日々の欠片

小海音かなた

文字の大きさ
上 下
305 / 366

11/1『子、丑、寅、卯、辰。』

しおりを挟む
「あー、もー、無理だって」
 椅子にもたれかかり天を仰いだ。
 机上に置かれたディスプレイには、デザインソフトの編集画面。
 もう考えたくもない、来年の干支のことなんて。誰だよこの仕事引き受けたの。私だよ。
 ただいま絶賛仕事中。来年の干支をモチーフにした年賀状用デザイン、20案を納品せよとのこと。同じ生き物の違うデザインパターン20種て。無理だって。
 子供の頃ワクワクしながら眺めてた折り込み広告の年賀状デザインにこんな苦労が隠れてたなんて。
 一枚一枚全部違う人が描いてるかと思ってたけど、いまになってわかる。外注するのにそんな面倒な発注方法は採用しない。
 一人に一括で何パターンも描かせたほうがコスト安いよ。そんで受ける側もまとまった収入が得られるよ。そうだよな。そこまで考えてなかった。
 学校の課題で同じモチーフの違うデザインパターンをいくつも出せというものがあって、学生全員でブーブーぎゃーぎゃー言いながらなんとか描いてたけど、あれはこういうときのための修行だったんだな。きっと先生方も同じような経験があったんだろう。
 目の前の壁に貼られたカレンダーで納期を確認する。きっと直しが入ってギリギリになるだろうから、やっぱりいまはサボっていられない。
「はあぁ~」
 とか思いつつ気分転換にコーヒーを淹れることにした。せっかくだしラテアートしちゃおうかな。
 鼻歌を歌いながらカップとマシーンの準備をする。
 ピッチャーにミルクを入れてノズルを突っ込み水蒸気で泡立てる。ジョワワワいう音が気持ちいい。
 ピッチャーの中で水蒸気と混ざったミルクの嵩が程よく増えたら泡立て完了。
 エスプレッソを淹れて、そこにクリームを注いでいく。
 最初はミルクとエスプレッソを混ぜるように。ある程度まで入れたらクレマの層を破らないようにミルクの泡を乗せて……よしよし、キレイ。
 ラテアート専用のピックで泡をすくって乗せたり、茶色の部分に尖ったほうを突っ込んで泡に乗せて線を描いたりしていたら……はっ! 無意識のうちに来年の干支描いてた! はっ! これで1パターンいけるんじゃね⁈
 できたてのラテアートを机の片隅に置いて、タブペンを持った。指定サイズに仕切られた枠の中にイラストを描いていく。
 おぉ、なんだかオシャレだし可愛い。しかし正月っぽさのカケラもないな。ボツくらってもいいからとりあえずこれも入れて納品してみよう。直しが出たタイミングでいいアイデアが浮かぶかもだし。
 一息ついてから飲んだカフェラテは少し冷めてて、でもちょうどいいぬるさになっていて美味しかった。
 そんなこんなで四苦八苦して描き上げた20パターンのデザイン案を、締切間際になんとか納品。
 結局ラテアートのデザインも採用されて、色校などして、任務完了した。
 来年同じ案件が来ても絶対受けないぞ、と思いつつも、終わってみたら案外楽しかったし自分のデザイン案がずらりと並んだチラシは壮観だし、もしまた来たら受けちゃうんだろうなー。
 いい機会だから、暇なときに再来年の干支をモチーフにしたデザイン案のラフスケッチ描いたりしよっと。
 そんなことを考えながらアイデアノートに手脳が描いたのは、鬼が大笑いしてるイラストだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

ぎらす屋ぎらすのショートショート集

ぎらす屋ぎらす
ライト文芸
架空の街「通葉市(つばし)」を舞台とした、ちょっと嬉しい日常やリアルな人間を描いたショートショート集。 全てのお話は、同一の世界線上で起こっていますので、各話の繋がりも楽しんでください。

光る風

犬束
現代文学
葉桜の頃、不意に悲しみに囚われ、不安を鎮めてくれた美しい人の匂いが鼻腔に蘇る。

処理中です...