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9/3『栄光のボール』
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経年劣化したボールと、瓶に入った砂。それを眺めながら晩酌をするのが週末の楽しみ。
あの爽快な音は、いまでも鮮明に脳内再生できるくらい耳に残っている。
「またそのボール見ながらお酒飲んでる」
「いいじゃないか、パパの楽しみなんだよ」
「そうよー、そのときのパパかっこよかったんだからー」
妻が僕のおつまみと、娘と自分のご飯を食卓に運んできてくれた。
「ありがと」
礼を言って皿を受け取る僕。
「あとのご飯、自分でお願いね」
「うん」
「はい、いただきます」
「いただきます」
妻と娘が手を合わせ、食事を始めた。
ケースに入っている、甲子園で僕が打ったホームランボールは記念として大会側から貰ったものだ。
大会名、試合日、高校名、選手名が記載されていて、あの日から僕の一生の宝物になった。
平凡な人生の中で一際輝く星のようなそのボールを大事に眺める。
妻と娘はテレビを見ながら夕飯を食べ、僕は思い出をツマミに晩酌をするのが毎週末の習慣だ。
あのころはこんな風に家庭を持ってるなんて想像もつかなかったなー。
「そんな古いボール眺めて、なんか楽しいの」
夕食を終えた娘が言った。
「うん。このボールがなかったら、パパはママと結婚してなかっただろうし、本当に宝物なんだよ」
「ふぅん」
「キミは野球興味ないもんなー」
「ごめんね、男の子じゃなくて」
「そんなこと言ってないだろ? 性別関係なく、我が子は可愛いよ」
「はぁ」
そっけない返答にママと苦笑しながら、酒を飲む。
思春期とか反抗期とか、我が娘もそんな年頃になったのだなぁ、としみじみした。
あのころ培った根性というか我慢強さというかは、社会に出てからも大いに役立った。
まぁこれは僕がそうなだけで、他に同じ状況の人がいるかはわからない。
それでも遮二無二頑張ったあの三年間の努力は、僕の大事な軸になったし礎でもある。
酒を飲み終え、定位置にケースに入ったボールと砂が入った瓶を戻して僕も夕食をとることにした。
準備から後片付けまで自分でやるのも毎週末の習慣。これを毎日やってくれてると思うと、妻には頭が下がる。
あの部活で努力してたのは、あなたたち選手だけじゃないのよ、と妻が笑って教えてくれたことがある。
弱小チームのマネージャーなんて、そりゃ僕らにはわからない苦労もあっただろう。
彼女がいてくれたおかげで、僕たちが頑張れたところもある。
まさかその先の人生でまで励ましてもらえるだなんて、僕は果報者だ。
早々に自室に戻った娘とはあまり会話がなく、それだけがちょっと気がかり。
嫌われてるというか避けられているというか……年頃の娘と接するのが初めてだから、標準がどんなものかわからない。
寝室で妻と会話をしている際、娘の心情について聞かされた。
「自分よりボールと砂のほうが大事にされてるって思ってるみたいよ?」
「えぇ? そんなの別のカテゴリでしょ? 愛し方が違うじゃない」
「でもあの子はそう思えないみたい」
「キミたちのことはすごく大事だけど、物だと思ってないから宝物だとは言えないよ」
「そう言ってあげればいいのよ」
「いやぁ……言葉にして言うことじゃないじゃない……でもそうかぁ……もうちょっと交流しないとなー」
「難しい年頃だからねー」
「キミもそうだった?」
「うーん、それなりに。いまは全然だけど」
「そうかー」
自分にはあまりなかった“反抗期”中の娘とは、最近あまり一緒に出かけたりしていなくて、会話も少ないから妻伝えに聞くしかできない。
下手に歩み寄ろうとしてもきっと鬱陶しがられるだろうし……うーん、いくつになっても女性との交流は難しい。
次の週末。
確かに最近、毎週回想に耽っていたなぁと反省して、今日はテレビ番組を肴にすることにした。
妻と娘はいま、こういうことを面白いと思うのだな、ふむふむ。などと分析をしながら視聴する。
