日々の欠片

小海音かなた

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12/5『境界線』

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 バツン、とブレーカーが落ちるような音がして、視界が暗くなった。
 すぐに明るくなったけど、目の前の光景はさっきまでと全く違っていた。
 景色は同じ、街の中。なのに、一瞬前とは明らかに違う。
 増えているのだ――ヒトが。
 驚く人々は、ふたつの種類に分かれていた。

 透けている人と、いない人。

 そのどちらもが驚き、戸惑い、瞳に不安を滲ませている。
 何故かはわからないけれど、みんな見えるようになっていた。本来だったら見えないモノ、見えない存在、見えない世界。
 きっとなにかの薄い膜で包まれていたのであろうそれらの存在が、一瞬の暗闇ののちに暴かれた。
 幽霊なんているわけがないと考えていた人にも、霊感なんて全然ないと言っていた人にも、分け隔てなく見えるようになってしまった。
 生きている人々の反応は様々だ。
 戸惑い怯える人、興味を持ち積極的に接触しようとする人、今生の別れだと思っていた人に再会できて喜ぶ人、悲しむ人。
 もう一方、透けている人々の反応も様々だ。
 いままでだったらきっと大多数の人にスルーされていたのに、ただそこにいるだけで注目されてしまう存在となったことが嬉しそうだったり居心地が悪そうだったり。我関せずとその場に佇んでいたり構ってほしそうにしていたり……。
 
 その現象はとある国の、とある地域でしか起きていない。そして、発生した当初はメディアでも取り上げられていなかった。
 だから、なにも知らずにその地域内に入った人が見えざる存在に驚き、ショックで体調を崩したり運転を誤るなどの事故が多発したという。
 これは由々しき問題だ。問題だけれど、対処法もわからない政府は、原因を探すことに注力しているらしい。
 ワイドショーで取り上げられると、週刊誌やオカルト系に詳しいとされているインフルエンサーなども尻馬に乗るような形で、憶測を交えた自論を発信し始めた。
 どれもこれも信用するに足る情報かどうか……判断はつけにくいが、有力なのが『とある山々のどこかに祀られているお社か祠などの結界が切れたのではないか』という説だ。
 見える地域の境目がどこなのかを探るため、体験談を主に集めた証言を元にした大まかな地図が公開された。
 “見える地域”と“見えない地域”の狭間を点でマークし、点を線で結ぶと三角形になる。その各頂点がすべて山の中に位置しており、その場所になにか原因があるのでは? というのが、オカルト研究者と名乗る人々がネットで発表している考察だ。
 その情報を基に、動画を撮影しながら三角形の頂点に行ってみようとする人もいるらしいが、いまだにたどり着けた人はいないのだとか。
 何故そうなるのかは不明だが、なにかしらの力は が働いているのは確かだろう。
 しかしその話題がワイドショーなどの中心となっていたのも束の間のこと。日々世の中で起き続ける事件や事故へスライドしていき、“見える地域”の話題はだんだんと鎮静化していった。
 慣れという名の麻痺が蔓延したのも原因のひとつだ。
 しかし、本来なら見えないものが見えるという奇怪な現象はいまだに続いている。
 そんな特殊な地域で、特殊な商売をする人が現れた。“透けている人”に依頼され、託されたメッセージを相手先に届ける【伝言屋】なる商売だ。
 金銭を持たない依頼人からどうやって報酬を得るのか疑問だったが、届けられた相手先の大多数は疑うことなく受け入れ、賃金を支払うのだという。
 相手先への確認手段として特殊な技術で真偽を確認できるシステムを確立しているそうだが、詳細は明らかにされていない。このシステムは詐欺の抑制にも使われていて、信頼度は抜群だ。
 伝言屋に託されるのは、思いがけない事件や事故に巻き込まれ、最期に会えなかった大事な人に想いを伝えたいと希望する人からのメッセージが主だ。
 ごく稀に自分を殺めた犯人を捕まえてほしいと訴える人もいるようだが、その依頼があった場合は警察に通報するのが規則とのこと。その訴えが証拠となり、犯人逮捕に至った事例もある。
 自分の希望が叶ったことで安心して成仏ができるという評判がどこからか伝わって、別の地域にいた透けている人々がその地域に集まり始めた。
 伝言屋は繁盛し、近々業務を拡大する予定との噂も。
 一方で、犯罪が減少傾向にあるという。
 いわゆる【口封じ】をするのが難しくなったからという推測があるが、見える現象が実際に影響を与えているのかはわからない。

 あの音が聞こえて以降、見える世界が変わった三角地帯では、様々な人間模様が見て取れるのだった。
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