93 / 139
越えられない壁
しおりを挟む
「エラリー様、大丈夫かな……」
クラリスとポールは、自前の服に着替え、乗合馬車の座席に揺られていた。
「あいつは……エラリーは、今回のことをどこまで知っていたのか……」
「……わからないけど……でも、エラリー様は私を助けるためにあんな大怪我を……」
友人だと信じていた人間に裏切られたという怒りと悲しみでいっぱいで、それと同時に何かの間違いであって欲しいという思いも捨て切れず、ポールもクラリスも今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「あれ?ポール?クラリス?」
途中の停車場で乗合馬車に乗ってきたのはクラリスの兄のフレデリックだった。
「お兄ちゃん!」
「ん?クラリスどうした?そんな顔をして」
「~~~!」
兄の優しい声に、一度は止まっていたクラリスの涙が再び溢れ出した。
「っ!ちょっ、どうした?!クラリス?!まさか、王宮で何かあったのか?!」
「……フレディ、ここでは話せない。帰ったら話す」
兄の胸に縋りついて、声を抑えて泣くクラリスを痛まし気に見つめながら、ポールがフレデリックに簡潔に告げると、フレデリックは無言で頷いた。
===========================
「ウィル様、アンソニー様、今のお話、詳しく聞かせていただけるかしら?」
クラリス達が去った後、王の間では、アリスが鬼の形相でウィルとアンソニーを睨みつけていた。
「クラリスさん達を囮に利用したというのは本当ですの?」
先ほどまでウィルの隣で頬を赤らめていた人間と同一人物だとは思えない、冷たい顔と声にウィルが固まった。
「違うんだ、クラリス嬢を囮にしようとして王宮に招いたわけではないんだ……!」
ウィルが珍しく焦った表情で、必死に弁解する。
「アリス嬢、ウィリアムを責めないでくれ。クラリス嬢達が王宮に滞在しているのを利用して反乱分子を炙り出すことを決めたのはわしだ」
「そうです。陛下と私の判断です。ウィリアム殿下とアンソニーは我々のやり方に反対していました」
見かねた国王と宰相が口を出す。
「ウィルとアンソニーが隣国に行っている間のことだ。だから、二人が責を負ういわれはない」
「……いいえ、陛下」
それまで黙って俯いていたアンソニーが、顔を上げた。
「ウィル様と私が不在の間、クラリス嬢達を狙う者が現れることは予測していました。それでもクラリス嬢達を王宮に引き留めてしまった。彼女達を囮にしたと言われても反論できません」
「……トニーの言う通りだ。公国に向かう前に二人を家に帰していれば……くっ、私はわかっていて、彼女達を王宮に引き留めたんだ」
アリスの冷たい態度に、ウィルはいつもの余裕を無くしていた。
「だが、今回のパーティーのことは違う!ただ純粋に友人として参加して欲しかっただけなんだ!アリス、信じてくれ!」
氷よりも冷たい顔でウィルを見つめるアリスに必死に縋り付く。
「オストロー公爵令嬢、殿下のおっしゃることは本当です。今日の件は私の独断です。陛下も宰相殿も反対されていましたし、殿下方は知る由もありません」
それまで事の成り行きを見守っていたセベールが静かに告げる。
「今日のことは特務部隊副隊長のお話通りだとしても、その前のことは納得いきませんわ。ウィル様もアンソニー様も、クラリスさん達が平民であるということを利用なさったんですのね」
セベールの言葉も、アリスの氷を溶かすことはできなかった。
==========================
「何だって……」
騒ぎから一昼夜明け、ようやく目覚めたエラリーの枕元には、ジャンとイメルダがいた。
「そうなんだ。今、僕達はみんなバラバラになってしまっているんだよ……今日だって本当はクラリス嬢やポールも一緒にお見舞いに来たかったんだけど」
ジャンとイメルダはいつも通り登校したが、学園にはウィルとアンソニー、アリスの姿はなかった。
クラリスとポールは目を真っ赤にして登校してきたが、ジャンともイメルダとも視線を合わせることはなかった。
たまりかねたジャンが、昼休みにクラリスに声をかけようとすると、すかさずポールが現れ、ジャンに背中を向けた。
「ポール!話を聞いてよ!」
「お話しすることなど何もありません。ジャン様」
振り向きもせずに言い捨てると、ポールはクラリスを隠すようにして立ち去った。
「俺が倒れた後、そんなことになっていたなんて……」
放課後にエラリーのお見舞いに来たジャンとイメルダは、最初はエラリーを心配させまいと必死に隠していたが、段々と説明がつかなくなり、結局昨晩のことを全て話してしまっていた。
「兄上のせいで、クラリス嬢はあんな目に合ったというのか……!」
「まあ、セベール殿だけのせいではないとは思うけどね」
公女エリザベスのせいで、王宮を護る騎士の数が少なかったことはセベールにも予測できなかったことだろう。
「だが、兄上はイディオ侯爵令息達があの屋敷を使うのを知っていたようだったが」
「ああ、それは昨日セベール殿が陛下に説明していたよ。あの無人のはずの屋敷に数日前から人の出入りがあるという情報が入ってきていたんだって」
