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Chapter.8
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今日は出勤前におつかいを頼まれている。少し遠回りをして、お菓子を仕入れているベーカリーに立ち寄り、今日の販売分のお菓子類を受け取るのが私の任務。
歩いていると、バターのいい香りがふわりと鼻をくすぐった。目的地が近いとすぐにわかる。
(ここ……かな?)
店長くれたメモに書かれたカタカナの店名を探すけど、お店の外観にはアルファベットが並ぶだけ。
【la pâtisserie Lapin d'or】
“la pâtisserie”は小さく、“Lapin d'or”が大きく書かれているから、きっと店名は大きい文字のほう。メモには『ラパンドール』と書かれている。
言われてみればそう読める。(あとから調べたら、la pâtisserie【ラパティスリ】は“ケーキ屋”、 Lapin d'or【ラパン・ドール】は“黄金のうさぎ”という意味のフランス語だった。)
右肩上がりの文字が書かれたメモをお財布に入れて、店内へ入る。
ドアを開けると頭上で小さい鈴がチリチリ鳴った。その音は、【よつかど】のカウベルと比べると女性的な印象を受ける。
「いらっしゃいませー」
涼やかな風鈴の音のように透き通った声にぴったりの、細身で美人な女性がショーケースの内側で爽やかな笑顔を浮かべている。
「こんにちは……」
なんとなく、少しだけ遠慮がちになった挨拶を気にも留めず、女性はにこやかに私の次の言葉か行動を待っているよう。
「あの……よつかどの従業員なんですが……」
「あー! はい! ちーちゃんから聞いてます! ちょっと待ってくださいね」
シャラシャラと鳴るような透き通った声が呼んだ名前に、鼓動が反応した。
“ちーちゃん”。
店長の名前の千紘からきたあだ名なんだろう。けど、けど……。
喉から胸の間がチリチリ妬けるような、なにか重い塊を飲み込んだ気分になる。
「はーい! お待たせしました! お代はもういただいてるので、大丈夫です」
ウサギの形をした金の箔押しが施された茶色い手提げの紙袋を渡された。注文したお菓子類が入っている袋はずしりと重く、少し漏れ出した甘い匂いが食欲をそそる。
「ありがとうございます。それでは……」
「あっ、ねぇ」失礼しますと言いかけた私の言葉をさえぎって、女性が言う。
「はい」
「いま少しだけ時間ある?」
「え、はい……」
店のオープン時間までは余裕があるし、断る理由もないから否定ができずにうなずいた。
「新作の試食をしてほしいんだけど、どうかな?」
「え……。いいんですか?」
「もちろん!」
ちょっと待ってね。弾むような声で残して、女性は厨房へ入っていった。ガラス張りのキッチンの中で作業をしていた男性と二言三言会話して、トレイを持って店舗スペースへ戻ってくる。
「イートインスペースだと落ち着かないだろうから、休憩室どうぞ」
言い終わらないうちに踵を返して、カウンター脇のドアへ入っていく。ちょっと戸惑って、でも置いて行かれるわけにもいかないし、カウンター内に入って作業スペースの中にいた男性に会釈をして女性に続く。
ドアをくぐると、そこは小部屋になっていた。
四人掛け用のテーブルと椅子、小さなシンクに冷蔵庫。漫画が入った本棚やロッカーが置かれている。必要最低限なものしかないよつかどの休憩室とは違う、少し生活感漂う暖かな雰囲気は案内してくれた女性のそれと、少し似ている。
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
さっき受け取ったばかりの紙袋とバッグを膝の上に置いて、椅子に座る。
「これね、今度出そうと思ってる新作なんだけど」
いそいそと出したトレイの上には、宝石のように輝く砂糖菓子が入った箱が乗せられていた。
「わぁ……」
さきほどまでのもやもやを忘れて、思わず覗き込んでしまう。女性はふふっと笑って、電気ケトルに水を注ぎに移動した。
