日々の欠片

小海音かなた

文字の大きさ
上 下
251 / 366

9/8『天空のメロディ』

しおりを挟む
「たまにはちょっと休み?」
 横になってる私の頭を、ヤマザキさんが左手でポフポフする。
(休んでますよ、いま)
「カラダはな? 頭が休まってへんのよ」
 確かに今はスマホを使って作曲している。こないだ書いた歌詞に付ける曲なんだけど、その歌詞自体を直したくなってきて、なかなか先に進まない。
(趣味みたいなもんなんで)
「……まぁ本人がえぇならえぇけど」
 少し諦めた口調で言って、口が閉じた。
 ヤマザキさんが私の身体と魂の【隙間】を埋めてくれるようになってから数か月が経った。いまでは一人きりのときにふたりでいるのが普通になった。
 私の将来の夢はシンガーソングライターになること。“夢”というと少し朧げに感じるので、最近は“目標”と言うようにしてる。
 自分で作った歌を自分が唄う。それで生きていけたらなんていいだろう。
 作詞作曲をし始めたのは、スマホが普及してから。自分専用機を持って自由に使えるようになって、高いお金を払わなくても使える良質なアプリがリリースされて、本格的に曲作りするようになった。
 ボーカルシステムに歌わせることもできたけど、私はやっぱり自分の声で自分が作った曲を唄いたいと思った。
 以前からちまちま作っては動画サイトで公開してたんだけど、視聴数はあまり伸びずにいた。
 でもいつか……という希望を捨てられずに続けている。

 あの転落事故のあとから、曲の作り方に少し変化が出た。
 いままでだったら“天から降って来た”ようなアイデアが浮かぶことはなかったのに、事故以降、更にヤマザキさんが守ってくれるようになってから、その体験が増えた。だから以前よりも作詞作曲する時間が増えた。
 私的にはいいことなんだけど、ヤマザキさんは心配して「ちゃんと休みなさい」と言う。
 気持ちはわかるけど、浮かんだ詞やメロディが消えないうちに残しておきたくて、ついスマホを手にしてしまう。
 自分的には“楽しい時間”のつもりだけど、気付かぬうちにどこかしら……身体や頭に無理をさせているのかもしれない。
 顕著なのは目だな。
 目薬をさし、浸透させるために目頭を抑えながら瞼を閉じた。
 見える暗闇の中に、得体の知れない【恐怖】はもういない。
(ヤマザキさんがガードしてくれてるからですか?)
(ん? あぁ、“アレ”のこと?)
(はい)
(それもあるし、前よりは隙間が狭くなってるから、それもあんのかもね)
(狭く……なるんですか、隙間)
(元々なかったものやし、元に戻っていくものよ? 怪我とかと一緒やね)
(なくなったら……)
 ……そのあとの言葉が続けられない。
 ヤマザキさんは優しいから、それを言うときっと困らせてしまう。
(ん? どした?)
(なんでも。暇だったら自由にしてくださいね。私まだしばらく作業続けちゃいそう)
(ええよ別に。自分じゃできんことやってるの見るのおもしろい)
(ならいいんですけど……)
 視界は共有されていて、感覚も半分くらいは伝わっているらしい。その辺の仕組みはよくわからないけれど、そういうものなのだとか。
 こういうとき、ヤマザキさん自身の身体があれば、そういうのあまり気にしなくてもいいのだろうけど……そういう縁ではなかったんだろうな。
 いつまで続くかわからない、誰にも内緒の“ふたり暮らし”に、依存してはいけないのだ。わかっているのだけど、やっぱりちょっと、だいぶ、甘えてしまう。
 ヤマザキさんがいなくなったら、だいぶ寂しいだろうな……なんて考えながら作業していたら、不意に手が動いてスマホを傍に置いた。
 瞼が閉じられて、私の左手が私の頭を撫でた。それはいままでで一番優しくて、温かくて……。
「あんまり……」
 少し低い声が私の口から発せられる。
「ゆうたあかんよ、そんな……」
(可愛いこと……)
 閉じた視界に広がる暗闇。
 ヤマザキさんにはいま、なにが見えているだろう。なにを感じているだろう。
 私と同じこと、考えてくれてるかな。

