス様……」 

 クラリスが困惑した顔でアリスを見上げる。アリスはクラリスの上目遣いが可愛すぎるやら、ウィルに腹が立つやらで、声も出せなかった。

「~~~~!!」

「アリスのその顔は久しぶりに見たね。駄目だよ、私以外のために心を動かしては」

 ウィルはニコニコしたままアリスの腰を抱くと、そのまま研究室に向かった。

「クラリス嬢、私達も行きましょう」

「は、はい」

 甘い笑顔を浮かべたアンソニーに手を取られ、クラリスはこくこくと頷くことしかできなかった。


 ======================


「しかし、ディミトリがじいちゃんと親しかったなんて知らなかったな」

 公国の馬車でディミトリと向かい合って座ったポールがボソリと呟いた。

「オランジュリー商会といえば、公国の商業の要だからね。我々大公家も色々と頼み事をしたりして世話になってるよ」

 ディミトリがにこにこ笑いながら答える。

「ポールが王国に行ってからは特に、会長が君のことを気にして、情報収集しに頻繁に公宮に来ていたよ」

「そうだったのか……なあ、ディミトリは商会の後継者について、何か聞いてるか?」

「そうだね。後継者選びは難航しているようだね」

「俺が公国を出る時には、候補者が何人かいるから心配しなくていいと言っていたんだが、駄目になったのか?」

「最終的に二人まで絞り込んだようだけどね。どちらも決め手に欠けるらしい」

 ディミトリは持っている情報を惜しげもなく提供する。

「そうなんだな。ディミトリから見て、その二人よりも俺の方が後継者にふさわしいと思うか?」

 ポールはディミトリを真っ直ぐに見て、尋ねた。

「ふふ、私は君のこともその二人のことも、そこまでよく知っているわけではないけどね。ただ、君は優秀で信頼のおける人間だと思っているよ。会長にしても、やはり自分の孫に継いでもらいたいという気持ちがあるんじゃないのかな?」

「……俺は王国で、クラリスと一緒にパン屋をやるつもりなんだ」

「それは、クラリス嬢の了解は得ているのかな?」

「まだだ。クラリスはまだ学園があと二年残っているし、その間に準備を整えて……」

「その間に、別の男にクラリス嬢をさらわれてしまったら?」

 ポールの言葉にディミトリがかぶせてくる。

「っ!……別の男って誰だよ、お前か?」

 ポールがディミトリを睨みつけるが、ディミトリは全くこたえる気配はなく、しゃあしゃあと言い放つ。

「私かもしれないね。私はクラリス嬢を公妃にと望んでいるからね」

「それこそクラリスの了承を得たのか?クラリスが頷くとは思えん」

「ふっ。ポール、忘れているかもしれないが、私はこれでも一国の世子なんだよ?私がぜひにと望めば、クラリス嬢は断れないよ」

 ディミトリがいい笑顔で答える。

「……てめえ、汚いぞ!」

「もちろん、そんな卑怯な手を使いたくはないから、先にクラリス嬢の心を手に入れるよう努めるつもりだけどね」

 ディミトリは優しく微笑みながら、ポールを真っ直ぐに見た。

「アンソニーといい、君といい、何をそんなに怖がっているんだい?クラリス嬢が欲しいなら、さっさと手に入れたらいいのに」

「……それができれば苦労はしない」

 ポールが憮然とした表情で窓の外を見る。

「俺はクラリスの嫌がることはしたくない。クラリスを傷つけて、嫌われるのが怖いからだ」

「嫌われるのが怖い、か。アンソニーも似たようなことを言っていたよ」

「ディミトリ、なんでクラリスなんだ?お前なら、婚約者だろうが何だろうが選り取り見取りだろ?わざわざ王国の平民から選ぶ必要はないだろ?」

 ポールが真面目な顔で聞く。

「そうだねえ。一目惚れかもしれないね」

「一目惚れ?!いつの話だよっ?!」

「もちろん、初めて会った時だよ。ウィリアム達の婚約披露パーティーでね」

 ディミトリがにっこり笑う。

「……あの時か……確かにクラリスの可愛さはいつも以上に突き抜けていたからな……」

 ポールはクラリスの美しいドレス姿を思い出した。

「君とクラリス嬢を紹介された時、何も言われなければ、高位貴族の子息令嬢だとしか思わなかったよ。君達のマナーは完璧だった。後から一ヶ月の付け焼き刃だと聞いて驚いたね」

「そりゃどうも。ウィル達に恥をかかせるわけにはいかなかったからな」

「君もそうだが、クラリス嬢は美しいだけでなく、聡明で優れた資質を持っている。公妃とするのに、何の不足もない」

「けっ。結局条件でしか見ていないじゃないか。なら別にクラリスじゃなくてもいいだろ」

「では聞くが、君はなぜクラリス嬢じゃなきゃ駄目なんだい?」

 ディミトリの顔から笑顔が消えて、真剣な顔でポールを見る。

「それは俺がクラリスに惚れているからだ。小さい頃からずっとクラリスだけを見てたんだ。他の女なんていらない。クラリスがいいんだ」

 ポールも真面目な顔で答える。

「なるほどね。クラリス嬢は幸せ者だね。こんないい男にここまで思われるなんてね」

 ディミトリが感嘆する。

「だからお前は手を引いてくれ。ただでさえ、アンソニーやエラリーなんて強敵がいるんだ。これ以上ライバルが増えてたまるか」

 ポールは不貞腐れたように言い放つと、窓の外に目を向けた。
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