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10/21『万理の理』
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この世で役目を終えた物はあの世で再生を待つ。
当たり前だと思っていたそれを言うと、聞いた人はきょとんとした顔になる。
きょとんとするってこういう顔のこというんだなーってくらいの顔。
私がいまここにいること。
この世界のことを皆は意外に感じるかもしれない。けれど私にとっては当たり前。
当たり前のように、私はここで再生を待つことにする。
「大体最初は戸惑って、落ち込んで、怒ってきはるのよねぇ」
胸元がザックリ開いた着物を身に着けた女性が言った。私はその女性のデコルテに釘付けだ。
「……どないしたん?」
「肩口冷えちゃわないのかなぁって」
ここでもキョトン。
「あっはっは。変わったコぉやねぇ」
真っ赤な唇を手で隠し、女性が笑った。
「良く言われます。言われてました」
「あのお方が好きそなコぉやわぁ」
柔らかな口調に、ちらりと嫉妬がにじむ。
正直な感想は『はぁ……』なのだけど、関心がないことを前面に出すのも感じ悪いかなと思ってにへらと愛想笑いした。
「もうちょっとで来はるから、そこで待っとき」
示されたのは、赤い布が敷かれた竹のベンチだった。座ると少し、軋む音がする。
真っ白な空間の中に遊郭の個室がぽつりと佇んでいる。その部屋の外、開かれた一面の端っこにベンチは置かれていた。順番待ちをするためのものなのか、詰めれば大人が三人ほど座れそうだ。
個室の中にいる花魁はふぅーと煙を吐いてから、煙管をコツンと灰皿のフチに叩きつけた。と思ったら、なにかに気づいたように腰を浮かせて部屋の外を見た。
道の向こうから、黒に銀糸の刺繍が施された着物を纏った長身の男性がやってきた。切れ長の目にスッと通った鼻筋、薄めの唇が笑みを含んでいる。
首の後ろで一つに括られた長い銀髪をなびかせながら、こちらへ近づいて来た。
「主(ぬし)様」
花魁が煌めく声でその男性を呼んだ。
「うむ、息災でなにより。すまない、待たせたな」
「あ、いえ」
「八千代も、相手をしてくれてありがとう」
「主様のお願いやもの、従って当然でありんす」
「そうか」ヌシ様が静かに笑みを浮かべこちらを向いた。「さて、行こうか」
「あ、はい」
ヌシ様に連れられ、花魁の視線を背中に浴びながら遊郭を後にした。
生前、私は家具の修理、修繕をする仕事に就いていた。大事にしていたが劣化や過失で破損してしまった家具を新品同様にしてお客さまにお返しするその仕事は、私の天職だと思っていた。
実際天職だったんだけど、それが死後のための修行だとは思ってなかった。
「ここがキミの工房だよ」
「おぉー。え、めっちゃ貴重な木材とかある……」
「下界で減りつつある建材は、こちらでは豊富だからね」
「この世で役目を終えた物は、あの世で再生を待つ……」
「ん? あぁ、理か」
「コトワリ……」
「生き物の魂がこちらに戻ってくるように、作られた物たちもこちらに戻ってくるんだよ」
「それ、前にも貴方に教えてもらいましたか……?」
「うん、そうだね。いまのキミになる前に。まぁその辺は徐々に思い出すだろうから、ゆっくりでいいさ」
「はい」
生前働いていた工房と似た作りの作業場には、修理待ちの家具がたくさん並んでいた。
「時代がマチマチですね」
「うん。永らく修理できる人がいなかったからね、順番待ちって感じかな」
「私が生まれ変わったから?」
ヌシ様は私の言葉にクスリと笑う。
「キミは修行のためにあちらへ行ったのだから、そこは気にしないでくれ」
「はい……。依頼書とかありますか?」
「家具たちを見れば、キミならわかると思うよ」
「私なら……」
促されて、作業場の一角に鎮座する家具たちをジッと見つめる。視界にぼんやりと浮かんできたのは、その家具の生い立ちと依頼者の情報だった。それは家具ひとつひとつで違っていて、これが【依頼書】だとすぐにわかった。
コツを掴めば簡単に情報が見られる。いちいち探さなくていいから便利だ。
じゃあ早速……と腕まくりをしたら、ヌシ様に止められた。
「いくら疲れる身体がないとはいえ、ぶっ通しで作業させるわけにはいかないよ」
とのことで、工房のすぐ目の前にある屋敷に案内された。
「ここで私と一緒に暮らそう。とはいえ、私のことは気にかけず、自由にしてくれればいい」
「一緒に」
「あぁ。不自由しない広さと設備はあるから安心してくれ」
「それってさっきの花魁さんには……」
「八千代に? いいや? 彼女には彼女の“場所”があるから。何故?」
「いえ、なんでも」
あの花魁さん、絶対ヌシ様のこと好きだと思うんだけど……知られたらチクチク言われそうだなぁ、と心配になりつつ、頭と心は順番待ちの家具たちをどう修理していこうかということに奪われていた。
