日々の欠片

小海音かなた

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11/13『眠りたい膝』

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「随分とお気に入りだね」
「なんでやろー。落ち着くねんなぁー」
 ムニャムニャ言いながら推しが私の膝枕で眠る。
「それしたの謝りたいからって今日集まったのにね」
「謝って頂くようなことじゃないんですけどね」
「チハヤちゃんにだけなんだよね。飲みで女性と同席してもそんなならないのにさ」
 飲みで女性と同席するんだ、ふぅーん。まぁするか、そりゃ。
 リア恋勢だからちょっと嫉妬するけど、いまは私がされる側だからグッと飲み込んだ。
 推し、決してお酒に弱いわけでなくペースが速い。同じ時間内に人の二倍飲むから人の二倍速く酔う。
 同グループのメンバーが私生活のことをメディアで話すたびに『宮田は酒癖が悪い』と言うけど、これも“酒癖が悪い”のの一環なんだろうか。
「嫌だったら叩き起こしていいからね?」
 元バ先の先輩の彼氏で、ミャータくんの中学高校時代の先輩である小川ナギさんが言う。
「全然大丈夫です」
 私こと千隼(チハヤ)響は、オタバレしてないドルオタ女子。最推しは、いま私の膝枕で寝ている宮田右京くん。
 先日参加した飲み会中、酔って私の膝で眠ったことを謝りたいって言われて二度目の飲み会に参加したんだけど……推しは結局また私の膝枕で眠ってる。
「宮田さんがアイドルじゃなかったら『付き合っちゃえよ』って言えるんだけどなー」
 とは、元バ先の先輩・馬渡サキさんのお言葉。
「お酒飲んでからのこの状態はカウントしちゃダメですよ」
「いや、普通に喋ってるときもいい雰囲気だけどね」
「小川さんまで」
 困り顔で返答するけど、内心悪い気はしない。むしろ嬉しい。
 むにゃむにゃと寝言を言いながら眠る推しが、急にビクッとして起きた。ボトムのポケットからスマホを出して操作し、耳に当てる。
「はい……出先です。いえ…………あ、そうですか。了解です……はい、はーい」
 通話を終えてスマホを手にしたまままた瞼を閉じ……カッと目を見開いた。
「……‼」
 勢いよく起き上がり、周囲の状況を確かめる。
「おはよー」
「お、おはよう、ございま……うわ」小川さんに挨拶し返して、頭を抱えた。「重ね重ねすみません……」
 正座に座り直してこちらへ頭を下げる宮田さん。
「いやいやっ、大丈夫ですからっ。むしろすみません!」
 内心ウホウホしてたのに謝られたらめっちゃ気まずい!
「なぜチハヤさんが謝るんですか」
「……な、なんとなく?」
 理由を誤魔化したら、宮田さんは不思議そうな顔になった。
「あ、電話、大丈夫ですか? 急用とか」
「あぁ、明日の撮影がバラシになって、休みになったって連絡でした」
「そうなんですか」
「お、じゃあ今日はゆっくりできるね」
「できますけど、お酒はもうやめときます」
 推し、酔うのも速いけど醒めるのも速い。
「そ? まぁ変な噂になっても困るしね」
「僕はいいんですけどね、職業柄仕方ないんで」
「お、お気遣いありがとうございます」
 さっきの先輩たちの発言を妙に気にしてしまって、ちょっとぎこちなくなった。
「いえいえ、とんでもない」
「あ、ごめん。忘れてた。一件電話してくる」
 そう言って、小川さんが席を立って個室を出た。すぐあとに馬渡先輩にも電話がかかってきて退室。
 示し合わせたようなタイミングを疑いつつも、推しと個室で二人きりのシチュエーションを甘んじて受け入れる。とはいえ、こちらからアクションは起こせないんですけどね。
「チハヤさん」
「はい」
「あの、隣に座るとどうしても、さっきみたいになってしまうようなので……今度改めてお詫び……という名の食事に行きませんか」
「えっ、それは、嬉しいです、けど」
 二人きりってことかな、と躊躇する。変な噂立ったら迷惑かけるし。
「二人きりだと気を遣わせそうなので、誰か呼びます」
「あ、それなら……ぜひ」
 予定確認用に連絡先を交換した。推しの連絡先が入ったスマホは光り輝いて見える。
「仕事中はすぐに返信できませんけど、なにかあれば連絡ください」
「ありがとうございます」
 早速スタンプを送り合って、二人でニコニコしちゃう。
 うわー、プライベートで繋がってしまった。もう接触系イベントには参加できないぞ。
 少しして、先輩たちが戻ってきた。なにか聞きたげな顔をしているけど、私たちは気づかないふりをする。
「もう膝枕しないの?」
「しないですよ」
「なんだー。レア光景だったのに」
「なんか……吸い込まれちゃうんですよね……」
「そういえばチハヤ、休憩中の公園とかで膝に猫乗って来てたよね」
「いまでも猫ちゃんいると乗ってきますよ。役得です」
「安眠オーラでも出てるのかもね」
「役得です」
 推しに対しても言ってみるけど、気づかれなかった。
 どんなオーラが出てるのかわからないけど、猫と推し専用の膝枕にならないかな。
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