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9/8『天空のメロディ』
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「たまにはちょっと休み?」
横になってる私の頭を、ヤマザキさんが左手でポフポフする。
(休んでますよ、いま)
「カラダはな? 頭が休まってへんのよ」
確かに今はスマホを使って作曲している。こないだ書いた歌詞に付ける曲なんだけど、その歌詞自体を直したくなってきて、なかなか先に進まない。
(趣味みたいなもんなんで)
「……まぁ本人がえぇならえぇけど」
少し諦めた口調で言って、口が閉じた。
ヤマザキさんが私の身体と魂の【隙間】を埋めてくれるようになってから数か月が経った。いまでは一人きりのときにふたりでいるのが普通になった。
私の将来の夢はシンガーソングライターになること。“夢”というと少し朧げに感じるので、最近は“目標”と言うようにしてる。
自分で作った歌を自分が唄う。それで生きていけたらなんていいだろう。
作詞作曲をし始めたのは、スマホが普及してから。自分専用機を持って自由に使えるようになって、高いお金を払わなくても使える良質なアプリがリリースされて、本格的に曲作りするようになった。
ボーカルシステムに歌わせることもできたけど、私はやっぱり自分の声で自分が作った曲を唄いたいと思った。
以前からちまちま作っては動画サイトで公開してたんだけど、視聴数はあまり伸びずにいた。
でもいつか……という希望を捨てられずに続けている。
あの転落事故のあとから、曲の作り方に少し変化が出た。
いままでだったら“天から降って来た”ようなアイデアが浮かぶことはなかったのに、事故以降、更にヤマザキさんが守ってくれるようになってから、その体験が増えた。だから以前よりも作詞作曲する時間が増えた。
私的にはいいことなんだけど、ヤマザキさんは心配して「ちゃんと休みなさい」と言う。
気持ちはわかるけど、浮かんだ詞やメロディが消えないうちに残しておきたくて、ついスマホを手にしてしまう。
自分的には“楽しい時間”のつもりだけど、気付かぬうちにどこかしら……身体や頭に無理をさせているのかもしれない。
顕著なのは目だな。
目薬をさし、浸透させるために目頭を抑えながら瞼を閉じた。
見える暗闇の中に、得体の知れない【恐怖】はもういない。
(ヤマザキさんがガードしてくれてるからですか?)
(ん? あぁ、“アレ”のこと?)
(はい)
(それもあるし、前よりは隙間が狭くなってるから、それもあんのかもね)
(狭く……なるんですか、隙間)
(元々なかったものやし、元に戻っていくものよ? 怪我とかと一緒やね)
(なくなったら……)
……そのあとの言葉が続けられない。
ヤマザキさんは優しいから、それを言うときっと困らせてしまう。
(ん? どした?)
(なんでも。暇だったら自由にしてくださいね。私まだしばらく作業続けちゃいそう)
(ええよ別に。自分じゃできんことやってるの見るのおもしろい)
(ならいいんですけど……)
視界は共有されていて、感覚も半分くらいは伝わっているらしい。その辺の仕組みはよくわからないけれど、そういうものなのだとか。
こういうとき、ヤマザキさん自身の身体があれば、そういうのあまり気にしなくてもいいのだろうけど……そういう縁ではなかったんだろうな。
いつまで続くかわからない、誰にも内緒の“ふたり暮らし”に、依存してはいけないのだ。わかっているのだけど、やっぱりちょっと、だいぶ、甘えてしまう。
ヤマザキさんがいなくなったら、だいぶ寂しいだろうな……なんて考えながら作業していたら、不意に手が動いてスマホを傍に置いた。
瞼が閉じられて、私の左手が私の頭を撫でた。それはいままでで一番優しくて、温かくて……。
「あんまり……」
少し低い声が私の口から発せられる。
「ゆうたあかんよ、そんな……」
(可愛いこと……)
閉じた視界に広がる暗闇。
ヤマザキさんにはいま、なにが見えているだろう。なにを感じているだろう。
私と同じこと、考えてくれてるかな。
依存してはいけない相手だとわかっているけれど、こんなに甘やかされたら、どうしても……。
でもこれは、私が一生を終えるまで叶わない想い。だから明確にしてはいけない。
なのにヤマザキさんは優しくて……お仕事だからなんだろうけど、それでも。
左手が止まって、髪を離れた。
(ごめん。続き、どうぞ)
そうしてスマホを持ち直す。
(……はい)
瞼を開けると、世界が少し滲んで見えた。
目薬の名残か、それとも……。
スマホの操作に戻り、ようやくできたメロディを再生してみる。
(いい曲)
ふと口角があがった。
(ありがとうございます)