「それで兄上は先回りしていたのか……兄上の処分はどのように?」
「それが、陛下も頭を抱えているよ。確かに今回の独断専行は懲罰ものだけど、おかげで反乱分子を根こそぎ捕えることができたし、王家への貢献も大きい。どう裁いたかものか、判断に困っているみたい」
「そうか……」
「ジャン様、あまり長くなるとエラリー様のお体に触ります。今日はもうお暇した方が」
一気に疲れが出た様子のエラリーを見て、イメルダが気遣った。
「そうだね。エラリー、今はひとまず怪我を治すことに専念してね。大丈夫、エラリーが学園に戻る頃には、みんな元通りになってるよ」
ジャンが優しく笑った。
クラリスとポールは、自前の服に着替え、乗合馬車の座席に揺られていた。
「あいつは……エラリーは、今回のことをどこまで知っていたのか……」
「……わからないけど……でも、エラリー様は私を助けるためにあんな大怪我を……」
友人だと信じていた人間に裏切られたという怒りと悲しみでいっぱいで、それと同時に何かの間違いであって欲しいという思いも捨て切れず、ポールもクラリスも今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「あれ?ポール?クラリス?」
途中の停車場で乗合馬車に乗ってきたのはクラリスの兄のフレデリックだった。
「お兄ちゃん!」
「ん?クラリスどうした?そんな顔をして」
「~~~!」
兄の優しい声に、一度は止まっていたクラリスの涙が再び溢れ出した。
「っ!ちょっ、どうした?!クラリス?!まさか、王宮で何かあったのか?!」
「……フレディ、ここでは話せない。帰ったら話す」
兄の胸に縋りついて、声を抑えて泣くクラリスを痛まし気に見つめながら、ポールがフレデリックに簡潔に告げると、フレデリックは無言で頷いた。
===========================
「ウィル様、アンソニー様、今のお話、詳しく聞かせていただけるかしら?」
クラリス達が去った後、王の間では、アリスが鬼の形相でウィルとアンソニーを睨みつけていた。
「クラリスさん達を囮に利用したというのは本当ですの?」
先ほどまでウィルの隣で頬を赤らめていた人間と同一人物だとは思えない、冷たい顔と声にウィルが固まった。
「違うんだ、クラリス嬢を囮にしようとして王宮に招いたわけではないんだ……!」
ウィルが珍しく焦った表情で、必死に弁解する。
「アリス嬢、ウィリアムを責めないでくれ。クラリス嬢達が王宮に滞在しているのを利用して反乱分子を炙り出すことを決めたのはわしだ」
「そうです。陛下と私の判断です。ウィリアム殿下とアンソニーは我々のやり方に反対していました」
見かねた国王と宰相が口を出す。
「ウィルとアンソニーが隣国に行っている間のことだ。だから、二人が責を負ういわれはない」
「……いいえ、陛下」
それまで黙って俯いていたアンソニーが、顔を上げた。
「ウィル様と私が不在の間、クラリス嬢達を狙う者が現れることは予測していました。それでもクラリス嬢達を王宮に引き留めてしまった。彼女達を囮にしたと言われても反論できません」
「……トニーの言う通りだ。公国に向かう前に二人を家に帰していれば……くっ、私はわかっていて、彼女達を王宮に引き留めたんだ」
アリスの冷たい態度に、ウィルはいつもの余裕を無くしていた。
「だが、今回のパーティーのことは違う!ただ純粋に友人として参加して欲しかっただけなんだ!アリス、信じてくれ!」
氷よりも冷たい顔でウィルを見つめるアリスに必死に縋り付く。
「オストロー公爵令嬢、殿下のおっしゃることは本当です。今日の件は私の独断です。陛下も宰相殿も反対されていましたし、殿下方は知る由もありません」
それまで事の成り行きを見守っていたセベールが静かに告げる。
「今日のことは特務部隊副隊長のお話通りだとしても、その前のことは納得いきませんわ。ウィル様もアンソニー様も、クラリスさん達が平民であるということを利用なさったんですのね」
セベールの言葉も、アリスの氷を溶かすことはできなかった。
==========================
「何だって……」
騒ぎから一昼夜明け、ようやく目覚めたエラリーの枕元には、ジャンとイメルダがいた。
「そうなんだ。今、僕達はみんなバラバラになってしまっているんだよ……今日だって本当はクラリス嬢やポールも一緒にお見舞いに来たかったんだけど」
ジャンとイメルダはいつも通り登校したが、学園にはウィルとアンソニー、アリスの姿はなかった。
クラリスとポールは目を真っ赤にして登校してきたが、ジャンともイメルダとも視線を合わせることはなかった。
たまりかねたジャンが、昼休みにクラリスに声をかけようとすると、すかさずポールが現れ、ジャンに背中を向けた。
「ポール!話を聞いてよ!」
「お話しすることなど何もありません。ジャン様」
振り向きもせずに言い捨てると、ポールはクラリスを隠すようにして立ち去った。
「俺が倒れた後、そんなことになっていたなんて……」