「ちーちゃんからあなたの話聞いて、喋ってみたいなーって思ってたの!」
電気ケトルのスイッチを入れて、女性が向かいの席に座った。
「あっ、一方的に喋ってごめんなさい。私、この店の店長兼パティシエの古達美彩っていいます」
「森町かえで、です」
「よろしくね。あっ、ごめんね、荷物ここにどうぞ」
フルタチさんが空いている椅子を私の近くに移動させてくれた。
「ありがとうございます」
紙袋とバッグを置くや、フルタチさんがテーブルに肘をつき、乗り出してくる。
「森町さん、ちーちゃんどう? 店長としてちゃんとやってる?」
「はい。とても頼りになるかたです」
「そう~。それは良かった。あ、お湯沸いた」
くるくる変わる表情とテキパキ動く機敏さが魅力的な女性だ。お茶を淹れる所作まで、なんだかキラキラと輝いて見える。
「お菓子が甘いから、砂糖なしがオススメでーす」
紅茶の入ったカップを目の前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
ほわりと立ち上る湯気と、紅茶の香りに癒される。でも、私の胸には小さなトゲが刺さっている。このまま談笑なんてできない。
「あの……」
「ん?」
「店長……佐奈田さんとは、どういったご関係で……?」
私の質問にフルタチさんはふふーと笑って、頬杖をついた。「心配?」
「そ、心配というか……その」
「きょうだい」
うつむいた私にフルタチさんが言った。
「?」
「私とちーちゃんは、姉と、弟」
「えっ」
「っていっても、血は繋がってなくて」
「えぇっ」
道理で……
「似てないなって思ったでしょ」
「う……はい」
「ね」フルタチさんが小さく笑う。「私の母と、ちーちゃんのお父さんが再婚して、戸籍上は姉弟です」
「そうなんですね」
「で、厨房の中にいたのが、私の旦那さん」
「あ……そうなんですね」
あからさまに安心した私の態度にフルタチさんがふふっと笑った。「なーんてうっそー」
「えっ?」
「って言ったらどうする?」
「え、と……」
困惑する私に、フルタチさんがいたずらっ子のような瞳で笑いかけた。「ごめんごめん。冗談」
「ど、どこまで……」
「あの人が旦那ってのはうそ、ってのが冗談。ちーちゃんときょうだいなのも、あの人が旦那なのも本当」
「親御さんの再婚は……」
「それもほんと」
楽しそうに笑うフルタチさんのチャーミングな笑顔に癒される。
店長はあまり自分のことを話さないから、そんな事情があったなんて知らなかった。
「あっ、そうだ。食べて食べて? ボンボンみたいだけど、お酒入ってないから」
「ありがとうございます」
「かじると中身が出ちゃうから、口の中で噛んでね」
「はい」
丸く輝く粒をつまむ。表面はざらざらしていて、でも光沢があって、ビーズみたいなそのお菓子は、噛むと口の中に爽やかな甘さがじゅわっと広がる。
「んん、おいひ……」
口を開けたらこぼれてしまいそうなほどジューシーな砂糖菓子だ。
「一粒が甘いから、お茶うけにいいかなーって」
フルタチさんも一粒を口の中に放り込んで、噛み砕いてコーヒーを飲んだ。「うん、コーヒーにも合うわ~」
あれ? そういえば……。
フルタチさんはコーヒー、私には紅茶。インスタントとはいえ、好みを知らなければわざわざ分けて出すとは思えなくて。
「もしかして、ご存じ、でしたか……?」
「ん? あー、コーヒー飲めないの?」
「はい」
「うん、ちーちゃんから聞いてた」
「そんなこともお話するんですね……」
仲がいいんだなぁ、なんてほっこりしていたんだけど、
「もうねぇ、最近実家で集まってもあなたのことばっかりで」
どうやらそうではなかったみたい。
「そ、そうなんですか?」
「そうよぅ。初めてバイトの人に入ってもらって、店の雰囲気が華やかになったし楽しいし~って、もうデレデレ」
「でれでれ……」
「そー。でもちーちゃんそういうの見せない人だから、かえでちゃん、気付いてないでしょ?」
「ないです……」
自分でもわかるくらい、顔が熱い。
「ちーちゃん、ストイックなところあるから、心配でね~。気になる子にはちゃんとアピールしなさいって言ってるんだけどね~」
