上 下
109 / 139

手紙

しおりを挟む
「で?何で揃いも揃ってうちに?」

 開店したばかりの食堂で、ポールは一つのテーブルの前で仁王立ちしていた。

「ポールお兄ちゃん、そんな言い方、失礼よ!」

 口をへの字にしたポールを、クラリスが慌てて嗜める。

 それもそのはず、ポールの前には平民の格好をしたウィルとアンソニー、そしてディミトリの三人が座っていたのだ。

「もちろん夕食を取りに来たんだよ」

「ディミトリが、美味しいと評判の定食を食べたいと聞かなくてね」

「お二人を止めはしたんですが……クラリス嬢に会えるかと思うとつい」

 ディミトリとウィルがにこにこと言う。アンソニーは少し申し訳なさそうだが、普段着のクラリスの姿に、笑顔が隠せない。

「……全く。どんなに平民の服を着てたって、あんたらは目立つんだよ。食べたらさっさと帰れよな。騒ぎになったら迷惑だ。おじさん、おすすめ三つで!」

 ポールは三人を渋々受け入れると、厨房にいるオーリーに声をかけた。

「え、そんな勝手に注文決めちゃ駄目でしょ?!」

 三人の意見も聞かず、勝手に注文品を決めるポールにクラリスが焦る。

「いいんだよ。どうせメニュー見てもわからないだろ」

 言いながらポールは手にしていたメニュー表を片付ける。

「見てもわからないとはひどいなあ。だが、確かにこれだけの中から選ぶのは時間がかかりそうだ」

「ああ、ポールのおすすめなら間違いないだろう」

「私はクラリス嬢のおすすめが良かったんですが」

 三人は怒るでもなく、笑顔のままだ。


「あ、そうそう。ポール、君のご家族から手紙を預かってきたよ」

 ディミトリがそう言って懐から封筒を取り出した。

「俺に?」

「ああ。オランジュリー商会の会長からだよ。君のお祖父さんなんだろ?」

「オランジュリー商会?!あの、公国でも一、二位を争う商会ですか?!」

 ディミトリの言葉にアンソニーが驚きの声を上げる。

「あれ?知らなかったのかい?ポールはその商会の会長の孫息子だよ」

「初めて聞いたな。ポール、なぜ黙っていた」

 ウィルも少し驚いた様子で、ポールに問う。

「あー、別に隠していたわけじゃねえが……特に言う必要がなかっただけだよ」

「しかし、公世子を伝書鳩代わりに使うぐらいなんだから、公国ではかなりの地位にいる人物なんだろう?」

 頭をかきながら横を向くポールを見て、ウィルがディミトリに尋ねる。

「そうだね。我々大公家もオランジュリー会長には、だいぶお世話になっているからね」

「……ポールお兄ちゃん、お手紙が気になるんでしょ?奥で読んできたら?まだお客さんも少ないし、ここは大丈夫よ」

 クラリスがポールを気遣う。

「ありがとう、クラリス。少しだけ頼むな」

 ポールはクラリスの頭を優しく撫でると、三人に軽く頷いてから奥のキッチンへと向かった。




 三人はポールの言葉に素直に従い、食事を終えると早々に席を立った。

「ごちそうさま。期待していた以上に美味しかったよ」

「次はアリスも一緒に来るとしよう」

「クラリス嬢、次は私一人で来てもいいですか?」

 口々に言いながら、お勘定を済ませて出て行く三人を見送り、クラリスはホッと息をついた。 

「ふう。……ポールお兄ちゃん、遅いな。大丈夫かしら」

 奥に引っ込んだまま戻って来ないポールが気になり、キッチンに向かおうとしたところに、食堂のドアが開いた。

「いらっしゃいま……お帰りなさい!お兄ちゃん」

「ああ、ただいま」

 兄のフレデリックが仕入れから戻ってきたところだった。


「クラリス、今出て行った三人は?」

「ああ、ウィル様達よ。わざわざ平民の格好をして食べに来てくださったの」

「……アンソニー様もいたのか?」

「うん……」

 フレデリックの問いに、クラリスは頬を少し赤らめて頷く。

(いつもと違って質素な服でも、やっぱりアンソニー様は素敵だったわ!顔がいいと何でも似合ってしまうのかしら)


 そんなクラリスを複雑な表情で見つめながら、フレデリックが尋ねる。

「……ポールはどうした?」

「あ、ポールお兄ちゃんは奥のキッチンにいるわ。ディミトリ様が公国にいるポールお兄ちゃんのお祖父さんからお手紙を預かって来てくださったの」

「そうか。ちょっと見て来よう」

 フレデリックは妹の頭を軽く撫でると、両親にただいまを言って、奥へと向かった。



「ポール、入るぞ」

「……フレディか」

 ポールはキッチンの椅子に腰掛けて、手紙を見つめたまま、返事をした。

「俺と入れ違いでアンソニー様達が帰って行ったぞ。何しに来てたんだ?」

「わからん」

「お前のお祖父さんからの手紙か?クラリスが話していたが」

「ああ」

「……あまりいい知らせではないのか」

「……」

「……今日はお前は休んでいろ。俺もいるし、店の方は気にするな」

 珍しく口数が少ないポールの肩をポンと叩いて言うと、フレデリックはキッチンを出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。 お嬢様の悩みは…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴッドハンドで世界を変えますよ? ********************** 転生侍女シリーズ第三弾。 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!

【完結】なぜか悪役令嬢に転生していたので、推しの攻略対象を溺愛します

楠結衣
恋愛
魔獣に襲われたアリアは、前世の記憶を思い出す。 この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム。しかも、私は攻略対象者にトラウマを与える悪役令嬢だと気づいてしまう。 攻略対象者で幼馴染のロベルトは、私の推し。 愛しい推しにひどいことをするなんて無理なので、シナリオを無視してロベルトを愛でまくることに。 その結果、ヒロインの好感度が上がると発生するイベントや、台詞が私に向けられていき── ルートを無視した二人の恋は大暴走! 天才魔術師でチートしまくりの幼馴染ロベルトと、推しに愛情を爆発させるアリアの、一途な恋のハッピーエンドストーリー。

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、ヒロインが鬼畜女装野郎だったので助けてください

空飛ぶひよこ
恋愛
正式名称「乙女ゲームの悪役令嬢(噛ませ犬系)に転生して、サド心満たしてエンジョイしていたら、ゲームのヒロインが鬼畜女装野郎だったので、助けて下さい」 乙女ゲームの世界に転生して、ヒロインへした虐めがそのまま攻略キャラのイベントフラグになる噛ませ犬系悪役令嬢に転生いたしました。 ヒロインに乙女ゲームライフをエンジョイさせてあげる為(タテマエ)、自身のドエス願望を満たすため(本音)、悪役令嬢キャラを全うしていたら、実はヒロインが身代わりでやってきた、本当のヒロインの双子の弟だったと判明しました。 申し訳ありません、フラグを折る協力を…え、フラグを立てて逆ハーエンド成立させろ?女の振りをして攻略キャラ誑かして、最終的に契約魔法で下僕化して国を乗っ取る? …サディストになりたいとか調子に乗ったことはとても反省しているので、誰か私をこの悪魔から解放してください ※小説家になろうより、改稿して転載してます

処理中です...