私の感性が共有されているのか、それとも完全にヤマザキさんの感覚なのかはわからないけど、頑張って生み出した作品を褒めてもらえて嬉しかった。
横になってる私の頭を、ヤマザキさんが左手でポフポフする。
(休んでますよ、いま)
「カラダはな? 頭が休まってへんのよ」
確かに今はスマホを使って作曲している。こないだ書いた歌詞に付ける曲なんだけど、その歌詞自体を直したくなってきて、なかなか先に進まない。
(趣味みたいなもんなんで)
「……まぁ本人がえぇならえぇけど」
少し諦めた口調で言って、口が閉じた。
ヤマザキさんが私の身体と魂の【隙間】を埋めてくれるようになってから数か月が経った。いまでは一人きりのときにふたりでいるのが普通になった。
私の将来の夢はシンガーソングライターになること。“夢”というと少し朧げに感じるので、最近は“目標”と言うようにしてる。
自分で作った歌を自分が唄う。それで生きていけたらなんていいだろう。
作詞作曲をし始めたのは、スマホが普及してから。自分専用機を持って自由に使えるようになって、高いお金を払わなくても使える良質なアプリがリリースされて、本格的に曲作りするようになった。
ボーカルシステムに歌わせることもできたけど、私はやっぱり自分の声で自分が作った曲を唄いたいと思った。
以前からちまちま作っては動画サイトで公開してたんだけど、視聴数はあまり伸びずにいた。
でもいつか……という希望を捨てられずに続けている。
あの転落事故のあとから、曲の作り方に少し変化が出た。
いままでだったら“天から降って来た”ようなアイデアが浮かぶことはなかったのに、事故以降、更にヤマザキさんが守ってくれるようになってから、その体験が増えた。だから以前よりも作詞作曲する時間が増えた。
私的にはいいことなんだけど、ヤマザキさんは心配して「ちゃんと休みなさい」と言う。
気持ちはわかるけど、浮かんだ詞やメロディが消えないうちに残しておきたくて、ついスマホを手にしてしまう。
自分的には“楽しい時間”のつもりだけど、気付かぬうちにどこかしら……身体や頭に無理をさせているのかもしれない。
顕著なのは目だな。
目薬をさし、浸透させるために目頭を抑えながら瞼を閉じた。
見える暗闇の中に、得体の知れない【恐怖】はもういない。
(ヤマザキさんがガードしてくれてるからですか?)
(ん? あぁ、“アレ”のこと?)
(はい)
(それもあるし、前よりは隙間が狭くなってるから、それもあんのかもね)
(狭く……なるんですか、隙間)
(元々なかったものやし、元に戻っていくものよ? 怪我とかと一緒やね)
(なくなったら……)
……そのあとの言葉が続けられない。
ヤマザキさんは優しいから、それを言うときっと困らせてしまう。
(ん? どした?)
(なんでも。暇だったら自由にしてくださいね。私まだしばらく作業続けちゃいそう)
(ええよ別に。自分じゃできんことやってるの見るのおもしろい)
(ならいいんですけど……)
視界は共有されていて、感覚も半分くらいは伝わっているらしい。その辺の仕組みはよくわからないけれど、そういうものなのだとか。
こういうとき、ヤマザキさん自身の身体があれば、そういうのあまり気にしなくてもいいのだろうけど……そういう縁ではなかったんだろうな。
いつまで続くかわからない、誰にも内緒の“ふたり暮らし”に、依存してはいけないのだ。わかっているのだけど、やっぱりちょっと、だいぶ、甘えてしまう。
ヤマザキさんがいなくなったら、だいぶ寂しいだろうな……なんて考えながら作業していたら、不意に手が動いてスマホを傍に置いた。
瞼が閉じられて、私の左手が私の頭を撫でた。それはいままでで一番優しくて、温かくて……。
「あんまり……」
少し低い声が私の口から発せられる。
「ゆうたあかんよ、そんな……」
(可愛いこと……)
閉じた視界に広がる暗闇。
ヤマザキさんにはいま、なにが見えているだろう。なにを感じているだろう。
私と同じこと、考えてくれてるかな。
依存してはいけない相手だとわかっているけれど、こんなに甘やかされたら、どうしても……。
でもこれは、私が一生を終えるまで叶わない想い。だから明確にしてはいけない。
なのにヤマザキさんは優しくて……お仕事だからなんだろうけど、それでも。
左手が止まって、髪を離れた。
(ごめん。続き、どうぞ)
そうしてスマホを持ち直す。
(……はい)
瞼を開けると、世界が少し滲んで見えた。
目薬の名残か、それとも……。
スマホの操作に戻り、ようやくできたメロディを再生してみる。
(いい曲)
ふと口角があがった。
(ありがとうございます)
私の感性が共有されているのか、それとも完全にヤマザキさんの感覚なのかはわからないけど、頑張って生み出した作品を褒めてもらえて嬉しかった。
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