前にトラブルがあったときにしてくれた、家まで送るという約束はいまも守ってくれている。でも、手をつないでくれたのはあの日だけで、やっぱり好意というより厚意なんじゃないかと思う。
「そういう対象じゃないんじゃ…?」
「えー、そんなことないわよぅ。いままで女の子の話とか聞いたことなかったし~」
そうだといいなぁ、なんて照れつつ思っていたら、フルタチさんが「あっ」と背筋を伸ばした。「多分、怒られちゃうから、これ言ったことはナイショね?」
「はい」
そんな照れくさいこと、自分から言えるわけない。
「あ、そうそう、これ試してほしいのよね。いいかな」
フルタチさんがカラフルな粒の中から濃い赤を選んでシュガートングで挟み、紅茶に落とした。
「スプーンで混ぜて、溶かして飲んでみて?」
「はい」
言われるがまま、添えられていたスプーンで混ぜると、薄茶色の紅茶に赤みが差した。
「ローズヒップだから、すっぱいと思う」
その言葉に身構えつつ一口飲んでみる。
「美味しい……!」
「でしょー?! 良かったー! さっきの袋の中にサンプル入ってるから、ちーちゃんにこれも仕入れろって言っておいて」
「はい」
「色ごとに味が違っててね~?」
そこから、フルタチさんのプレゼンが始まった。私はそれを聞きながら、店長にどう説明しようか考えていた。
* * *
「あー、楽しかった!」
「私もです」
「今度からお渡しは、かえでちゃんが来てね!」
「はい」
「試作品ができたら呼ぶから」
「はい、ぜひ」
ちゃっかりメッセを登録して、すっかり仲良しになってしまった。
「ちーちゃん、もしかしたら嫌がるかもしれないから、うちの事情かえでちゃんに話したことは私から伝えておくね」
「はい、お願いします」
席を立ち、帰る準備を始める私に
「弟のこと、よろしくお願いします」
美彩さんが笑顔を向ける。
「頑張ります」
まずは引き受けられるような仲になるところから、だけど……支えになれるならなりたいと思う。
「また来てね~」
店の前で大きく手を振る美彩さんと、その横で静かにたたずむ旦那さんはとてもお似合いで、素敵な夫婦だった。
* * *
歩いていると、バターのいい香りがふわりと鼻をくすぐった。目的地が近いとすぐにわかる。
(ここ……かな?)
店長くれたメモに書かれたカタカナの店名を探すけど、お店の外観にはアルファベットが並ぶだけ。
【la pâtisserie Lapin d'or】
“la pâtisserie”は小さく、“Lapin d'or”が大きく書かれているから、きっと店名は大きい文字のほう。メモには『ラパンドール』と書かれている。
言われてみればそう読める。(あとから調べたら、la pâtisserie【ラパティスリ】は“ケーキ屋”、 Lapin d'or【ラパン・ドール】は“黄金のうさぎ”という意味のフランス語だった。)
右肩上がりの文字が書かれたメモをお財布に入れて、店内へ入る。
ドアを開けると頭上で小さい鈴がチリチリ鳴った。その音は、【よつかど】のカウベルと比べると女性的な印象を受ける。
「いらっしゃいませー」
涼やかな風鈴の音のように透き通った声にぴったりの、細身で美人な女性がショーケースの内側で爽やかな笑顔を浮かべている。
「こんにちは……」
なんとなく、少しだけ遠慮がちになった挨拶を気にも留めず、女性はにこやかに私の次の言葉か行動を待っているよう。
「あの……よつかどの従業員なんですが……」
「あー! はい! ちーちゃんから聞いてます! ちょっと待ってくださいね」
シャラシャラと鳴るような透き通った声が呼んだ名前に、鼓動が反応した。
“ちーちゃん”。
店長の名前の千紘からきたあだ名なんだろう。けど、けど……。
喉から胸の間がチリチリ妬けるような、なにか重い塊を飲み込んだ気分になる。
「はーい! お待たせしました! お代はもういただいてるので、大丈夫です」
ウサギの形をした金の箔押しが施された茶色い手提げの紙袋を渡された。注文したお菓子類が入っている袋はずしりと重く、少し漏れ出した甘い匂いが食欲をそそる。
