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越えられない壁

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「エラリー様、大丈夫かな……」


 クラリスとポールは、自前の服に着替え、乗合馬車の座席に揺られていた。

「あいつは……エラリーは、今回のことをどこまで知っていたのか……」

「……わからないけど……でも、エラリー様は私を助けるためにあんな大怪我を……」



 友人だと信じていた人間に裏切られたという怒りと悲しみでいっぱいで、それと同時に何かの間違いであって欲しいという思いも捨て切れず、ポールもクラリスも今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「あれ?ポール?クラリス?」

 途中の停車場で乗合馬車に乗ってきたのはクラリスの兄のフレデリックだった。

「お兄ちゃん!」

「ん?クラリスどうした?そんな顔をして」

「~~~!」

 兄の優しい声に、一度は止まっていたクラリスの涙が再び溢れ出した。

「っ!ちょっ、どうした?!クラリス?!まさか、王宮で何かあったのか?!」

「……フレディ、ここでは話せない。帰ったら話す」

 兄の胸に縋りついて、声を抑えて泣くクラリスを痛まし気に見つめながら、ポールがフレデリックに簡潔に告げると、フレデリックは無言で頷いた。


 ===========================


「ウィル様、アンソニー様、今のお話、詳しく聞かせていただけるかしら?」


 クラリス達が去った後、王の間では、アリスが鬼の形相でウィルとアンソニーを睨みつけていた。

「クラリスさん達を囮に利用したというのは本当ですの?」

 先ほどまでウィルの隣で頬を赤らめていた人間と同一人物だとは思えない、冷たい顔と声にウィルが固まった。

「違うんだ、クラリス嬢を囮にしようとして王宮に招いたわけではないんだ……!」

 ウィルが珍しく焦った表情で、必死に弁解する。


「アリス嬢、ウィリアムを責めないでくれ。クラリス嬢達が王宮に滞在しているのを利用して反乱分子を炙り出すことを決めたのはわしだ」

「そうです。陛下と私の判断です。ウィリアム殿下とアンソニーは我々のやり方に反対していました」

 見かねた国王と宰相が口を出す。

「ウィルとアンソニーが隣国に行っている間のことだ。だから、二人が責を負ういわれはない」

「……いいえ、陛下」

 それまで黙って俯いていたアンソニーが、顔を上げた。

「ウィル様と私が不在の間、クラリス嬢達を狙う者が現れることは予測していました。それでもクラリス嬢達を王宮に引き留めてしまった。彼女達を囮にしたと言われても反論できません」

「……トニーの言う通りだ。公国に向かう前に二人を家に帰していれば……くっ、私はわかっていて、彼女達を王宮に引き留めたんだ」

 アリスの冷たい態度に、ウィルはいつもの余裕を無くしていた。

「だが、今回のパーティーのことは違う!ただ純粋に友人として参加して欲しかっただけなんだ!アリス、信じてくれ!」

 氷よりも冷たい顔でウィルを見つめるアリスに必死に縋り付く。

 

「オストロー公爵令嬢、殿下のおっしゃることは本当です。今日の件は私の独断です。陛下も宰相殿も反対されていましたし、殿下方は知る由もありません」

 それまで事の成り行きを見守っていたセベールが静かに告げる。

「今日のことは特務部隊副隊長のお話通りだとしても、その前のことは納得いきませんわ。ウィル様もアンソニー様も、クラリスさん達が平民であるということを利用なさったんですのね」

 セベールの言葉も、アリスの氷を溶かすことはできなかった。


 ==========================


「何だって……」

 騒ぎから一昼夜明け、ようやく目覚めたエラリーの枕元には、ジャンとイメルダがいた。

「そうなんだ。今、僕達はみんなバラバラになってしまっているんだよ……今日だって本当はクラリス嬢やポールも一緒にお見舞いに来たかったんだけど」



 ジャンとイメルダはいつも通り登校したが、学園にはウィルとアンソニー、アリスの姿はなかった。

 クラリスとポールは目を真っ赤にして登校してきたが、ジャンともイメルダとも視線を合わせることはなかった。

 たまりかねたジャンが、昼休みにクラリスに声をかけようとすると、すかさずポールが現れ、ジャンに背中を向けた。

「ポール!話を聞いてよ!」

「お話しすることなど何もありません。ジャン様」

 振り向きもせずに言い捨てると、ポールはクラリスを隠すようにして立ち去った。




「俺が倒れた後、そんなことになっていたなんて……」

 放課後にエラリーのお見舞いに来たジャンとイメルダは、最初はエラリーを心配させまいと必死に隠していたが、段々と説明がつかなくなり、結局昨晩のことを全て話してしまっていた。

「兄上のせいで、クラリス嬢はあんな目に合ったというのか……!」

「まあ、セベール殿だけのせいではないとは思うけどね」

 公女エリザベスのせいで、王宮を護る騎士の数が少なかったことはセベールにも予測できなかったことだろう。

「だが、兄上はイディオ侯爵令息達があの屋敷を使うのを知っていたようだったが」

「ああ、それは昨日セベール殿が陛下に説明していたよ。あの無人のはずの屋敷に数日前から人の出入りがあるという情報が入ってきていたんだって」

「それで兄上は先回りしていたのか……兄上の処分はどのように?」

「それが、陛下も頭を抱えているよ。確かに今回の独断専行は懲罰ものだけど、おかげで反乱分子を根こそぎ捕えることができたし、王家への貢献も大きい。どう裁いたかものか、判断に困っているみたい」

「そうか……」


「ジャン様、あまり長くなるとエラリー様のお体に触ります。今日はもうお暇した方が」

 一気に疲れが出た様子のエラリーを見て、イメルダが気遣った。

「そうだね。エラリー、今はひとまず怪我を治すことに専念してね。大丈夫、エラリーが学園に戻る頃には、みんな元通りになってるよ」

 ジャンが優しく笑った。

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