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悪役令嬢の推しはヒロイン

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「はああ、いいお湯だった」

 お風呂の中で最初の破滅フラグを回避した時のことを思い出していたら、すっかり長湯になってしまった。

 あれからクレアは無事に回復し、新薬の存在を皆に知らしめたアリスは天才少女として、前世と同じ薬学の道を歩むことになる。

「あのまま前世を思い出さないまま成長していたら、今頃高等部でDクラスにいたでしょうね……」


 元々のアリスは勉強嫌いで、高等部に進学したのも他にやることがなかったからだ。そもそもDクラスにいる生徒はお金のある貴族だけで、勉強は嫌いだけど王立学園高等部修了という肩書きが欲しいだけの人間の集まりだ。貴族という身分以外に誇れるものがないため、自分達よりも身分の低い平民が上のクラスに行くことが許せないのだ。


「ましてや、クラリスちゃんは特待生でSクラス。しかも、あの愛らしさだものね。Dクラスの令嬢達がイジメるわけだよね。まあ、ゲームならそのボスが私だったんだけど」

「でも、クラリスちゃんをいじめるなんて、そんなこと、できるわけないじゃない。このゲームで私の最推しはヒロインのクラリスだったんだもの……!」

 そう、悪役令嬢に転生する前のアリスはこの乙女ゲームにはまり、全ルートをクリアしてなお二周、三周するほどだった。

 何かとすぐに逆ハーエンドに持ち込もうとする攻略対象者達から健気なヒロインを守りたい!という謎の正義感にかられて、研究している時以外の時間をほとんどゲームに費やしていた。


「おかげでこの世界でも何とかやれてるからよかったわ。まあ、王太子との婚約は阻止できなかったけど」


 今日、わざわざ三年生のクラスから来てクラリスに声をかけていたウィルは、この国の第一王子で王太子だ。アリスが新薬の効能を発見(?)したことで、評判が広まり、六歳になった年に王太子の婚約者として指名された。

「ゲームの中ではアリスが王太子に一目惚れして、公爵家の権威を利用して無理矢理婚約者におさまってたから、私が黙ってれば婚約者になることはないと思っていたのに」

 まさか、あちらから指名してくるとは誤算だった。だが、王命とあればいくら筆頭公爵家といえども、簡単に断ることはできない。アリスは諦めて婚約を受け入れたのだった。

「まあ、今のところウィルとの関係は可もなく不可もなくだけど。」

 だが、もしクラリスがウィルルートに入った場合には、アリスとの婚約破棄は必定だ。

「ウィルをクラリスちゃんに渡したくないっていうよりも、クラリスちゃんをウィルに渡したくないわー」

 嫉妬の方向がおかしな所に向かっているのは自覚しているが、もともとの推しはヒロインなのだからしょうがない。

 そんなアリスは、クラリスが王立学園に入学した時からずっと密かにクラリスのことを見守って(ストーキングして)いた。


「でも、おかしいのよね。本当なら中等部の時に攻略対象者に出会って、誰のルートに行くか決まるはずなんだけど、クラリスちゃんは誰とも接触がなかったのよねー」

 そう、クラリスは誰も選んでおらず、だからこそ、あの裏庭で令嬢集団に囲まれた時に助けに現れる攻略対象者がいなかったのだ。密かにクラリスを見守って(ストーキングして)いたアリスは、誰も現れないことに気づき、慌てて助けに入ったのだ。

「悪役令嬢がヒロインと絡んだらゲームの強制力でバッドエンドになりそうで、これまでは直接クラリスちゃんと関わるのは避けてきたけど、もうお友達になっちゃったし、攻略対象者達に代わって私がヒロインをお守りしなきゃ!」


「明日もあの可愛い笑顔を見られますように!」


 いつものクールな表情からは想像もできないようなニヤニヤ顔で眠りにつくアリスだった。
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