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Chapter.19
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二人で落ち着ける場所を探そうと構内を歩くが、すれ違う人の八割が華鈴の姿になんらかの感想を抱いているような目線を向けている。
「やっぱり目立ちますね」一緑が感じた率直な感想を伝える。
「そうなんです…すみません……」少し恥ずかしそうにうつむく華鈴に、
「いえ、こちらこそ急にすみません」一緑が着ていたネルシャツを脱いで「……着ます……?」差し出してみる。
「…いいんですか…?」
「はい」
断られるかと思っていたのに案外あっさり受け入れて、シャツを受け取るとメイド服の上から羽織った。
(うわー! これはヤバイ)
一緑は思わず目を逸らす。
「塚森さん、寒くないですか?」
「大丈夫です」
服装的には薄着になって肌寒くはあるが、そんなことは気にもならないくらい、いまの一緑には高揚感がある。
自分がさっきまで着ていた服を身に着けた華鈴が隣にいるというだけで、身体の芯が温まってくるのを感じた。
まだ二度しか会っていない人のことを、こんなにも可愛いと思えるのだな、なんて冷静に分析したりしてみるが、それでも高揚は収まらない。
(あ~、ちょっとズルいやん、この格好~)
自分で着させておいてなんだが、いわゆる“彼シャツ”状態の華鈴は、メイド服とは違った意味で可愛らしく、自分との体格差が目に見えて、庇護欲に似た愛しさまで湧いてくる。
またしてもソワソワと目線をさまよわせていると、中庭の一角に空いているベンチを見つけた。
「あそことか、どうですか?」
「そうですね、いいですね」
華鈴の賛同を得たので、二人並んでベンチに座る。
秋口の風にさらされたベンチはヒヤリと冷たく、自分の体温の高さを再確認させた。
「……ご足労いただき、ありがとうございます」
会話の糸口に悩んでいた一緑に、華鈴がお辞儀をしながら言う。
「とんでもないです。こちらこそ」お辞儀をし返した一緑は「模擬店とかの衣装ですか?」華鈴の服装を思い返した問うた。
「はい。展示会とは別にメイド喫茶をやっていて」
「そうなんですね。持ち場とか大丈夫でしたか?」
「はい。休憩もらってきたので大丈夫です」
「そうですか。それは良かった」
(とかそういうありきたりなことはどうでもええねんて~)
肝心なことを切り出すにはまだ早いけど、上辺だけで話すのみでは目標を達成できなくて。その会話のバランスはいつまで経っても難しく感じる。
(あっ、そうや)
会ったら伝えなければ、と思っていたことを思い出して、華鈴のほうを向く。
「インタビュー記事、ありがとうございました。拝読しました」
「えっ。ありがとうございます」
華鈴は驚いて、ぴょこんと背筋を伸ばし頭を下げた。
「とても読みやすかったし、興味が湧きました」
「興味、ですか?」
「はい。映像翻訳家って仕事に、興味が湧くような、そういう記事でした。僕はもうその仕事に携わってるので“あー、そうそう”って思いましたけど、知らん人が読んだら、こんな仕事があるんや~って興味を持ってもらえるような……」とここまで喋って独りごちるようになっていたことに気付いて「わかりづらい感想ですみません」一緑が苦笑した。
「そんな! そんなことないです、嬉しいです! すごく」
そう言って、はにかんだ華鈴の表情がとても可愛らしくて、胸の奥がムズムズとざわめく。
(……しない後悔より、する後悔……!)
