日々の欠片

小海音かなた

文字の大きさ
上 下
303 / 366

10/30『幸運は甘い香りに乗って』

しおりを挟む
 いつのころからか覚えてないが、気づいたときにはその現象が身近にあった。
 他の人たちも同じ経験をしているものだと思っていたけど、どうやらそうじゃないらしい。
 人とは違うと気づいたのは、だいぶ大人になってから。
 その現象は【いいことがある前触れに、どこからか甘い香りがする】というもの。
 果物のような生花のような、あとから思い出せないけれど、とても甘く芳醇な香りということは覚えてる。その香りを感じたあと、経過時間はまちまちだけれど幸運と思えることが舞い込む。
 その種類は様々だけど、幸福度があがることに違いはない。
 今日もどこからか甘い香りが漂ってきた。周囲の人は感じていない、いつもの芳醇な香り。
 あぁ、またなにか幸運が訪れるのだな、と嬉しい気持ちで待っていたけれど、これだ、と感じる幸運がやってこない。不幸なわけじゃなく、いつもみたいな【わかりやすい幸運】がない。
 その後も度々甘い香りを感じるけれど、やっぱり【いつもの幸運】が訪れないのだ。
 香りの恩恵はもう受けられないのだろうか……。いや、それが一般的な普通のことなのだから、なくても当たり前なのかもしれない。けれど……寂しいな。
 ふと気になって、甘い香りを感じた時の状況をメモに書き留めることにした。そうして見つけたひとつの共通点。
 あの香りがするとき、必ずいる人の存在。
 家の近所でたまに会う、よく犬の散歩をしている女性。その人と遭遇するとき、決まってあの香りがする。香水などと間違えるはずのない、あの芳醇な幸運の香りが。
 あの女性が俺にとっての幸運……? だとしても、一方的に見かけて一方的に覚えてるってだけで面識もないし……どうやって確認すべきだろう。
 考えながら道端に設置された自販機で水を買っていたら、遠くから「まってぇ~~~!」と女性の声が聞こえた。
 何事かと思って振り向いたら、白くてフサフサででっかい犬がこちらに駆けてきた。
 リードを空中にたなびかせているから、不意に手からすり抜けるかしたのだろう。
 咄嗟に浮かんだのは、ネットで見た漫画の一コマだった。
「ふぅわっふぅ~♪」
 楽しそうな裏声を出し、その場で踊ってみた。そしたら脱走中の大型犬は何事⁈ とばかりにこちらを見て、楽しそうな笑顔で僕と一緒にはしゃいでくれた。
 ヘイヘーイ♪ と楽し気に踊りつつゆっくり腰を落として、地面を踊るリードを掴み、輪っかの部分に手を通した。腕がちぎれても離さないという気迫が伝わったのか、大型犬はワフワフ呼吸をしながら僕を見つめる。
「おすわり」
 目を見て言ったら、犬はその場に座ってくれた。見ず知らずの僕の言うことを聞いてくれるくらい人懐っこい犬で良かった。
 息を切らせてヨロヨロと近づいてきた飼い主と共に漂ってきた甘い香り。
「あ」
 犬の飼い主はあの女性だった。
「すみ、すみま、せん。あ、ありがと、ございます……!」
「ちょっと落ち着きませんか。ベンチ、公園内にあるので」
「あ、ありが……」
 息を切らしながら頭を下げる女性と一緒に、近くの公園に入る。大型犬は力が強く、男の俺でも引っ張られるくらい。こんな華奢な女性がよく一人で散歩していたものだと感心する。
「これ、開けてないので良ければ」
 買ったばかりのミネラルウォーターを女性に渡す。
「なにからなにまですみません……」
 開栓し、勢いよく水を飲む女性にちょっとときめいた。
 多分、幸運の甘い香りの効果もあるんだろうけど……なんだかとても魅力的に見える。
「届いたメールを確認しようと思って、ちょっと油断してしまって」
 あぁ、片手じゃこいつは無理だわ。
「不注意でご迷惑をおかけして、すみません」
 いえいえ。俺も貴女に興味を持っていたので、という意味をこめて首を振るけど当然伝わってはいない。
「ちょっといま、現金持っていなくて……」
「あぁいいですよ、水くらい。もらってください」
「ありがとうございます……。では、これで……」
 リードを渡そうとして気づく。
「手首……」
「え? やだ、擦り剝けてる」
「ご迷惑でなければ、散歩コース一緒に回ります」
「いえ、でも」
「また逃げちゃったら心配ですし、同じ手に二度かかるかわからないので」
「確かに……すみません、お願いします……」
 やったぜ、と心の中で喜んで、リードを持って散歩に御供することにした。
 散歩コースを歩きながら色々話をして、彼女の情報を獲得した。
 それとなく連絡先を交換して、たまに一緒に犬の散歩をするようになった。

 彼女といるといつでも幸せで、甘い香りがして、そのうちに嗅覚が慣れたのか幸運の甘い香りを感じなくなっていた。それにすら気づかなかったくらい、彼女と一緒にいる時間が幸せだ。

 幸運の甘い香りは風に乗って、きっとどこまでも……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旧・透明少女(『文芸部』シリーズ)

Aoi
ライト文芸
 自殺した姉マシロの遺書を頼りに、ヒマリは文芸部を訪れる。自殺前に姉が書いたとされる小説『屋上の恋を乗り越えて』には、次のような言葉があった。 「どうか貴方の方から屋上に来てくれませんか? 私の気持ちはそこにあります」  3人が屋上を訪れると、そこには彼女が死ぬ前に残した、ある意外な人物へのメッセージがあった……  恋と友情に少しばかりの推理を添えた青春現代ノベル『文芸部』シリーズ第一弾!

白雪姫は処女雪を鮮血に染める

かみゅG
ライト文芸
 美しい母だった。  常に鏡を見て、自分の美しさを保っていた。  優しい父だった。  自分の子供に対してだけでなく、どの子供に対しても優しかった。  私は王女だった。  美しい母と優しい父を両親に持つ、この国のお姫様だった。  私は白雪姫と呼ばれた。  白い雪のような美しさを褒めた呼び名か、白い雪のように何も知らない無知を貶した呼び名か、どちらかは知らない。  でも私は、林檎を食べた直後に、口から溢れ出す血の理由を知っていた。  白雪姫は誰に愛され誰を愛したのか?  その答えが出たとき、彼女は処女雪を鮮血に染める。

浮遊霊が青春してもいいですか?

釈 余白(しやく)
ライト文芸
 本田英介はマンガや読書が好きなごく普通の高校生。平穏で退屈且つ怠惰な高校生活を送っていたが、ある時川に落ちて溺れてしまう。川から引き揚げられた後、英介が目を覚ましてみると友人である大矢紀夫が出迎えてくれたが、視界には今までと異なる景色が見えたのだ。  何ということか、英介は事もあろうに溺れて命を落とし幽霊になっていたのだ。生前との違いに戸惑いながらも、他の幽霊や、幽霊を見ることのできる少女との出会いをきっかけに今更ながら徐々に変わっていく。  この物語は、生きていた頃よりも前向きに生きる?そんな英介の幽霊生活を描いた青春?恋愛?ファンタジーです。

独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~

水縞しま
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

ちょっと待ってよ、シンデレラ

daisysacky
ライト文芸
かの有名なシンデレラストーリー。実際は…どうだったのか? 時を越えて、現れた謎の女性… 果たして何者か? ドタバタのロマンチックコメディです。

処理中です...