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ポールとエラリーの憂鬱
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「おじさん、おばさん、ただいま」
「ポール、おかえり」
「おかえりなさい、ポール。クラリスの様子はどうだったかしら」
エリーが気遣わし気に尋ねた。
「思っていたよりも元気そうだったよ。フレデリックも変わりなかったし」
「そうか。それを聞いて安心した」
オーリーが表情を緩める。
「できるだけ毎日様子を見に行くようにするからさ。おじさんもおばさんも安心してよ」
ポールは任せろとばかりに胸を叩く。
「ふふ、ポールがいてくれて本当に助かったわ」
「ああ。毎日店の手伝いまでしてもらってな」
「何言ってんだよ。俺と母さんが生きてるのはおじさん達のおかげなんだから。このぐらい、恩返しにはまだまだ足りないよ」
ポールは照れくささを隠しながら言うと、さっさと開店準備を始める。
あの事件の翌日からすぐに食堂は開店していた。だが、仕入れ担当のフレデリックが不在のため昼は店を開けられず、夜だけの営業となっていた。
ポールはその日も店を閉めるまで手伝い、クラリスの両親と一緒に遅い夕食を取ると、店から歩いて五分の自宅へと帰った。
本当なら以前住んでいた食堂の隣の家を借りたかったのだが、そこは既に別の人の所有となっており、さすがに追い出してまで住むことはできなかった。
できるだけ食堂の近くで空き家を探した所、幸いにも、以前ケーキ屋だったという物件を居抜きで借りることができた。
小ぢんまりとした二階建てのその家は、一人で住むには広過ぎたが、いずれクラリスと一緒に住むと思えば、ちょうどいい大きさだった。
(学園を卒業したら、クラリスと結婚して、ここでパン屋を開いて……って予定だったのになあ。まさか、あんな強力なライバルが二人もいるとはな)
クラリスがめちゃくちゃ可愛いくていい子なのは昔からわかっていた。だから、クラリスに言い寄る男がたくさんいるだろうというのは当然予想できた。だが、ポールにはそんじょそこらの男には負けない自信があったのだ。
(俺だって結構いい男だと思うんだけどな。だが、あのアンソニーとエラリーは見た目がいいだけじゃなく、頭も性格もいい。おまけに金も地位も持っていやがる)
アンソニーにいたっては、ウィルがいつも側にいるせいで目立たないものの、王子様と言ってもおかしくないぐらい貴公子然としており、実際クラリスもアンソニーに迫られてポーっとしていた。
エラリーだって、真面目で真っ直ぐで気持ちのいい男だ。がっしりした見た目と爽やかな笑顔のギャップが女子生徒に大人気らしい。そんないい男がクラリスに一途に好意を向けているのだ。絆されたって不思議はない。
(全く。あいつらが貴族だってことを鼻にかけた嫌な奴らだったら、こんなに悩まなくてすんだのにな)
ポールは、らしくないため息をついて、天井を見上げた。
「エラリー様、そろそろお休みになられては?」
就寝前のひと時、エラリーは自宅の庭で一心に剣を振るっていた。
「もう少し鍛錬したら部屋に戻る」
「全く……無理し過ぎないでくださいね」
エラリーの育ての親であり、キンバリー伯爵家古参のメイドのマーサは、諦めたようにため息を吐いて引き下がった。
(クラリス嬢が無事で良かった。本当に良かった)
剣を振るいながら、エラリーはクラリスのことを考えていた。
(だが、あの時、もしポールがいなかったら、俺一人ではクラリス嬢を助けることはできなかった)
あの絶体絶命の場面で、ポールは冷静に状況を分析し、的確な指示を出した。ポールの言葉がなかったら、エラリーは馬鹿正直に正面から突っ込んで、状況を更に悪化させていただろう。
(ここぞという時の判断力、行動力。それに寛大さ。俺に足りないものをポールは全部持っている。クラリス嬢がポールを慕うのも当然だ)
そしてアンソニー。これまでは有能な苦労人、王太子の側近としかみていなかったが、クラリスだけに向けるあの甘い笑顔。もともと整った顔だが、あの笑顔は反則だ。あんな笑顔を向けられたら、大抵の女は骨抜きになるだろう。
(今日だって、クラリス嬢はアンソニー様のお見舞いの品に一番喜んでいた。アンソニー様はいつもスマートに自然にクラリス嬢に好意を伝えている)
高等部の授業初日に、エラリーがクラリスに声をかけたのは純粋に騎士道精神からだった。
高等部、それもS階には珍しい平民の女子生徒が進学して来るということはみんな知っていた。
初日に、教室に入るのに気合いを入れているクラリスを見て、エラリーは歓迎の意を込めて声をかけたのだ。クラリスはとてもか弱く、守ってあげるべき存在に見えたからだった。
だが、その後のエラリーの不躾な行為に対してクラリスはきちんと怒りを表した。絶対的に弱いと思っていた存在だったのが、格上の自分に対して向けた強い瞳に、エラリーは一瞬で囚われたのだった。
(クラリス嬢の言葉がなければ、俺はマーサの手をじっくり見ることもなかった。赤ん坊の頃から世話になっている人が手荒れで困っていることに気づこうともしなかった)
あの後、エラリーは伯爵家の使用人全員に自腹で保湿剤をプレゼントした。マーサは泣いて喜んでいた。
(俺は足りない所だらけだ。クラリス嬢に相応しい男になるにはどうすればいい?)