一緑はそう腹をくくって、「あの……っ」呼び掛けた。
「はい」
少し首をかしげて返事をする華鈴に、
「急な話で申し訳ないんですけど。これからも、お会いしてお話したりしたいので、連絡先を、交換してもらえませんか……」
意を決して一緑が言った。
華鈴は少し驚いて、それからまたはにかんで。
「…はい、ぜひ……」
頬を赤く染めて、うなずいた。
それからしばらくの間、お互いの予定が合う日に会う仲になり、ほどなくして一緑が華鈴に告白をした。返答はもちろん肯定で、正式に恋人として付き合うことになった。
赤菜邸で一緒に住み始めるのは、それから一年後のことだ。
* * *
酔いに任せつつ、適度に端折ったり内緒にしたりしつつ、一緑が語った。
「へぇ~」
「ほぉ~」
青砥と橙山は普段聞くことのない同居人のコイバナにニヨニヨと顔をゆるめて、それを肴に酒をちびちび飲んでいた。
語りながらも酒を飲んでいた一緑は、後半、ウトウトしながら半分寝ているような状態で。しかし華鈴の手前、要らぬことはしゃべらぬように守秘義務を通していて。
「やから……華鈴は……大切やねん……」
言いながらズルズルと寝そべって、華鈴の膝を枕に寝息を立て始めた。
「あらら、寝ちゃった」青砥が微笑ましくその光景を眺めて呟いた。
「重そうやな、大丈夫?」橙山の問いに
「重くなったら動いてもらうので」華鈴は優しい笑顔で返事をした。
「カリンちゃんはどうなん? いのりの第一印象とか覚えてる?」
「大きい人だなーって思いました。背とか、手足とか、なんか、色々」
「あははっ、確かに~」橙山が酒に頬を赤らめ、笑う。「周りにおらんかった? こういう人」
「そうですね。年齢そんなに離れてないのになんか……どっしりしたというか、大型犬みたいーって思った人は初めてだったかもしれません」
「犬かー。確かに犬っぽいなぁ」寝息を立てる一緑を見ながら、青砥が小さく笑う。
「好きになったんはいつから?」橙山のあけすけな質問に、
「うーん……最初から?」華鈴が思い返すようにして答える。
「へぇー、両方一目惚れ?」
「うーん、そうなんですかね……。喋ってみて……インタビューのときに、頭の回転が速い人なんだなーって」左手で一緑の髪を弄びながら華鈴が言う。「私は全然慣れてなくて、つたなくて、よくわからない質問とかしちゃってたと思うんですけど、汲み取って噛み砕いて答えてくれたというか……うーん、表現が難しいですね」
「度量が広いとかそういう感じかな~?」青砥の言葉に
「あっ、そうですね。そういう感じです」華鈴がうなずいた。
「ええな~。ええ話聞けたな~」
橙山はニコニコと相好を崩してグラスを傾けた。
華鈴も一緑から初めて聞くことばかりで。嬉しさと気恥ずかしさと、そしてこみ上げる愛しさを大切に思えた。
「やっぱり目立ちますね」一緑が感じた率直な感想を伝える。
「そうなんです…すみません……」少し恥ずかしそうにうつむく華鈴に、
「いえ、こちらこそ急にすみません」一緑が着ていたネルシャツを脱いで「……着ます……?」差し出してみる。
「…いいんですか…?」
「はい」
断られるかと思っていたのに案外あっさり受け入れて、シャツを受け取るとメイド服の上から羽織った。
(うわー! これはヤバイ)
一緑は思わず目を逸らす。
「塚森さん、寒くないですか?」
「大丈夫です」
服装的には薄着になって肌寒くはあるが、そんなことは気にもならないくらい、いまの一緑には高揚感がある。
自分がさっきまで着ていた服を身に着けた華鈴が隣にいるというだけで、身体の芯が温まってくるのを感じた。
まだ二度しか会っていない人のことを、こんなにも可愛いと思えるのだな、なんて冷静に分析したりしてみるが、それでも高揚は収まらない。
(あ~、ちょっとズルいやん、この格好~)
自分で着させておいてなんだが、いわゆる“彼シャツ”状態の華鈴は、メイド服とは違った意味で可愛らしく、自分との体格差が目に見えて、庇護欲に似た愛しさまで湧いてくる。
またしてもソワソワと目線をさまよわせていると、中庭の一角に空いているベンチを見つけた。
「あそことか、どうですか?」
「そうですね、いいですね」
華鈴の賛同を得たので、二人並んでベンチに座る。
秋口の風にさらされたベンチはヒヤリと冷たく、自分の体温の高さを再確認させた。
「……ご足労いただき、ありがとうございます」
会話の糸口に悩んでいた一緑に、華鈴がお辞儀をしながら言う。
「とんでもないです。こちらこそ」お辞儀をし返した一緑は「模擬店とかの衣装ですか?」華鈴の服装を思い返した問うた。
「はい。展示会とは別にメイド喫茶をやっていて」
「そうなんですね。持ち場とか大丈夫でしたか?」
「はい。休憩もらってきたので大丈夫です」
「そうですか。それは良かった」
(とかそういうありきたりなことはどうでもええねんて~)
肝心なことを切り出すにはまだ早いけど、上辺だけで話すのみでは目標を達成できなくて。その会話のバランスはいつまで経っても難しく感じる。
(あっ、そうや)
会ったら伝えなければ、と思っていたことを思い出して、華鈴のほうを向く。
「インタビュー記事、ありがとうございました。拝読しました」
「えっ。ありがとうございます」
華鈴は驚いて、ぴょこんと背筋を伸ばし頭を下げた。
「とても読みやすかったし、興味が湧きました」
「興味、ですか?」
「はい。映像翻訳家って仕事に、興味が湧くような、そういう記事でした。僕はもうその仕事に携わってるので“あー、そうそう”って思いましたけど、知らん人が読んだら、こんな仕事があるんや~って興味を持ってもらえるような……」とここまで喋って独りごちるようになっていたことに気付いて「わかりづらい感想ですみません」一緑が苦笑した。
「そんな! そんなことないです、嬉しいです! すごく」
そう言って、はにかんだ華鈴の表情がとても可愛らしくて、胸の奥がムズムズとざわめく。
(……しない後悔より、する後悔……!)
