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12/3『モノクロームの世界』
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「久しぶりー」
「久しぶり! 元気だった?」
「うん、それなりに」
「大変でしょ、接客業だと」
「そうだね。でもほら、感染してるかどうか、目に見えてわかりやすいからさ」
「確かに」
言いながらダウンジャケットを脱いだ美也子の、半袖から覗く左肘上部を見て涼花が眉をひそめる。
「あなた、その左腕……」
「え? やだ……!」
美也子が確認し、小さく悲鳴を上げた。
美也子からは死角となった左腕の一部から、微かに肌色が抜けていたのだ。慌ててジャケットを着直し、涼花から距離を取る。
「すぐ病院に電話して診てもらって? 私も念のため行くから」
「わかった。ごめん気づかず会っちゃって」
「マスクも除菌もしてるから大丈夫だよ。重症化気をつけて」
「うん。診断出たらまた連絡する」
「お願い。じゃあね」
美也子と別れてから、涼花は自宅近くの病院へ連絡を入れた。
* * *
古びた雑居ビルの一画、重厚な木製ドアに小さな看板が掛けられている。
~不思議な事件を解決します~
吉貝探偵社
室内では、若い女性と不惑前後の男性が会話をしていた。
「なんなんでしょうね、モノクロームウイルスって」
「なんなんでしょうねって……どういう質問?」
「なぜ生み出されて、なぜこんなに蔓延したのか、という意味です」
「知らないよそんなの」
「えぇー? ここは【不思議な事件を解決する探偵社】じゃないんですか?」
「そうだけど、世界規模で起こってることを解決できるわけないじゃない」
「ご近所限定ですか」
「そうですよ。原因追及できる範囲で、ですよ。広告にもそうあるでしょう」
「ありますけどぉ」
助手はあからさまに不機嫌そうに頬を膨らませる。
「キミは僕になにを期待しているんだ」
「マスクを外しても大丈夫な世の中」
「無茶言うな、管轄外だ」
「ちえー」
「インフルエンザなんかと一緒で、予防を徹底すれば簡単には罹らないんだから。ほら、暇なら調度品の消毒して」
「はぁい」
探偵に言われ、助手は渋々ダスターを手にした。
半年ほど前に異国で発生した新型ウイルスは、瞬く間に全世界に蔓延した。
モノクロームウイルス――その名の通り、罹患すると身体の一部、あるいは全部が白黒化してしまう感染症だ。症状が治れば元の色に戻るが、後遺症として一部の色が欠損したままだったり、重症・長期化すると色が抜け続け身体が透明になってしまう。
国内では透明化した人はいないという発表がされているが、果たして……。
* * *
美也子からかかってきた電話を、涼花が自室で取る。
『もしもし』
「お疲れ。どうだった?」
『やっぱモノルスだった。ごめん、全然気づかなかった。そっちは?』
「いまのとこ大丈夫だけど、すぐに検出されないらしいからわかんないなぁ」
『そっか……』
「気にしないでいいよ。検査薬は会社から支給されてるし、給与補償も出るしさ」
定期的にビデオ通話してお互いの安全を確認しようと約束し、通話を終えた。一人暮らし仲間はこういうとき頼りになる。
(にしても、本当に迷惑だわ、モノルス。人と気軽に会えない時代がやってくるなんて思ってもみなかった。ワクチン打ってるとはいえ完全じゃないし……)
「はぁ……」
マスクをせずに自由に人と会える日が来るのは、いつになるだろう。
涼花は憂鬱そうにうなだれた。
* * *
昼間の助手の言葉を思い出しながら、探偵はブランデーをちびちび飲みつつニュースを見ている。どこもかしこもモノルスの話題で持ち切りだ。
(透明人間になるための薬かなんかが誤って外部に漏れただけだろうと思ってたんだけどねぇ)
頭の中でブツクサ言うが、それが真実かどうかなんて立証できる訳がない。
どこからか送られてきた封書。その中に入っていた書類に視線を落とした。
「生物兵器……ねぇ」
とある要人を社会的に滅するために、某国が【monochrome-virus】を開発する、というようなことが書かれた計画書が、机の上に無造作に置かれている。どこの国の言語か、なんて詮索する気もない。映画かなんかじゃあるまいし、国を相手に戦うなんて命知らずの一般人はいない。
(書類が本物かどうかを立証する証拠もないし、あったところで一介の探偵風情にできることなんぞないのだよ)
探偵はホタルイカの干物を炙ったライターで、同じように書類を炙った。
任務完了のお礼に、と依頼人が持参したお菓子の空き缶の中で紙が燃えて、黒焦げになる。
(そういえばこの缶、助手が領収書整理するのに使いやすそうとか言ってたっけ)