エラリーの鍛錬は、しびれを切らしたマーサが怒って出て来るまで続いた。
「ポール、おかえり」
「おかえりなさい、ポール。クラリスの様子はどうだったかしら」
エリーが気遣わし気に尋ねた。
「思っていたよりも元気そうだったよ。フレデリックも変わりなかったし」
「そうか。それを聞いて安心した」
オーリーが表情を緩める。
「できるだけ毎日様子を見に行くようにするからさ。おじさんもおばさんも安心してよ」
ポールは任せろとばかりに胸を叩く。
「ふふ、ポールがいてくれて本当に助かったわ」
「ああ。毎日店の手伝いまでしてもらってな」
「何言ってんだよ。俺と母さんが生きてるのはおじさん達のおかげなんだから。このぐらい、恩返しにはまだまだ足りないよ」
ポールは照れくささを隠しながら言うと、さっさと開店準備を始める。
あの事件の翌日からすぐに食堂は開店していた。だが、仕入れ担当のフレデリックが不在のため昼は店を開けられず、夜だけの営業となっていた。
ポールはその日も店を閉めるまで手伝い、クラリスの両親と一緒に遅い夕食を取ると、店から歩いて五分の自宅へと帰った。
本当なら以前住んでいた食堂の隣の家を借りたかったのだが、そこは既に別の人の所有となっており、さすがに追い出してまで住むことはできなかった。
できるだけ食堂の近くで空き家を探した所、幸いにも、以前ケーキ屋だったという物件を居抜きで借りることができた。
小ぢんまりとした二階建てのその家は、一人で住むには広過ぎたが、いずれクラリスと一緒に住むと思えば、ちょうどいい大きさだった。
(学園を卒業したら、クラリスと結婚して、ここでパン屋を開いて……って予定だったのになあ。まさか、あんな強力なライバルが二人もいるとはな)
クラリスがめちゃくちゃ可愛いくていい子なのは昔からわかっていた。だから、クラリスに言い寄る男がたくさんいるだろうというのは当然予想できた。だが、ポールにはそんじょそこらの男には負けない自信があったのだ。
(俺だって結構いい男だと思うんだけどな。だが、あのアンソニーとエラリーは見た目がいいだけじゃなく、頭も性格もいい。おまけに金も地位も持っていやがる)
アンソニーにいたっては、ウィルがいつも側にいるせいで目立たないものの、王子様と言ってもおかしくないぐらい貴公子然としており、実際クラリスもアンソニーに迫られてポーっとしていた。
エラリーだって、真面目で真っ直ぐで気持ちのいい男だ。がっしりした見た目と爽やかな笑顔のギャップが女子生徒に大人気らしい。そんないい男がクラリスに一途に好意を向けているのだ。絆されたって不思議はない。
(全く。あいつらが貴族だってことを鼻にかけた嫌な奴らだったら、こんなに悩まなくてすんだのにな)
ポールは、らしくないため息をついて、天井を見上げた。
「エラリー様、そろそろお休みになられては?」
就寝前のひと時、エラリーは自宅の庭で一心に剣を振るっていた。
「もう少し鍛錬したら部屋に戻る」
「全く……無理し過ぎないでくださいね」
エラリーの育ての親であり、キンバリー伯爵家古参のメイドのマーサは、諦めたようにため息を吐いて引き下がった。
(クラリス嬢が無事で良かった。本当に良かった)
剣を振るいながら、エラリーはクラリスのことを考えていた。
(だが、あの時、もしポールがいなかったら、俺一人ではクラリス嬢を助けることはできなかった)
あの絶体絶命の場面で、ポールは冷静に状況を分析し、的確な指示を出した。ポールの言葉がなかったら、エラリーは馬鹿正直に正面から突っ込んで、状況を更に悪化させていただろう。
(ここぞという時の判断力、行動力。それに寛大さ。俺に足りないものをポールは全部持っている。クラリス嬢がポールを慕うのも当然だ)
そしてアンソニー。これまでは有能な苦労人、王太子の側近としかみていなかったが、クラリスだけに向けるあの甘い笑顔。もともと整った顔だが、あの笑顔は反則だ。あんな笑顔を向けられたら、大抵の女は骨抜きになるだろう。
(今日だって、クラリス嬢はアンソニー様のお見舞いの品に一番喜んでいた。アンソニー様はいつもスマートに自然にクラリス嬢に好意を伝えている)
高等部の授業初日に、エラリーがクラリスに声をかけたのは純粋に騎士道精神からだった。
高等部、それもS階には珍しい平民の女子生徒が進学して来るということはみんな知っていた。
初日に、教室に入るのに気合いを入れているクラリスを見て、エラリーは歓迎の意を込めて声をかけたのだ。クラリスはとてもか弱く、守ってあげるべき存在に見えたからだった。
だが、その後のエラリーの不躾な行為に対してクラリスはきちんと怒りを表した。絶対的に弱いと思っていた存在だったのが、格上の自分に対して向けた強い瞳に、エラリーは一瞬で囚われたのだった。
(クラリス嬢の言葉がなければ、俺はマーサの手をじっくり見ることもなかった。赤ん坊の頃から世話になっている人が手荒れで困っていることに気づこうともしなかった)
あの後、エラリーは伯爵家の使用人全員に自腹で保湿剤をプレゼントした。マーサは泣いて喜んでいた。
(俺は足りない所だらけだ。クラリス嬢に相応しい男になるにはどうすればいい?)
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