「ありがとうございます。それでは……」
「あっ、ねぇ」失礼しますと言いかけた私の言葉をさえぎって、女性が言う。
「はい」
「いま少しだけ時間ある?」
「え、はい……」
店のオープン時間までは余裕があるし、断る理由もないから否定ができずにうなずいた。
「新作の試食をしてほしいんだけど、どうかな?」
「え……。いいんですか?」
「もちろん!」
ちょっと待ってね。弾むような声で残して、女性は厨房へ入っていった。ガラス張りのキッチンの中で作業をしていた男性と二言三言会話して、トレイを持って店舗スペースへ戻ってくる。
「イートインスペースだと落ち着かないだろうから、休憩室どうぞ」
言い終わらないうちに踵を返して、カウンター脇のドアへ入っていく。ちょっと戸惑って、でも置いて行かれるわけにもいかないし、カウンター内に入って作業スペースの中にいた男性に会釈をして女性に続く。
ドアをくぐると、そこは小部屋になっていた。
四人掛け用のテーブルと椅子、小さなシンクに冷蔵庫。漫画が入った本棚やロッカーが置かれている。必要最低限なものしかないよつかどの休憩室とは違う、少し生活感漂う暖かな雰囲気は案内してくれた女性のそれと、少し似ている。
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
さっき受け取ったばかりの紙袋とバッグを膝の上に置いて、椅子に座る。
「これね、今度出そうと思ってる新作なんだけど」
いそいそと出したトレイの上には、宝石のように輝く砂糖菓子が入った箱が乗せられていた。
「わぁ……」
さきほどまでのもやもやを忘れて、思わず覗き込んでしまう。女性はふふっと笑って、電気ケトルに水を注ぎに移動した。
「ちーちゃんからあなたの話聞いて、喋ってみたいなーって思ってたの!」
電気ケトルのスイッチを入れて、女性が向かいの席に座った。
「あっ、一方的に喋ってごめんなさい。私、この店の店長兼パティシエの古達美彩っていいます」
「森町かえで、です」
「よろしくね。あっ、ごめんね、荷物ここにどうぞ」
フルタチさんが空いている椅子を私の近くに移動させてくれた。
「ありがとうございます」
紙袋とバッグを置くや、フルタチさんがテーブルに肘をつき、乗り出してくる。
「森町さん、ちーちゃんどう? 店長としてちゃんとやってる?」
「はい。とても頼りになるかたです」
「そう~。それは良かった。あ、お湯沸いた」
くるくる変わる表情とテキパキ動く機敏さが魅力的な女性だ。お茶を淹れる所作まで、なんだかキラキラと輝いて見える。
「お菓子が甘いから、砂糖なしがオススメでーす」
紅茶の入ったカップを目の前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
ほわりと立ち上る湯気と、紅茶の香りに癒される。でも、私の胸には小さなトゲが刺さっている。このまま談笑なんてできない。
「あの……」
「ん?」
「店長……佐奈田さんとは、どういったご関係で……?」
私の質問にフルタチさんはふふーと笑って、頬杖をついた。「心配?」
「そ、心配というか……その」
「きょうだい」
うつむいた私にフルタチさんが言った。
「?」
「私とちーちゃんは、姉と、弟」
「えっ」
「っていっても、血は繋がってなくて」
「えぇっ」
道理で……
「似てないなって思ったでしょ」
「う……はい」
「ね」フルタチさんが小さく笑う。「私の母と、ちーちゃんのお父さんが再婚して、戸籍上は姉弟です」
「そうなんですね」
「で、厨房の中にいたのが、私の旦那さん」
「あ……そうなんですね」
あからさまに安心した私の態度にフルタチさんがふふっと笑った。「なーんてうっそー」
「えっ?」
「って言ったらどうする?」
「え、と……」
困惑する私に、フルタチさんがいたずらっ子のような瞳で笑いかけた。「ごめんごめん。冗談」
「ど、どこまで……」
「あの人が旦那ってのはうそ、ってのが冗談。ちーちゃんときょうだいなのも、あの人が旦那なのも本当」
「親御さんの再婚は……」
「それもほんと」
楽しそうに笑うフルタチさんのチャーミングな笑顔に癒される。