 依存してはいけない相手だとわかっているけれど、こんなに甘やかされたら、どうしても……。
 でもこれは、私が一生を終えるまで叶わない想い。だから明確にしてはいけない。
 なのにヤマザキさんは優しくて……お仕事だからなんだろうけど、それでも。

 左手が止まって、髪を離れた。
(ごめん。続き、どうぞ)
 そうしてスマホを持ち直す。
(……はい)
 瞼を開けると、世界が少し滲んで見えた。

 目薬の名残か、それとも……。

 スマホの操作に戻り、ようやくできたメロディを再生してみる。
(いい曲)
 ふと口角があがった。
(ありがとうございます)
 私の感性が共有されているのか、それとも完全にヤマザキさんの感覚なのかはわからないけど、頑張って生み出した作品を褒めてもらえて嬉しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

琥太郎と欧之丞・一年早く生まれたからお兄ちゃんとか照れるやん

真風月花
ライト文芸
少年二人の懐かしく優しい夏の日々。ヤクザの組長の息子、琥太郎は行き倒れの欧之丞を拾った。「なんで、ぼくの後追いするん?」琥太郎は、懐いてくる欧之丞に戸惑いながらも仲良くなる。だが、欧之丞は母親から虐待されていた。「こんな可愛い欧之丞をいじめるとか、どういうことやねん」琥太郎は欧之丞を大事にしようと決意した。明治・大正を舞台にした少年二人の友情物語。※時系列としては『女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています』→本作→『没落令嬢は今宵も甘く調教される』の順になります。『女學生…』の組長とヒロインの結婚後と、『没落令嬢…』の恋人との出会いに至るまでの内容です。

クラシオン

黒蝶
ライト文芸
「ねえ、知ってる?どこかにある、幸福を招くカフェの話...」 町で流行っているそんな噂を苦笑しながら受け流す男がいた。 「...残念ながら、君たちでは俺の店には来られないよ」 決して誰でも入れるわけではない場所に、今宵やってくるお客様はどんな方なのか。 「ようこそ、『クラシオン』へ」 これは、傷ついた心を優しく包みこむカフェと、謎だらけのマスターの話。

照(テル)と怜(レイ)

須弥 理恩(しゅみ りおん)
ライト文芸
 大学に潜入捜査でやってきた根っから明るい軟派な二十五歳の優男〝怜(レイ)〟と、その大学にモラトリアムと焦燥感を抱えて鬱屈と過ごす大学院生(博士課程)の根暗な二十五歳の眼鏡の青年〝照(テル)〟――  同年代を生きる真逆の若き男達二人による、偶然の出会いと友情を築くまでの物語  時代設定について:架空の現代日本。  ジャンル:なんちゃってポリス物、半日常コメディ。

独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~

水縞しま
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

ちゃりんこ

端木 子恭
ライト文芸
 関東に住む中学2年生のつむぎ。北海道で一人暮らししている祖母の体調を見守るため、1学期の間だけ二人で暮らすことになった。小学生まで住んでいたところに戻るので友達もいる。行ってみると、春になって体調が良くなった祖母相手にすることがない。  また仲良くなった友達の縁(より)に、市内で開催される6月のママチャリレースに誘われる。メンバーを集めて表彰をめざす、と意気込む。  

1話30秒で読める140字小説集

醍醐兎乙
ライト文芸
x(旧Twitter)に投稿した140字小説をまとめました 各話に繋がりはないので、気になったタイトルからお読みください カクヨムとノベルアップ+とnoteにも投稿しています

小さな悪魔

萩尾雅縁
ライト文芸
 小さな悪魔は人間になりたいと思っていました。  手を繋いでにこにこと歩いている親子や、お互いの瞳を見つめ合っている恋人同士がとても幸せそうに見えたからです。  小さな悪魔はいつも一人ぼっちでした。彼は悪魔なので、みんなから恐れられていました。誰も彼と仲良くしてはくれません。だから、人間になって人間の仲間に入りたいと思ったのです。 読み切り短編連載の予定です。

処理中です...