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それぞれの夜(続々)
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「気をつけて帰ってねー」
来た時とは打って変わって落ち着いた様子で帰って行くエラリーを見送って、ジャンは自室に戻った。
「いや~、直情径行型だとは思ってたけど、あそこまで真っ直ぐだなんてねー」
エラリーとジャンはこれまではあまり接点がなかった。初等部と中等部の時にそれぞれ一度ずつ同じクラスになったことがあるぐらいだ。もちろんお互い貴族令息としての情報は把握していたが、会えば挨拶するぐらいの間柄で、親しく話したのは今日が初めてだった。
「『何か彼女の気にいるようなものを贈りたい』って言ってたけど、『何か彼女に気に入られるようなものを贈りたい』にしか聞こえなかったもんね」
「クラリス嬢か。確かに、儚げな見た目に反して芯がしっかりしてそうで、いい子なんだろうな」
「まあ、僕の狙いはイメルダ嬢だし、エラリーとはライバルにならなくて良かった、良かった」
万が一、誰かと意中の女性を奪い合うようなことがあったとしたら、どんな手を使ってでもライバルを蹴散らしただろうから。と、黒い笑顔を浮かべるジャンは、ベッドに入ると、愛しいイメルダ嬢との出会いを思い返しながら、幸せな眠りについた。
===============================================
「お嬢様、今日はこちらのクリームをお使いになりますか?」
湯浴みを終えたイメルダに侍女が声をかける。
「ええ、せっかくジャン様からいただいたし、使った感想もお伝えしなくては」
真面目なイメルダはジャンからの依頼をきっちりとこなそうと、侍女にあらかじめクリームのことを伝えていたのだ。
「それにしても、クラリス様のついでとはいえ、私にまでくださるなんて、ジャン様ったら本当にお優しい方だわ」
ついでどころか、イメルダにクリームを渡す口実に使われたのはクラリスの方だったのだが、イメルダはそんなジャンの腹黒い気持ちには全く気づいていなかった。
イメルダの滑らかな肌に、侍女が丁寧にクリームをのばしていく。
「まあ、とてもいい香りですね!」
「ほんとね。ミモザがほんのり香って、すごく癒されるわ」
ミモザは、イメルダが一番好きな花だ。祖母の代に王都の屋敷の庭に植えたというミモザの花が、ブルーム子爵家を優しく賑やかに彩っていた。
「人気のある化粧品には、バラや百合といった華やかな香りがついていることが多いけど、ミモザに着目するなんて、さすがはジャン様だわ」
それがイメルダのために作られたものだとは夢にも思わず、イメルダは真面目にジャンへの試供品使用報告書を作成していた。
「中等部の最終学年で初めて同じクラスになった時から何かと気にかけていただいて、本当にありがたいわ」
イメルダの生家であるブルーム子爵家は昔から外交に強く、幼い頃から両親に連れられて世界中を旅することの多かったイメルダは、中等部の最終学年になる頃には7か国語を流暢に操る才女に成長していた。
薬学を始めとした理数科目に強いジャンと、語学などの文系科目に強いイメルダは、最終学年になって最初の試験で、一位、二位と並んだ。
そんなイメルダに最初に声をかけたのはジャンの方からだった。
「イメルダ嬢は、すごいね。必修外国語で満点を取るなんて」
いくら学園内では身分による差別は御法度とは言っても、やはり身分の高低は厳然としてあり、侯爵令息であるジャンは、子爵令嬢であるイメルダにとっては住む世界の違う人という認識だった。
そんなジャンから声をかけられ、イメルダが最初に感じたのは困惑だった。
「あ、いえ、とんでもないことでございます」
侯爵令息という高い身分、麗しい容姿、明晰な頭脳、天から二物も三物も与えられたジャンに憧れている女子生徒は多く、イメルダに突き刺さる周囲からの視線が痛かった。
だが、ジャンはそんなことに頓着せず、無邪気に話し続ける。
「僕、最後の問題の長文のこの文章の意味がどうしてもわからなくてさ。教えてもらえないかな」
残念ながら、子爵令嬢であるイメルダに断るという選択肢はない。
チクチクトゲトゲした視線に居心地の悪さを感じながらも、ジャンに聞かれるままに答えを解説した。
「ありがとう!イメルダ嬢の説明はとてもわかりやすいね。あ、そうだ!もし迷惑でなければ、これからもちょくちょく教えてもらえないかな。僕はどうも外国語は苦手でさ」
ニコニコと微笑みながら、控えめにお願いしてくるジャンに、頷いていいものかイメルダは迷ってしまった。
(今でさえご令嬢方の視線が痛いのに、これ以上ジャン様と親しくしたら、無事に中等部を修了できるのかしら…)
そんなイメルダの躊躇いを見透かしたかのように、ジャンはクラスメイトを見渡すと、とてもいい笑顔で言い放った。
「僕からお願いしてるんだから、まさかこのことでイメルダ嬢に苦情がいくことはないよ。そんな命知らずはこのクラスにはいないよ、ね?」
キラキラした笑顔と対照的にドス黒いオーラを放つジャンの様子に、周りの生徒達は一斉に、こくこくと頷くしかなかった。
イメルダも、頷く以外の選択肢はないと悟った。
「私でお役に立てることがあるのでしたら……」
「ありがとう!これで僕も苦手を克服できそうだよ!」
こうしてジャンの押しに負けて、イメルダは放課後にジャンと一緒に勉強することになったのだった。
「でも、もう高等部に進学したんだし、これからはきっと勉強会もなくなるわよね」
