日々の欠片

小海音かなた

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11/19『ナイショのお姉さん』

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 朝は緑のおばさん。でも夜は……。

 日焼け対策として身につけている帽子にアラビアンマスク、手の甲が覆える長い薄手の手袋。
 毎朝会うのに誰もその人の素顔を見たことがない。

「きっと秘密結社の人なんだよ」
「だれかのお母さんがこっそり見守ってるんじゃないの?」
「口裂け女だって聞いた。あのマスクをめくると……こえー!」
「可愛いコを探して見つけて、隙あらば誘拐しようと企んでるんだ!」

 などなど……学校では色んな噂が飛び交ってる。
 しかしてその実態は……。

 ♪カラランコロロン♪
「いらっしゃい。あら、お父さんまだ来てないわよ?」
「うん、先に行っとけって言われた」
「夜だし物騒なんだから気を付けないと……ってあとでお父さん叱るから、よろしくね」
「お願いします」
 商店街の路地を入ったところにある【スナック路】。その店のママにお辞儀をした。
 赤いドレスがトレードマークのお姉さんは、毎朝僕らの安全を守ってくれる【緑のおばさん】だ。
 おばさんと呼ばれているけど実際は僕のママより若くて、二十代前半だって聞いた。帽子とマスクと手袋は単なる日焼け対策で、マスクを外すと本当に美人なお姉さん。
 僕は実は、密かに憧れているのだ。
 だってパパや他のお客さんが注文したお酒や食べ物を手品みたいにパッと作って出しちゃうし、酔っぱらった人の扱いは上手だし、こんなお姉さんが本当に僕のお姉さんだったらいいのにって思う。
 このお店で子供なのは僕だけで、あとは全員大人。だからみんなが噂している【緑のおばさん】の正体も、僕しか知らない。
 お姉さんは正体をバラさないように大人たちにもお願いしてるらしい。
「お店を閉めた後の帰り道にあるから引き受けたんだけど、なんか噂になっちゃって。問い詰められたらめんど……夢を壊したらいけないから、内緒にしてもらってるの」
 だって。
 確かにこんな綺麗な人だってわかってこのお店のことがバレちゃったら、みんな絶対押しかけてくる。そしたら僕だけのお姉さんじゃなくなっちゃう。
 ♪カラランコロロン♪
「いらっしゃ……来たわね」
「え? なになに?」
「ひーさんさぁ、小学生を一人でこんな路地裏の店に来させるなんて、危ないと思わないの?」
「え? いやぁ、だって、来慣れてるしさ」
「慣れてるかどうか、じゃなくて、危ないかどうか、を聞いてるの」
「危ない……ですか?」
「僕に聞かれても」
「なんで一人で来させたの?」
「それはさぁ、色々あるんだよ。こいつが早く行きたいって言うしさぁ」
「ひーさんも一緒に早く来たらいいでしょう」
「テレビがいいとこ」
「ひーさん」
 お姉さんの一言で、店の中の空気が少し冷たくなった気がした。
「今度一人で来させたら、ひーさんだけ倍額にするから」
「えぇ? 勘弁してよ」
「だったらこれからは二人一緒に来て」
「……はい」
 パパはシュンと肩を落とした。
「はい。じゃあこれどうぞ」
 出てきたのは小鉢に盛られた肉じゃがだ。
「やった! お姉さんの肉じゃが大好き!」
「今日のは美味しいわよー。お芋がイイ感じに煮崩れてくれたの」
「おー、家庭の肉じゃが久々」
「奈々ちゃん作ってくれるでしょ」
「奥さんいま締切前」
「あら大変。ご飯食べてる?」
「軽食大量に作ってきた。な」
「うん。僕ラップサンドいっぱい作った」
「なにが“テレビがいいとこ”なのかしらねー」
 お姉さんが楽しそうに言って、パパのお酒と僕のジュースを作ってくれた。
「自宅が作業場だと大変ね」
「うん。でもこのお店に来られるから嬉しい」
「あら嬉しい」
「別の場所でなにしてるかわかんないよりはいいよ」
「そうね」
 ♪カラランコロロン♪
「いらっしゃい」
「こんばんはー。お、ひーさんによっくん、早いね。カミさん修羅場かい?」
「明後日締切らしい」
「売れっ子漫画家さんは大変だねぇ」
「そのおかげで、俺はマイペースに仕事できてるけどね」
「嫁が漫画家で旦那は小説家かぁ。よっくんも将来は作家になるのかな?」
「僕、ドラマとか書く人になりたい」
「じゃあ脚本家かな? すごいね、作家先生一家だ」
「え、脚本家になりたいの?」
「うん。ドラマとか映画とかのお話作りたい」
「初耳」
「それで、朝は緑で夜は赤のお姉さんのお話書くの!」
「……? なぞなぞ?」
「上は大水、下は大火事、みたいな?」
 お姉さんは僕の視線に気づいて、自分を指さした。僕はそれにうなずく。
「僕が本当のことを書いて、大人になったらみんなに知らせてあげるんだ」
「あらそう、楽しみにしてるね」
 お姉さんがニコリと笑った。
 大人になって脚本家になって、僕が自分で稼いだお金でこのお店に来て、お姉さんに喜んでもらうんだ。
 でもその目標は、大人になるまで、まだナイショ。
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