日々の欠片

小海音かなた

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10/8『思い通りにいかない僕らは』

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 あいつとはいわゆる幼馴染で、ガキの頃からずっと一緒。選ぶ余地のない幼稚園から小中学校はもちろん、自分で行くと決めた高校も一緒。
 だからこの先もずっと一緒におるんやって信じてた。
 大人になったいまはそんなワケないってわかるけど、狭い世界で生きていた俺には、そんな考えなんてなかった。
 やから、あの夏休みのことは、いまでも癒えない傷のまま、じくじくと痛み続けている。

 高校に入って初めての夏休み、あいつは家族旅行に出たまま音信不通になった。家を訪ねても誰もおらず、携帯電話なんてない時代やったから連絡手段もなくて、大人のつもりやっただけの俺にはどうすることもできなかった。
 夏休み半ばの登校日に担任から告げられた。
 あいつは家族と旅行中、海難事故に巻き込まれた。命は無事だったが、もう学校には戻らないと……。
 突然の出来事にクラス全員が言葉を失い、心配する日々は終わらぬまま、高校生活が終わる。
 便りがないまま月日は流れ、強制的に“大人”になって……俺は就職のために地元を離れた。
 時間経過とともに薄れてしまうあいつの記憶を留めておきたくて、初めて持った携帯電話であいつとの写真を撮影した。
 白い肌にぽってりとした唇。鼻筋が通った顔立ちは異国の血が入っているように見えるが、生粋の日本人。目を惹く容姿で遠くにいてもすぐ見つけられる。
 俺はその能力のことを“アンテナ”と呼んでいた。もうすっかり錆びてしまったと思っていたそのアンテナが力を発揮したのは、上京して十年目のことだった。

「キミト……っ!」
 帰路に就く途中の交差点ですれ違った人の腕を思わず掴んでいた。目の前で、あの頃と同じままの侯斗が目を丸くして俺を見ていた。
 いや、さすがに無理があるやろ、と思い直して腕を離した。いくら童顔やったって、これは……。
 人違いでした、すみません。そう言おうとした俺に、その人がテヘッと笑いかけた。
「バレた?」

 侯斗は侯斗やった。
 高校時代となんら変わらん見た目で、そこに生きてた。
 一緒に入った居酒屋で、侯斗は慣れた所作で顔写真付き身分証を呈示し入店した。
 両親はあの事故で亡くなったこと、親戚宅や施設を転々とし、いまは一人で暮らしていること。想像以上に孤独と向き合っていたのだと初めて知った。
 程よく酒が回ったところで、侯斗がにへらと笑う。
「俺なー、とらんねん、歳」
「……なに? どーゆぅこと?」
「人魚っておるやんか」
「……おるんかな」
「おんねんやー。俺さぁ、高校んときの事故で死にかけてんけど、人魚に助けられてん」
 独りごちるようなその口調は、居酒屋の雑踏に紛れて溶けそうで、でも俺の耳には嫌にはっきりと届いていた。
「人魚の肉食べると不老不死になるってほんまなんな。全然老けへんの。やからあんまり長いことおんなしとこにおると怪しまれるのよね、なんかしらやっとんちゃうかって」
 注文した焼き鳥を乗せた皿がテーブルに置かれた。「あ、どうも」と言って、侯斗が一串取った。
「冷めんで」
 皿をこっちに押し出す侯斗の手は、血管が浮かんでいまにも透けそうだ。
「そんな……」
「信じられへんやろ? 俺も信じられへん。でもなぁ、戸籍上では歳を重ねても、見た目が変わらんのよ。あの頃のまーんま。やからお前に見つかった。ええんやら悪いんやら……なにお前、泣いてんの」
 少し呆れたように笑うその言葉で気づく。自分が泣いていることに。
「お前……長い間、そんなん独りで……」
「信じんねや」
「わかるもん……お前のことは……」
 ぐしゃぐしゃになった俺の顔を見て呆れたように笑う侯斗。ガキの頃と、なんも変わらん。
「色々調べてんけどさ、永遠ではないねんて。7~800年くらい? 一応寿命があるらしぃてさ。寿命十倍て。やりたいことなんでもできるやん。金は必要やろけど、まぁなんとかなるんじゃないかなぁ」
 焼き鳥を噛み砕いて、飲み込んで、ふと笑った。
「やから泣くなよ」
 なんで笑えんねん。泣きたいのはお前やろ。そう言おうとしたのに、口から出たのは違う言葉やった。
「……一緒に住もう」
「……はぁ? お前ハナシ聞いてた?」
「聞いてた。やから、いままで独りにしてた分、これからは一緒に」
「嫌やわ。一緒におったらお前だけにちゃんと未来が来て、終わりが来て……残されるん俺やん。見たくないねん、お前が静かに老いていくのなんて」
「何度でも生まれ変わって、お前と会えるようにするよ」
「キモいわ、さすがに」侯斗が苦笑する。
「キモくてもええ」
「俺が良くないのよ。ちゅうわけで、元気でやっとるから……ごめんな、心配かけて」
 それが終わりの言葉だと、嫌でも気づいてしまうのは、俺と侯斗が過ごした時間のせい。
 連絡先を教えたけど、きっと無駄だろうとわかるのも……。
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