あぁ、修理工はやっぱり私の天職だ。
当たり前だと思っていたそれを言うと、聞いた人はきょとんとした顔になる。
きょとんとするってこういう顔のこというんだなーってくらいの顔。
私がいまここにいること。
この世界のことを皆は意外に感じるかもしれない。けれど私にとっては当たり前。
当たり前のように、私はここで再生を待つことにする。
「大体最初は戸惑って、落ち込んで、怒ってきはるのよねぇ」
胸元がザックリ開いた着物を身に着けた女性が言った。私はその女性のデコルテに釘付けだ。
「……どないしたん?」
「肩口冷えちゃわないのかなぁって」
ここでもキョトン。
「あっはっは。変わったコぉやねぇ」
真っ赤な唇を手で隠し、女性が笑った。
「良く言われます。言われてました」
「あのお方が好きそなコぉやわぁ」
柔らかな口調に、ちらりと嫉妬がにじむ。
正直な感想は『はぁ……』なのだけど、関心がないことを前面に出すのも感じ悪いかなと思ってにへらと愛想笑いした。
「もうちょっとで来はるから、そこで待っとき」
示されたのは、赤い布が敷かれた竹のベンチだった。座ると少し、軋む音がする。
真っ白な空間の中に遊郭の個室がぽつりと佇んでいる。その部屋の外、開かれた一面の端っこにベンチは置かれていた。順番待ちをするためのものなのか、詰めれば大人が三人ほど座れそうだ。
個室の中にいる花魁はふぅーと煙を吐いてから、煙管をコツンと灰皿のフチに叩きつけた。と思ったら、なにかに気づいたように腰を浮かせて部屋の外を見た。
道の向こうから、黒に銀糸の刺繍が施された着物を纏った長身の男性がやってきた。切れ長の目にスッと通った鼻筋、薄めの唇が笑みを含んでいる。
首の後ろで一つに括られた長い銀髪をなびかせながら、こちらへ近づいて来た。
「主(ぬし)様」
花魁が煌めく声でその男性を呼んだ。
「うむ、息災でなにより。すまない、待たせたな」
「あ、いえ」
「八千代も、相手をしてくれてありがとう」
「主様のお願いやもの、従って当然でありんす」
「そうか」ヌシ様が静かに笑みを浮かべこちらを向いた。「さて、行こうか」
「あ、はい」
ヌシ様に連れられ、花魁の視線を背中に浴びながら遊郭を後にした。
生前、私は家具の修理、修繕をする仕事に就いていた。大事にしていたが劣化や過失で破損してしまった家具を新品同様にしてお客さまにお返しするその仕事は、私の天職だと思っていた。
実際天職だったんだけど、それが死後のための修行だとは思ってなかった。
「ここがキミの工房だよ」
「おぉー。え、めっちゃ貴重な木材とかある……」
「下界で減りつつある建材は、こちらでは豊富だからね」
「この世で役目を終えた物は、あの世で再生を待つ……」
「ん? あぁ、理か」
「コトワリ……」
「生き物の魂がこちらに戻ってくるように、作られた物たちもこちらに戻ってくるんだよ」
「それ、前にも貴方に教えてもらいましたか……?」
「うん、そうだね。いまのキミになる前に。まぁその辺は徐々に思い出すだろうから、ゆっくりでいいさ」
「はい」
生前働いていた工房と似た作りの作業場には、修理待ちの家具がたくさん並んでいた。
「時代がマチマチですね」
「うん。永らく修理できる人がいなかったからね、順番待ちって感じかな」
「私が生まれ変わったから?」
ヌシ様は私の言葉にクスリと笑う。
「キミは修行のためにあちらへ行ったのだから、そこは気にしないでくれ」
「はい……。依頼書とかありますか?」
「家具たちを見れば、キミならわかると思うよ」
「私なら……」
促されて、作業場の一角に鎮座する家具たちをジッと見つめる。視界にぼんやりと浮かんできたのは、その家具の生い立ちと依頼者の情報だった。それは家具ひとつひとつで違っていて、これが【依頼書】だとすぐにわかった。
コツを掴めば簡単に情報が見られる。いちいち探さなくていいから便利だ。
じゃあ早速……と腕まくりをしたら、ヌシ様に止められた。
「いくら疲れる身体がないとはいえ、ぶっ通しで作業させるわけにはいかないよ」
とのことで、工房のすぐ目の前にある屋敷に案内された。
「ここで私と一緒に暮らそう。とはいえ、私のことは気にかけず、自由にしてくれればいい」
「一緒に」
「あぁ。不自由しない広さと設備はあるから安心してくれ」
「それってさっきの花魁さんには……」
「八千代に? いいや? 彼女には彼女の“場所”があるから。何故?」
「いえ、なんでも」
あの花魁さん、絶対ヌシ様のこと好きだと思うんだけど……知られたらチクチク言われそうだなぁ、と心配になりつつ、頭と心は順番待ちの家具たちをどう修理していこうかということに奪われていた。
あぁ、修理工はやっぱり私の天職だ。
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