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11/26『最終的には惚気的なアレ』
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「……ということで、新境地を開拓していただきたいと編集長が」
「ですよねー。いい加減マンネリですよねー」
「マンネリでも、先生の作風や定石が好き、という固定の読者さんがいるのでそれはそれでいいんです。先生の問題ではなく、当社の問題なのです」
「新レーベルには新しいジャンルが欲しい、と」
「はい」
「新ジャンルねー」
唸るように言って、手で顔を覆った。
私は官能小説家。大まかに言うと“エロい小説を書くことが生業の人”。
しかし私は実際に体験してみないと書けなくてですね……いままで書いた小説も、なけなしの恋愛経験をもとに、体験を思い返してほじくり出して搾りに搾り出しながら書いていてですね……残っているのはカッスカスの残滓のみ。しかも恋愛にあまりいい思い出がないから、新しく体験したいとは思えない。したいからってできるもんでもないしねぇ。
「……風俗行く費用って経費で落ちますかね」
「なんですか突然」
「私、実際に体験しないと書けなくて……でもいままでの作風や内容とは違うものを、となると、新たに体験しないとなんですよ」
「それはわかりますけど……いきなりそれは……」
「だって頼めるような相手いないですもん」
彼氏ももう10年くらいいないし、いたとしてもそういうの頼めるかどうか……。
「だから、お互いに割り切れる関係のほうが」
「どこの馬の骨ともわからんようなやつに相手させるくらいなら、俺がなります」
「……え。いや、それは流石に……いくら担当さんとはいえ、申し訳なさすぎる」
「仕事としてではないです」
「は」
「プライベートで交際をした上で、貴女の資料になります」
「へ」
開いた口が塞がらない、という体験を初めてした。そのくらい驚いたし、突拍子もない提案だった。
いや、担当さんからしたら私が風俗行きたいって言ったことが突拍子もない提案だったかもしれない。しれないけど!
「いいんじゃない?」
顎髭を触りながら編集長があっさり快諾した。【職場内恋愛は要報連相】という社則があるらしく、担当さんが私を連れて編集部へ戻ったのだが。
「ちょっと編集長」
「間桐(マトウ)くんなら身元もしっかりしてるし、危険もなさそうだし」
「私が職権乱用してるみたいになります」
「職権乱用してるのは間桐くんじゃない。ねぇ?」
「はい。そう申し伝えているのですが……」
「藤林さんは鈍感だからなー」
編集長はニコニコとニヨニヨの間の笑みで私たちを見つめている。
「旅費とか道具とかは経費で落とすんで、会社の名前で領収証貰っておいてね」
「はい」
「あと、間桐くんは藤林さんにちゃんと言葉で伝えたほうがいいよ、色々ね」
「はい」
「承諾されても」
「悪いヤツじゃないですし、なにかあればすぐにこちらも対処できるようにしますから」
「はぁ……」
返事とため息が混じった言語が口から出た。とはいえ、新作を書くのに必要ではあるから、じゃあまぁ、試しに……ということで合意した。
そしたらですね。
普段【堅物】を肩書にしたような間桐さんがですよ、締切に厳しくてリアル締切なんて絶対に教えてくれない担当編集者がですよ、まぁ甘々に甘やかしてくれるわけです。終業後に。退勤したらそんなにも人が変わるかってくらい。
プライベートで会ったことないからわかんなかったんですけどね、私のことを溺愛してたみたいなんです。だから夜中にネタが出ないって泣きわめいて電話しても応じてくれたし、車飛ばして24時間営業のファミレスでご飯とデザートテイクアウトして家に来てくれたり、泣き止むまで添い寝してくれたりしてたわけですわ。仕事じゃなかったってことですわ。
……書いてて気づいたけど、人として終わってるな私。要求がヤバい。メンタル弱い。反省した。
打ち合わせ中とかはいたって堅物だったし、夜中に来てくれたときもスーツ姿でいつものお仕事スタイルだったんだもん。そりゃ気づかないよ。編集長が言うほど、私鈍感じゃないもんね。
「いやぁ……」
私の主張に間桐くんが苦笑した。
「いい加減気づかれるかなとヒヤヒヤしてましたけど……」
「えぇ? そうなんだ」
彼の腕の中でくつろぎながら返事した。
「拒まれたら担当を外れないとですし、まぁそうなったらそうなったで、ちゃんと気持ちを伝えようとは思っていましたが……」
「渡りに船だった?」
「あのときお伝えしたままです。どこぞの馬の骨ともわからんやつに、相手させるわけにはいかん、と」
「そっかぁ」
「で、今日はどんな風にしますか?」
「ちょっと待って」
手元のネタ帳をめくりながら二人で今日の予定を立てる。
