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12/4『マッチョのその後のその後』
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冬になって長袖を着るようになって、「痩せた?」と聞かれるようになった。別に元々太ってはないけど、筋肉の大きさがわからないみたいで痩せたと思われるようだ。
「冬でもタンクトップとかのがいいのかな」
あまりにも各所で言われるので、彼女に相談してみた。
「冬ですよ? 寒くないですか?」
「寒い」
「だったら長袖着たほうがいいですよ」
「そうなんだけど」
そうじゃなくて……まぁいいや。体脂肪率低いと風邪ひきやすいし、暖かいに越したことはない。万が一風邪ひいて受験生の彼女にうつしでもしたら大変だし、筋肉アピールはもっと暖かくなってからにしよう。
「どうしたんですか? 突然タンクトップとか」
「最近よく『痩せた?』って聞かれるようになって。多分筋肉が見えないからなんだろうけど」
「服もオーバーサイズですもんね」
「このサイズじゃないと入らないんだよね」
「ですよね……。いまは流行ってるからいいけど、流行が過ぎたら買いにくくなりそう」
「え、それは困る」
流行り廃りはあまり気にしてないけど、彼女と一緒にいるときくらいはカッコ良くありたい。
「もうちょっと筋肉落とすべきかなぁ」
「えー、いまくらいがちょうどいいです」
「マッチョ好きだもんね」
「それもありますけど、似合ってるんで、田上(タガミ)さんに」
「……ありがとう。そういう風に言ってくれるの木の実(コノミ)ちゃんだけだよ」
「私以外に言われてたら問題ありますよ」
「浮気なんかしないけど」
「そうなんですけど」
そうじゃなくて、って声が聞こえてきそう。ついさっき、僕も思った。
付き合い始めて数か月の彼女は、来年の受験に向けて勉強中。その家庭教師を僕が買って出ているのだけど、いまは合間の休憩時間だ。
彼女のお母さんが出してくれたお茶とおやつをいただきながら、彼女と他愛のない話をして息抜きしている。
「すみません、冬休みなのに」
「全然? 会えて嬉しいから」
僕の言葉に彼女は嬉しそうで恥ずかしそうにニヤッと笑った。
「早く夏にならないかな」
「気が早いね、どうしたの」
「夏になったらまた海で一緒に環境保全活動できるから」
「あぁ、そうだね」
冬でも清掃ボランティアは活動しているのだけど、身体に影響があってはマズイので彼女には参加を遠慮してもらっている。
「受験終わったら旅行に行きたい」
「無事合格したらね」
「いいんですか? 私が行きたいの、新婚旅行ですよ?」
「しっ……えっ。それは……」
ほんき?
と聞いてはいけない気がした。そしてなにも言えなくなった。
プロポーズは僕からしようと思ってたけど、まだお互い学生だし、僕もそろそろ就活をしなければならず、そんな余裕は……。彼女がどこまで本気なのかわからないけど、こちらも本気で答えなければ。
秒速で考えて出した言葉は――
「うん。行こう、いつか」
当たり障りのない僕の返答がお気に召さなかったらしく、彼女は素っ気なく「そうだね」と言って黙ってしまった。
違う、僕だって考えてるよ。考えてるからこそ軽率に受け入れられなくて……。あぁ、日々のトレーニングで付いたのは筋肉だけで、度胸までは兼ね備えられなかった……。
ちょっと気まずい空気のまま短い休憩を終えて、彼女の受験勉強を再開した。僕なんかが見るまでもない優秀な成績だけど、やはり不安であるらしい。
冬休みが終わり、雪が降る中彼女を試験会場まで送った。受験に【絶対】なんてないけれど、彼女なら絶対に大丈夫。
そして――
少しだけ春の予感がする青空の下、スーツを身に着け待ち合わせ場所へ向かう。
ジャケットのポケットに入った、ベルベット生地を何度も確認してしまう。忘れてきてやしないか、落としてしまってないか、常に心配なのだ。
彼女にこれを渡したら、彼女は喜んでくれるだろうか。驚くだろうか。良い返事をもらえるだろうか……。