放課後にエラリーのお見舞いに来たジャンとイメルダは、最初はエラリーを心配させまいと必死に隠していたが、段々と説明がつかなくなり、結局昨晩のことを全て話してしまっていた。
「兄上のせいで、クラリス嬢はあんな目に合ったというのか……!」
「まあ、セベール殿だけのせいではないとは思うけどね」
公女エリザベスのせいで、王宮を護る騎士の数が少なかったことはセベールにも予測できなかったことだろう。
「だが、兄上はイディオ侯爵令息達があの屋敷を使うのを知っていたようだったが」
「ああ、それは昨日セベール殿が陛下に説明していたよ。あの無人のはずの屋敷に数日前から人の出入りがあるという情報が入ってきていたんだって」
「それで兄上は先回りしていたのか……兄上の処分はどのように?」
「それが、陛下も頭を抱えているよ。確かに今回の独断専行は懲罰ものだけど、おかげで反乱分子を根こそぎ捕えることができたし、王家への貢献も大きい。どう裁いたかものか、判断に困っているみたい」
「そうか……」
「ジャン様、あまり長くなるとエラリー様のお体に触ります。今日はもうお暇した方が」
一気に疲れが出た様子のエラリーを見て、イメルダが気遣った。
「そうだね。エラリー、今はひとまず怪我を治すことに専念してね。大丈夫、エラリーが学園に戻る頃には、みんな元通りになってるよ」
ジャンが優しく笑った。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。
お嬢様の悩みは…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴッドハンドで世界を変えますよ?
**********************
転生侍女シリーズ第三弾。
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
【完結】なぜか悪役令嬢に転生していたので、推しの攻略対象を溺愛します
楠結衣
恋愛
魔獣に襲われたアリアは、前世の記憶を思い出す。 この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム。しかも、私は攻略対象者にトラウマを与える悪役令嬢だと気づいてしまう。 攻略対象者で幼馴染のロベルトは、私の推し。 愛しい推しにひどいことをするなんて無理なので、シナリオを無視してロベルトを愛でまくることに。 その結果、ヒロインの好感度が上がると発生するイベントや、台詞が私に向けられていき── ルートを無視した二人の恋は大暴走! 天才魔術師でチートしまくりの幼馴染ロベルトと、推しに愛情を爆発させるアリアの、一途な恋のハッピーエンドストーリー。
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました
みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。
日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。
引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。
そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。
香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、ヒロインが鬼畜女装野郎だったので助けてください
空飛ぶひよこ
恋愛
正式名称「乙女ゲームの悪役令嬢(噛ませ犬系)に転生して、サド心満たしてエンジョイしていたら、ゲームのヒロインが鬼畜女装野郎だったので、助けて下さい」
乙女ゲームの世界に転生して、ヒロインへした虐めがそのまま攻略キャラのイベントフラグになる噛ませ犬系悪役令嬢に転生いたしました。
ヒロインに乙女ゲームライフをエンジョイさせてあげる為(タテマエ)、自身のドエス願望を満たすため(本音)、悪役令嬢キャラを全うしていたら、実はヒロインが身代わりでやってきた、本当のヒロインの双子の弟だったと判明しました。
申し訳ありません、フラグを折る協力を…え、フラグを立てて逆ハーエンド成立させろ?女の振りをして攻略キャラ誑かして、最終的に契約魔法で下僕化して国を乗っ取る?
…サディストになりたいとか調子に乗ったことはとても反省しているので、誰か私をこの悪魔から解放してください
※小説家になろうより、改稿して転載してます
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~
平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。
しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。
このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。
教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる