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Chapter.2
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毎日を慌ただしく過ごしていたら、バイトを始めてから一ヶ月が経っていた。
週三日、一日6時間程度の勤務だけど、もうすっかり生活の一部になってる。
カレンダーアプリを見て明日バイトだって思うと嬉しくて、当日になると早く出勤したくて、大学でも授業を受けてるとき以外はソワソワ過ごしてしまう。
理由は……まだ、わからない、って思っておく。だって仕事以外のときはどんな人なのかを知らないし、私が想っているのが、ただの空想の存在だったら悲しいから。
「今日はバイトあるんだね」
向かいの席でランチを終えた悠子がストローでアイスティを混ぜながら言う。
「うん。なんでわかるの?」
「だってバイトの日、めっちゃ嬉しそうだもん」
「えっ? そう? フツーじゃない?」
「いやー、そわそわしてるし、いつもよりメイクにチカラ入ってんよ」
「それはほら、接客業だからさ」
「えー? それだけじゃないでしょー」
ニヨニヨ笑う彼女はきっと、恋バナを期待してる。
でも話せることなんてなにもない。
仕事以外での接点なんてなにもないし、ただ指輪をしない主義なだけで結婚してるかもしれない。
そんな情報さえ知らない、その程度の関係なんだから。
「あれ、ごめん。変なこと聞いた?」
「ん? ううん? どして?」
「なんか急にしょんぼりしたから」
「えっ、そう? ごめん、大丈夫だよ」
「ふぅん」悠子はあまり納得のいかない様子でストローをくわえて、テーブルの上で短く震えたスマホの画面を見た。「ありゃ」
「なに?」
「明日の飲み会、一人来れなくなったみたい」
「へぇ」気のない返事だなぁと自覚しつつ、ホットティーに息を吹きかけ冷まし一口飲んだ。うん、美味しい。
「かえで、明日もバイト?」
「明日はお休みだけど……」
「じゃあさ」
「行かない」
「早いよ、返事」
「大勢で食事するの苦手なんだもん」持っていたカップを置いて、口を尖らせる。
「全部で六人だから大丈夫だって」
「他の人誘いなよ」
「えー、だってかえで、誘っても食事会こないじゃーん。たまにはいいじゃーん」
「悠子と二人でだったら行くよ」
「それじゃ普段のランチと変わんないじゃん」悠子はふくれながらスマホを操作し続けて、「人数減るとキャンセル料取られるし、たまにはかえでとも一緒に遊びたいんだけど」上目遣いにこちらを見た。
ふてくされる悠子は、とても可愛い。
「……楽しくさせられないよ?」
「いてくれるだけでいいよ。どーせうちらお酒飲めないんだし、無理に勧めてくるようなやつらだったらすぐ帰ればいいしさ。ねー、行こうよー」
ほだされたわけじゃないけど、たまにはいいかなぁって気分になって、つい頷いてしまう。
「やった! じゃあ集合場所とか時間、メッセするね」
「うん」
絶対あとで後悔するってわかってるのに、私なんで頷いちゃうかなぁ、と早くも後悔した。
* * *
開店準備中にも、さっきの悠子の誘いのことが頭の片隅から離れなかった。いまから断ったらひどいよね、でもな、なんてことも思ってしまう。
「なんや元気ないねぇ」
店長が私の顔をのぞきこむ。
「えっ、すみません」
「いや、謝らんでもええし、体調悪いんやったら今日は帰ってもらっても」
「いえ! 大丈夫です!」
ただでさえ少ない出勤日をこれ以上減らされては、会える機会がなくなっちゃう! って焦って、首をプルプル横に振る。
「そう? まぁ、あんま無理せんとね」
「はい。体は元気なので」
「じゃあ悩み事や」
優しく言って、店長が目を細める。
「あー、まぁ、そうです、ね」
「聞いてええんやったら相談乗るよ?」
えぇっ! 優しい! もうこれ以上ときめかせないで欲しい!
ゆるみそうになる口元と一緒に、エプロンのリボンを引き締める。「実は……」
開店準備を進めながら、今日のランチタイムでの出来事を(店長に関係する部分だけ省いて)話した。
「へぇ、そらええお友達やなぁ」
「そうなんですけど……」
「そういうん苦手なんや」
「はい。そもそも人見知りなので……」
「じゃあ尚更ええ機会じゃない? そういうとこで案外ええ出会いがあるかもやし」
「出会いは別に……必要ないというか……」店長以外でいい人いるよ、って言われたみたいに聞こえて、ちょっとだけ胸が痛くなる。
「大学の四年間なんてあっちゅー間やから、いまのうち楽しんどき~?」
「……大人の人はみんなそう言います」
「うん。みんな、森町さんくらいの年齢のときは、そう言われてもなぁ、って思ってたけど、大人になったら『ほんまや!』ってなって、後世に残したくなんねんよ」
「そういうものですか」
「そういうもんです。森町さんもあと十年ちょっとしたら、わかる思うけど、いまはまぁ、そんなん言われても知らんがな、やろな~」
「店長もでした?」
「うん、おれも。やから言うわ。いまのうち楽しんどき?」
二度目の御指南に、ふと笑いがこぼれた。
あぁ、こういう人、ほんとすき。
自然に浮かんだそんな言葉。
うん、やっぱ、そうだよね……だから。
「ありがとうございます。お友達とは、たくさん出会いたいなって思ってます」
すごく遠回しな言い方が通じたかどうかはいい。自分の気持ちに気付いたことが、良いのかどうかもわからない。でも、それがいまの、素直な気持ちだった。
店長は私の言葉を聞いて嬉しそうにうなずいて。「ま、なんか困ったことあったら連絡ちょーだい」
グラスを拭きながら言ったその一言に、またときめいてしまったのも内緒だ。
* * *
週三日、一日6時間程度の勤務だけど、もうすっかり生活の一部になってる。
カレンダーアプリを見て明日バイトだって思うと嬉しくて、当日になると早く出勤したくて、大学でも授業を受けてるとき以外はソワソワ過ごしてしまう。
理由は……まだ、わからない、って思っておく。だって仕事以外のときはどんな人なのかを知らないし、私が想っているのが、ただの空想の存在だったら悲しいから。
「今日はバイトあるんだね」
向かいの席でランチを終えた悠子がストローでアイスティを混ぜながら言う。
「うん。なんでわかるの?」
「だってバイトの日、めっちゃ嬉しそうだもん」
「えっ? そう? フツーじゃない?」
「いやー、そわそわしてるし、いつもよりメイクにチカラ入ってんよ」
「それはほら、接客業だからさ」
「えー? それだけじゃないでしょー」
ニヨニヨ笑う彼女はきっと、恋バナを期待してる。
でも話せることなんてなにもない。
仕事以外での接点なんてなにもないし、ただ指輪をしない主義なだけで結婚してるかもしれない。
そんな情報さえ知らない、その程度の関係なんだから。
「あれ、ごめん。変なこと聞いた?」
「ん? ううん? どして?」
「なんか急にしょんぼりしたから」
「えっ、そう? ごめん、大丈夫だよ」
「ふぅん」悠子はあまり納得のいかない様子でストローをくわえて、テーブルの上で短く震えたスマホの画面を見た。「ありゃ」
「なに?」
「明日の飲み会、一人来れなくなったみたい」
「へぇ」気のない返事だなぁと自覚しつつ、ホットティーに息を吹きかけ冷まし一口飲んだ。うん、美味しい。
「かえで、明日もバイト?」
「明日はお休みだけど……」
「じゃあさ」
「行かない」
「早いよ、返事」
「大勢で食事するの苦手なんだもん」持っていたカップを置いて、口を尖らせる。
「全部で六人だから大丈夫だって」
「他の人誘いなよ」
「えー、だってかえで、誘っても食事会こないじゃーん。たまにはいいじゃーん」
「悠子と二人でだったら行くよ」
「それじゃ普段のランチと変わんないじゃん」悠子はふくれながらスマホを操作し続けて、「人数減るとキャンセル料取られるし、たまにはかえでとも一緒に遊びたいんだけど」上目遣いにこちらを見た。
ふてくされる悠子は、とても可愛い。
「……楽しくさせられないよ?」
「いてくれるだけでいいよ。どーせうちらお酒飲めないんだし、無理に勧めてくるようなやつらだったらすぐ帰ればいいしさ。ねー、行こうよー」
ほだされたわけじゃないけど、たまにはいいかなぁって気分になって、つい頷いてしまう。
「やった! じゃあ集合場所とか時間、メッセするね」
「うん」
絶対あとで後悔するってわかってるのに、私なんで頷いちゃうかなぁ、と早くも後悔した。
* * *
開店準備中にも、さっきの悠子の誘いのことが頭の片隅から離れなかった。いまから断ったらひどいよね、でもな、なんてことも思ってしまう。
「なんや元気ないねぇ」
店長が私の顔をのぞきこむ。
「えっ、すみません」
「いや、謝らんでもええし、体調悪いんやったら今日は帰ってもらっても」
「いえ! 大丈夫です!」
ただでさえ少ない出勤日をこれ以上減らされては、会える機会がなくなっちゃう! って焦って、首をプルプル横に振る。
「そう? まぁ、あんま無理せんとね」
「はい。体は元気なので」
「じゃあ悩み事や」
優しく言って、店長が目を細める。
「あー、まぁ、そうです、ね」
「聞いてええんやったら相談乗るよ?」
えぇっ! 優しい! もうこれ以上ときめかせないで欲しい!
ゆるみそうになる口元と一緒に、エプロンのリボンを引き締める。「実は……」
開店準備を進めながら、今日のランチタイムでの出来事を(店長に関係する部分だけ省いて)話した。
「へぇ、そらええお友達やなぁ」
「そうなんですけど……」
「そういうん苦手なんや」
「はい。そもそも人見知りなので……」
「じゃあ尚更ええ機会じゃない? そういうとこで案外ええ出会いがあるかもやし」
「出会いは別に……必要ないというか……」店長以外でいい人いるよ、って言われたみたいに聞こえて、ちょっとだけ胸が痛くなる。
「大学の四年間なんてあっちゅー間やから、いまのうち楽しんどき~?」
「……大人の人はみんなそう言います」
「うん。みんな、森町さんくらいの年齢のときは、そう言われてもなぁ、って思ってたけど、大人になったら『ほんまや!』ってなって、後世に残したくなんねんよ」
「そういうものですか」
「そういうもんです。森町さんもあと十年ちょっとしたら、わかる思うけど、いまはまぁ、そんなん言われても知らんがな、やろな~」
「店長もでした?」
「うん、おれも。やから言うわ。いまのうち楽しんどき?」
二度目の御指南に、ふと笑いがこぼれた。
あぁ、こういう人、ほんとすき。
自然に浮かんだそんな言葉。
うん、やっぱ、そうだよね……だから。
「ありがとうございます。お友達とは、たくさん出会いたいなって思ってます」
すごく遠回しな言い方が通じたかどうかはいい。自分の気持ちに気付いたことが、良いのかどうかもわからない。でも、それがいまの、素直な気持ちだった。
店長は私の言葉を聞いて嬉しそうにうなずいて。「ま、なんか困ったことあったら連絡ちょーだい」
グラスを拭きながら言ったその一言に、またときめいてしまったのも内緒だ。
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