新しいジャンルを見つけるのは大変だけど、彼と一緒なら楽しく模索できるんじゃないかな? と思いながら、今日も甘々でイチャイチャな時間を過ごすんだ♪
「ですよねー。いい加減マンネリですよねー」
「マンネリでも、先生の作風や定石が好き、という固定の読者さんがいるのでそれはそれでいいんです。先生の問題ではなく、当社の問題なのです」
「新レーベルには新しいジャンルが欲しい、と」
「はい」
「新ジャンルねー」
唸るように言って、手で顔を覆った。
私は官能小説家。大まかに言うと“エロい小説を書くことが生業の人”。
しかし私は実際に体験してみないと書けなくてですね……いままで書いた小説も、なけなしの恋愛経験をもとに、体験を思い返してほじくり出して搾りに搾り出しながら書いていてですね……残っているのはカッスカスの残滓のみ。しかも恋愛にあまりいい思い出がないから、新しく体験したいとは思えない。したいからってできるもんでもないしねぇ。
「……風俗行く費用って経費で落ちますかね」
「なんですか突然」
「私、実際に体験しないと書けなくて……でもいままでの作風や内容とは違うものを、となると、新たに体験しないとなんですよ」
「それはわかりますけど……いきなりそれは……」
「だって頼めるような相手いないですもん」
彼氏ももう10年くらいいないし、いたとしてもそういうの頼めるかどうか……。
「だから、お互いに割り切れる関係のほうが」
「どこの馬の骨ともわからんようなやつに相手させるくらいなら、俺がなります」
「……え。いや、それは流石に……いくら担当さんとはいえ、申し訳なさすぎる」
「仕事としてではないです」
「は」
「プライベートで交際をした上で、貴女の資料になります」
「へ」
開いた口が塞がらない、という体験を初めてした。そのくらい驚いたし、突拍子もない提案だった。
いや、担当さんからしたら私が風俗行きたいって言ったことが突拍子もない提案だったかもしれない。しれないけど!
「いいんじゃない?」
顎髭を触りながら編集長があっさり快諾した。【職場内恋愛は要報連相】という社則があるらしく、担当さんが私を連れて編集部へ戻ったのだが。
「ちょっと編集長」
「間桐(マトウ)くんなら身元もしっかりしてるし、危険もなさそうだし」
「私が職権乱用してるみたいになります」
「職権乱用してるのは間桐くんじゃない。ねぇ?」
「はい。そう申し伝えているのですが……」
「藤林さんは鈍感だからなー」
編集長はニコニコとニヨニヨの間の笑みで私たちを見つめている。
「旅費とか道具とかは経費で落とすんで、会社の名前で領収証貰っておいてね」
「はい」
「あと、間桐くんは藤林さんにちゃんと言葉で伝えたほうがいいよ、色々ね」
「はい」
「承諾されても」
「悪いヤツじゃないですし、なにかあればすぐにこちらも対処できるようにしますから」
「はぁ……」
返事とため息が混じった言語が口から出た。とはいえ、新作を書くのに必要ではあるから、じゃあまぁ、試しに……ということで合意した。
そしたらですね。
普段【堅物】を肩書にしたような間桐さんがですよ、締切に厳しくてリアル締切なんて絶対に教えてくれない担当編集者がですよ、まぁ甘々に甘やかしてくれるわけです。終業後に。退勤したらそんなにも人が変わるかってくらい。
プライベートで会ったことないからわかんなかったんですけどね、私のことを溺愛してたみたいなんです。だから夜中にネタが出ないって泣きわめいて電話しても応じてくれたし、車飛ばして24時間営業のファミレスでご飯とデザートテイクアウトして家に来てくれたり、泣き止むまで添い寝してくれたりしてたわけですわ。仕事じゃなかったってことですわ。
……書いてて気づいたけど、人として終わってるな私。要求がヤバい。メンタル弱い。反省した。
打ち合わせ中とかはいたって堅物だったし、夜中に来てくれたときもスーツ姿でいつものお仕事スタイルだったんだもん。そりゃ気づかないよ。編集長が言うほど、私鈍感じゃないもんね。
「いやぁ……」
私の主張に間桐くんが苦笑した。
「いい加減気づかれるかなとヒヤヒヤしてましたけど……」
「えぇ? そうなんだ」
彼の腕の中でくつろぎながら返事した。
「拒まれたら担当を外れないとですし、まぁそうなったらそうなったで、ちゃんと気持ちを伝えようとは思っていましたが……」
「渡りに船だった?」
「あのときお伝えしたままです。どこぞの馬の骨ともわからんやつに、相手させるわけにはいかん、と」
「そっかぁ」
「で、今日はどんな風にしますか?」
「ちょっと待って」
手元のネタ帳をめくりながら二人で今日の予定を立てる。
新しいジャンルを見つけるのは大変だけど、彼と一緒なら楽しく模索できるんじゃないかな? と思いながら、今日も甘々でイチャイチャな時間を過ごすんだ♪
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