そう思うと、なぜか少しだけ胸が痛くなったが、その理由には気づかないまま、イメルダは眠りについた。
来た時とは打って変わって落ち着いた様子で帰って行くエラリーを見送って、ジャンは自室に戻った。
「いや~、直情径行型だとは思ってたけど、あそこまで真っ直ぐだなんてねー」
エラリーとジャンはこれまではあまり接点がなかった。初等部と中等部の時にそれぞれ一度ずつ同じクラスになったことがあるぐらいだ。もちろんお互い貴族令息としての情報は把握していたが、会えば挨拶するぐらいの間柄で、親しく話したのは今日が初めてだった。
「『何か彼女の気にいるようなものを贈りたい』って言ってたけど、『何か彼女に気に入られるようなものを贈りたい』にしか聞こえなかったもんね」
「クラリス嬢か。確かに、儚げな見た目に反して芯がしっかりしてそうで、いい子なんだろうな」
「まあ、僕の狙いはイメルダ嬢だし、エラリーとはライバルにならなくて良かった、良かった」
万が一、誰かと意中の女性を奪い合うようなことがあったとしたら、どんな手を使ってでもライバルを蹴散らしただろうから。と、黒い笑顔を浮かべるジャンは、ベッドに入ると、愛しいイメルダ嬢との出会いを思い返しながら、幸せな眠りについた。
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「お嬢様、今日はこちらのクリームをお使いになりますか?」
湯浴みを終えたイメルダに侍女が声をかける。
「ええ、せっかくジャン様からいただいたし、使った感想もお伝えしなくては」
真面目なイメルダはジャンからの依頼をきっちりとこなそうと、侍女にあらかじめクリームのことを伝えていたのだ。
「それにしても、クラリス様のついでとはいえ、私にまでくださるなんて、ジャン様ったら本当にお優しい方だわ」
ついでどころか、イメルダにクリームを渡す口実に使われたのはクラリスの方だったのだが、イメルダはそんなジャンの腹黒い気持ちには全く気づいていなかった。
イメルダの滑らかな肌に、侍女が丁寧にクリームをのばしていく。
「まあ、とてもいい香りですね!」
「ほんとね。ミモザがほんのり香って、すごく癒されるわ」
ミモザは、イメルダが一番好きな花だ。祖母の代に王都の屋敷の庭に植えたというミモザの花が、ブルーム子爵家を優しく賑やかに彩っていた。
「人気のある化粧品には、バラや百合といった華やかな香りがついていることが多いけど、ミモザに着目するなんて、さすがはジャン様だわ」
それがイメルダのために作られたものだとは夢にも思わず、イメルダは真面目にジャンへの試供品使用報告書を作成していた。
「中等部の最終学年で初めて同じクラスになった時から何かと気にかけていただいて、本当にありがたいわ」
イメルダの生家であるブルーム子爵家は昔から外交に強く、幼い頃から両親に連れられて世界中を旅することの多かったイメルダは、中等部の最終学年になる頃には7か国語を流暢に操る才女に成長していた。
薬学を始めとした理数科目に強いジャンと、語学などの文系科目に強いイメルダは、最終学年になって最初の試験で、一位、二位と並んだ。
そんなイメルダに最初に声をかけたのはジャンの方からだった。
「イメルダ嬢は、すごいね。必修外国語で満点を取るなんて」
いくら学園内では身分による差別は御法度とは言っても、やはり身分の高低は厳然としてあり、侯爵令息であるジャンは、子爵令嬢であるイメルダにとっては住む世界の違う人という認識だった。
そんなジャンから声をかけられ、イメルダが最初に感じたのは困惑だった。
「あ、いえ、とんでもないことでございます」
侯爵令息という高い身分、麗しい容姿、明晰な頭脳、天から二物も三物も与えられたジャンに憧れている女子生徒は多く、イメルダに突き刺さる周囲からの視線が痛かった。
だが、ジャンはそんなことに頓着せず、無邪気に話し続ける。
「僕、最後の問題の長文のこの文章の意味がどうしてもわからなくてさ。教えてもらえないかな」
残念ながら、子爵令嬢であるイメルダに断るという選択肢はない。
チクチクトゲトゲした視線に居心地の悪さを感じながらも、ジャンに聞かれるままに答えを解説した。
「ありがとう!イメルダ嬢の説明はとてもわかりやすいね。あ、そうだ!もし迷惑でなければ、これからもちょくちょく教えてもらえないかな。僕はどうも外国語は苦手でさ」
ニコニコと微笑みながら、控えめにお願いしてくるジャンに、頷いていいものかイメルダは迷ってしまった。
(今でさえご令嬢方の視線が痛いのに、これ以上ジャン様と親しくしたら、無事に中等部を修了できるのかしら…)
そんなイメルダの躊躇いを見透かしたかのように、ジャンはクラスメイトを見渡すと、とてもいい笑顔で言い放った。
「僕からお願いしてるんだから、まさかこのことでイメルダ嬢に苦情がいくことはないよ。そんな命知らずはこのクラスにはいないよ、ね?」
キラキラした笑顔と対照的にドス黒いオーラを放つジャンの様子に、周りの生徒達は一斉に、こくこくと頷くしかなかった。
イメルダも、頷く以外の選択肢はないと悟った。
「私でお役に立てることがあるのでしたら……」
「ありがとう!これで僕も苦手を克服できそうだよ!」
こうしてジャンの押しに負けて、イメルダは放課後にジャンと一緒に勉強することになったのだった。
「でも、もう高等部に進学したんだし、これからはきっと勉強会もなくなるわよね」
そう思うと、なぜか少しだけ胸が痛くなったが、その理由には気づかないまま、イメルダは眠りについた。
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