缶の底に焦げ跡がついてしまったが、許してもらえるだろうか。
「怒られそうだな」
ぽつりとつぶやいて、口の端をあげた。
「久しぶり! 元気だった?」
「うん、それなりに」
「大変でしょ、接客業だと」
「そうだね。でもほら、感染してるかどうか、目に見えてわかりやすいからさ」
「確かに」
言いながらダウンジャケットを脱いだ美也子の、半袖から覗く左肘上部を見て涼花が眉をひそめる。
「あなた、その左腕……」
「え? やだ……!」
美也子が確認し、小さく悲鳴を上げた。
美也子からは死角となった左腕の一部から、微かに肌色が抜けていたのだ。慌ててジャケットを着直し、涼花から距離を取る。
「すぐ病院に電話して診てもらって? 私も念のため行くから」
「わかった。ごめん気づかず会っちゃって」
「マスクも除菌もしてるから大丈夫だよ。重症化気をつけて」
「うん。診断出たらまた連絡する」
「お願い。じゃあね」
美也子と別れてから、涼花は自宅近くの病院へ連絡を入れた。
* * *
古びた雑居ビルの一画、重厚な木製ドアに小さな看板が掛けられている。
~不思議な事件を解決します~
吉貝探偵社
室内では、若い女性と不惑前後の男性が会話をしていた。
「なんなんでしょうね、モノクロームウイルスって」
「なんなんでしょうねって……どういう質問?」
「なぜ生み出されて、なぜこんなに蔓延したのか、という意味です」
「知らないよそんなの」
「えぇー? ここは【不思議な事件を解決する探偵社】じゃないんですか?」
「そうだけど、世界規模で起こってることを解決できるわけないじゃない」
「ご近所限定ですか」
「そうですよ。原因追及できる範囲で、ですよ。広告にもそうあるでしょう」
「ありますけどぉ」
助手はあからさまに不機嫌そうに頬を膨らませる。
「キミは僕になにを期待しているんだ」
「マスクを外しても大丈夫な世の中」
「無茶言うな、管轄外だ」
「ちえー」
「インフルエンザなんかと一緒で、予防を徹底すれば簡単には罹らないんだから。ほら、暇なら調度品の消毒して」
「はぁい」
探偵に言われ、助手は渋々ダスターを手にした。
半年ほど前に異国で発生した新型ウイルスは、瞬く間に全世界に蔓延した。
モノクロームウイルス――その名の通り、罹患すると身体の一部、あるいは全部が白黒化してしまう感染症だ。症状が治れば元の色に戻るが、後遺症として一部の色が欠損したままだったり、重症・長期化すると色が抜け続け身体が透明になってしまう。
国内では透明化した人はいないという発表がされているが、果たして……。
* * *
美也子からかかってきた電話を、涼花が自室で取る。
『もしもし』
「お疲れ。どうだった?」
『やっぱモノルスだった。ごめん、全然気づかなかった。そっちは?』
「いまのとこ大丈夫だけど、すぐに検出されないらしいからわかんないなぁ」
『そっか……』
「気にしないでいいよ。検査薬は会社から支給されてるし、給与補償も出るしさ」
定期的にビデオ通話してお互いの安全を確認しようと約束し、通話を終えた。一人暮らし仲間はこういうとき頼りになる。
(にしても、本当に迷惑だわ、モノルス。人と気軽に会えない時代がやってくるなんて思ってもみなかった。ワクチン打ってるとはいえ完全じゃないし……)
「はぁ……」
マスクをせずに自由に人と会える日が来るのは、いつになるだろう。
涼花は憂鬱そうにうなだれた。
* * *
昼間の助手の言葉を思い出しながら、探偵はブランデーをちびちび飲みつつニュースを見ている。どこもかしこもモノルスの話題で持ち切りだ。
(透明人間になるための薬かなんかが誤って外部に漏れただけだろうと思ってたんだけどねぇ)
頭の中でブツクサ言うが、それが真実かどうかなんて立証できる訳がない。
どこからか送られてきた封書。その中に入っていた書類に視線を落とした。
「生物兵器……ねぇ」
とある要人を社会的に滅するために、某国が【monochrome-virus】を開発する、というようなことが書かれた計画書が、机の上に無造作に置かれている。どこの国の言語か、なんて詮索する気もない。映画かなんかじゃあるまいし、国を相手に戦うなんて命知らずの一般人はいない。
(書類が本物かどうかを立証する証拠もないし、あったところで一介の探偵風情にできることなんぞないのだよ)
探偵はホタルイカの干物を炙ったライターで、同じように書類を炙った。
任務完了のお礼に、と依頼人が持参したお菓子の空き缶の中で紙が燃えて、黒焦げになる。
(そういえばこの缶、助手が領収書整理するのに使いやすそうとか言ってたっけ)
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