ポケットに入っている小さなケース。その中には、彼女の誕生石が入った綺麗な指輪。
彼女に会ったら渡すんだ。
合格祝いの花束と、愛の言葉を添えて。
「冬でもタンクトップとかのがいいのかな」
あまりにも各所で言われるので、彼女に相談してみた。
「冬ですよ? 寒くないですか?」
「寒い」
「だったら長袖着たほうがいいですよ」
「そうなんだけど」
そうじゃなくて……まぁいいや。体脂肪率低いと風邪ひきやすいし、暖かいに越したことはない。万が一風邪ひいて受験生の彼女にうつしでもしたら大変だし、筋肉アピールはもっと暖かくなってからにしよう。
「どうしたんですか? 突然タンクトップとか」
「最近よく『痩せた?』って聞かれるようになって。多分筋肉が見えないからなんだろうけど」
「服もオーバーサイズですもんね」
「このサイズじゃないと入らないんだよね」
「ですよね……。いまは流行ってるからいいけど、流行が過ぎたら買いにくくなりそう」
「え、それは困る」
流行り廃りはあまり気にしてないけど、彼女と一緒にいるときくらいはカッコ良くありたい。
「もうちょっと筋肉落とすべきかなぁ」
「えー、いまくらいがちょうどいいです」
「マッチョ好きだもんね」
「それもありますけど、似合ってるんで、田上(タガミ)さんに」
「……ありがとう。そういう風に言ってくれるの木の実(コノミ)ちゃんだけだよ」
「私以外に言われてたら問題ありますよ」
「浮気なんかしないけど」
「そうなんですけど」
そうじゃなくて、って声が聞こえてきそう。ついさっき、僕も思った。
付き合い始めて数か月の彼女は、来年の受験に向けて勉強中。その家庭教師を僕が買って出ているのだけど、いまは合間の休憩時間だ。
彼女のお母さんが出してくれたお茶とおやつをいただきながら、彼女と他愛のない話をして息抜きしている。
「すみません、冬休みなのに」
「全然? 会えて嬉しいから」
僕の言葉に彼女は嬉しそうで恥ずかしそうにニヤッと笑った。
「早く夏にならないかな」
「気が早いね、どうしたの」
「夏になったらまた海で一緒に環境保全活動できるから」
「あぁ、そうだね」
冬でも清掃ボランティアは活動しているのだけど、身体に影響があってはマズイので彼女には参加を遠慮してもらっている。
「受験終わったら旅行に行きたい」
「無事合格したらね」
「いいんですか? 私が行きたいの、新婚旅行ですよ?」
「しっ……えっ。それは……」
ほんき?
と聞いてはいけない気がした。そしてなにも言えなくなった。
プロポーズは僕からしようと思ってたけど、まだお互い学生だし、僕もそろそろ就活をしなければならず、そんな余裕は……。彼女がどこまで本気なのかわからないけど、こちらも本気で答えなければ。
秒速で考えて出した言葉は――
「うん。行こう、いつか」
当たり障りのない僕の返答がお気に召さなかったらしく、彼女は素っ気なく「そうだね」と言って黙ってしまった。
違う、僕だって考えてるよ。考えてるからこそ軽率に受け入れられなくて……。あぁ、日々のトレーニングで付いたのは筋肉だけで、度胸までは兼ね備えられなかった……。
ちょっと気まずい空気のまま短い休憩を終えて、彼女の受験勉強を再開した。僕なんかが見るまでもない優秀な成績だけど、やはり不安であるらしい。
冬休みが終わり、雪が降る中彼女を試験会場まで送った。受験に【絶対】なんてないけれど、彼女なら絶対に大丈夫。
そして――
少しだけ春の予感がする青空の下、スーツを身に着け待ち合わせ場所へ向かう。
ジャケットのポケットに入った、ベルベット生地を何度も確認してしまう。忘れてきてやしないか、落としてしまってないか、常に心配なのだ。
彼女にこれを渡したら、彼女は喜んでくれるだろうか。驚くだろうか。良い返事をもらえるだろうか……。
ポケットに入っている小さなケース。その中には、彼女の誕生石が入った綺麗な指輪。
彼女に会ったら渡すんだ。
合格祝いの花束と、愛の言葉を添えて。
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