店長はあまり自分のことを話さないから、そんな事情があったなんて知らなかった。
「あっ、そうだ。食べて食べて? ボンボンみたいだけど、お酒入ってないから」
「ありがとうございます」
「かじると中身が出ちゃうから、口の中で噛んでね」
「はい」
丸く輝く粒をつまむ。表面はざらざらしていて、でも光沢があって、ビーズみたいなそのお菓子は、噛むと口の中に爽やかな甘さがじゅわっと広がる。
「んん、おいひ……」
口を開けたらこぼれてしまいそうなほどジューシーな砂糖菓子だ。
「一粒が甘いから、お茶うけにいいかなーって」
フルタチさんも一粒を口の中に放り込んで、噛み砕いてコーヒーを飲んだ。「うん、コーヒーにも合うわ~」
あれ? そういえば……。
フルタチさんはコーヒー、私には紅茶。インスタントとはいえ、好みを知らなければわざわざ分けて出すとは思えなくて。
「もしかして、ご存じ、でしたか……?」
「ん? あー、コーヒー飲めないの?」
「はい」
「うん、ちーちゃんから聞いてた」
「そんなこともお話するんですね……」
仲がいいんだなぁ、なんてほっこりしていたんだけど、
「もうねぇ、最近実家で集まってもあなたのことばっかりで」
どうやらそうではなかったみたい。
「そ、そうなんですか?」
「そうよぅ。初めてバイトの人に入ってもらって、店の雰囲気が華やかになったし楽しいし~って、もうデレデレ」
「でれでれ……」
「そー。でもちーちゃんそういうの見せない人だから、かえでちゃん、気付いてないでしょ?」
「ないです……」
自分でもわかるくらい、顔が熱い。
「ちーちゃん、ストイックなところあるから、心配でね~。気になる子にはちゃんとアピールしなさいって言ってるんだけどね~」
前にトラブルがあったときにしてくれた、家まで送るという約束はいまも守ってくれている。でも、手をつないでくれたのはあの日だけで、やっぱり好意というより厚意なんじゃないかと思う。
「そういう対象じゃないんじゃ…?」
「えー、そんなことないわよぅ。いままで女の子の話とか聞いたことなかったし~」
そうだといいなぁ、なんて照れつつ思っていたら、フルタチさんが「あっ」と背筋を伸ばした。「多分、怒られちゃうから、これ言ったことはナイショね?」
「はい」
そんな照れくさいこと、自分から言えるわけない。
「あ、そうそう、これ試してほしいのよね。いいかな」
フルタチさんがカラフルな粒の中から濃い赤を選んでシュガートングで挟み、紅茶に落とした。
「スプーンで混ぜて、溶かして飲んでみて?」
「はい」
言われるがまま、添えられていたスプーンで混ぜると、薄茶色の紅茶に赤みが差した。
「ローズヒップだから、すっぱいと思う」
その言葉に身構えつつ一口飲んでみる。
「美味しい……!」
「でしょー?! 良かったー! さっきの袋の中にサンプル入ってるから、ちーちゃんにこれも仕入れろって言っておいて」
「はい」
「色ごとに味が違っててね~?」
そこから、フルタチさんのプレゼンが始まった。私はそれを聞きながら、店長にどう説明しようか考えていた。
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「あー、楽しかった!」
「私もです」
「今度からお渡しは、かえでちゃんが来てね!」
「はい」
「試作品ができたら呼ぶから」
「はい、ぜひ」
ちゃっかりメッセを登録して、すっかり仲良しになってしまった。
「ちーちゃん、もしかしたら嫌がるかもしれないから、うちの事情かえでちゃんに話したことは私から伝えておくね」
「はい、お願いします」
席を立ち、帰る準備を始める私に
「弟のこと、よろしくお願いします」
美彩さんが笑顔を向ける。
「頑張ります」
まずは引き受けられるような仲になるところから、だけど……支えになれるならなりたいと思う。
「また来てね~」
店の前で大きく手を振る美彩さんと、その横で静かにたたずむ旦那さんはとてもお似合いで、素敵な夫婦だった。
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