一緑はそう腹をくくって、「あの……っ」呼び掛けた。
「はい」
少し首をかしげて返事をする華鈴に、
「急な話で申し訳ないんですけど。これからも、お会いしてお話したりしたいので、連絡先を、交換してもらえませんか……」
意を決して一緑が言った。
華鈴は少し驚いて、それからまたはにかんで。
「…はい、ぜひ……」
頬を赤く染めて、うなずいた。
それからしばらくの間、お互いの予定が合う日に会う仲になり、ほどなくして一緑が華鈴に告白をした。返答はもちろん肯定で、正式に恋人として付き合うことになった。
赤菜邸で一緒に住み始めるのは、それから一年後のことだ。
* * *
酔いに任せつつ、適度に端折ったり内緒にしたりしつつ、一緑が語った。
「へぇ~」
「ほぉ~」
青砥と橙山は普段聞くことのない同居人のコイバナにニヨニヨと顔をゆるめて、それを肴に酒をちびちび飲んでいた。
語りながらも酒を飲んでいた一緑は、後半、ウトウトしながら半分寝ているような状態で。しかし華鈴の手前、要らぬことはしゃべらぬように守秘義務を通していて。
「やから……華鈴は……大切やねん……」
言いながらズルズルと寝そべって、華鈴の膝を枕に寝息を立て始めた。
「あらら、寝ちゃった」青砥が微笑ましくその光景を眺めて呟いた。
「重そうやな、大丈夫?」橙山の問いに
「重くなったら動いてもらうので」華鈴は優しい笑顔で返事をした。
「カリンちゃんはどうなん? いのりの第一印象とか覚えてる?」
「大きい人だなーって思いました。背とか、手足とか、なんか、色々」
「あははっ、確かに~」橙山が酒に頬を赤らめ、笑う。「周りにおらんかった? こういう人」
「そうですね。年齢そんなに離れてないのになんか……どっしりしたというか、大型犬みたいーって思った人は初めてだったかもしれません」
「犬かー。確かに犬っぽいなぁ」寝息を立てる一緑を見ながら、青砥が小さく笑う。
「好きになったんはいつから?」橙山のあけすけな質問に、
「うーん……最初から?」華鈴が思い返すようにして答える。
「へぇー、両方一目惚れ?」
「うーん、そうなんですかね……。喋ってみて……インタビューのときに、頭の回転が速い人なんだなーって」左手で一緑の髪を弄びながら華鈴が言う。「私は全然慣れてなくて、つたなくて、よくわからない質問とかしちゃってたと思うんですけど、汲み取って噛み砕いて答えてくれたというか……うーん、表現が難しいですね」
「度量が広いとかそういう感じかな~?」青砥の言葉に
「あっ、そうですね。そういう感じです」華鈴がうなずいた。
「ええな~。ええ話聞けたな~」
橙山はニコニコと相好を崩してグラスを傾けた。
華鈴も一緑から初めて聞くことばかりで。嬉しさと気恥ずかしさと、そしてこみ上げる愛しさを大切に思えた。
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