たまに妻や娘に説明など受けつつ視ると、面白さがわかってくる。
うん、こういう晩酌もいいなぁ。
二人が夕食を終え、思い思いの行動に移る。
ビールの空缶も増えてきたことだし、そろそろ僕も夕食を食べようかな……と考えていたら、コトンと机が鳴った。
すぐそばに娘。置かれていたのは、思い出のホームランボールだった。
不思議に思って娘を見ると
「……楽しみなんでしょ? ボール見ながらお酒呑むのが」
少しバツが悪そうに視線を逸らして、不貞腐れたように言った。
「……ありがとう。でもパパは、キミたちとの団らんもとても楽しいと思ってるから、今後はそういう時間も増やそうと思うよ」
「たまにでいいよ、ウザいし」
娘はそう言い残して自室へ戻った。なびいた髪の隙間から見えた耳は真っ赤だった。
あぁ、今日も我が娘は可愛いなぁ。
あの爽快な音は、いまでも鮮明に脳内再生できるくらい耳に残っている。
「またそのボール見ながらお酒飲んでる」
「いいじゃないか、パパの楽しみなんだよ」
「そうよー、そのときのパパかっこよかったんだからー」
妻が僕のおつまみと、娘と自分のご飯を食卓に運んできてくれた。
「ありがと」
礼を言って皿を受け取る僕。
「あとのご飯、自分でお願いね」
「うん」
「はい、いただきます」
「いただきます」
妻と娘が手を合わせ、食事を始めた。
ケースに入っている、甲子園で僕が打ったホームランボールは記念として大会側から貰ったものだ。
大会名、試合日、高校名、選手名が記載されていて、あの日から僕の一生の宝物になった。
平凡な人生の中で一際輝く星のようなそのボールを大事に眺める。
妻と娘はテレビを見ながら夕飯を食べ、僕は思い出をツマミに晩酌をするのが毎週末の習慣だ。
あのころはこんな風に家庭を持ってるなんて想像もつかなかったなー。
「そんな古いボール眺めて、なんか楽しいの」
夕食を終えた娘が言った。
「うん。このボールがなかったら、パパはママと結婚してなかっただろうし、本当に宝物なんだよ」
「ふぅん」
「キミは野球興味ないもんなー」
「ごめんね、男の子じゃなくて」
「そんなこと言ってないだろ? 性別関係なく、我が子は可愛いよ」
「はぁ」
そっけない返答にママと苦笑しながら、酒を飲む。
思春期とか反抗期とか、我が娘もそんな年頃になったのだなぁ、としみじみした。
あのころ培った根性というか我慢強さというかは、社会に出てからも大いに役立った。
まぁこれは僕がそうなだけで、他に同じ状況の人がいるかはわからない。
それでも遮二無二頑張ったあの三年間の努力は、僕の大事な軸になったし礎でもある。
酒を飲み終え、定位置にケースに入ったボールと砂が入った瓶を戻して僕も夕食をとることにした。
準備から後片付けまで自分でやるのも毎週末の習慣。これを毎日やってくれてると思うと、妻には頭が下がる。
あの部活で努力してたのは、あなたたち選手だけじゃないのよ、と妻が笑って教えてくれたことがある。
弱小チームのマネージャーなんて、そりゃ僕らにはわからない苦労もあっただろう。
彼女がいてくれたおかげで、僕たちが頑張れたところもある。
まさかその先の人生でまで励ましてもらえるだなんて、僕は果報者だ。
早々に自室に戻った娘とはあまり会話がなく、それだけがちょっと気がかり。
嫌われてるというか避けられているというか……年頃の娘と接するのが初めてだから、標準がどんなものかわからない。
寝室で妻と会話をしている際、娘の心情について聞かされた。
「自分よりボールと砂のほうが大事にされてるって思ってるみたいよ?」
「えぇ? そんなの別のカテゴリでしょ? 愛し方が違うじゃない」
「でもあの子はそう思えないみたい」
「キミたちのことはすごく大事だけど、物だと思ってないから宝物だとは言えないよ」
「そう言ってあげればいいのよ」
「いやぁ……言葉にして言うことじゃないじゃない……でもそうかぁ……もうちょっと交流しないとなー」
「難しい年頃だからねー」
「キミもそうだった?」
「うーん、それなりに。いまは全然だけど」
「そうかー」
自分にはあまりなかった“反抗期”中の娘とは、最近あまり一緒に出かけたりしていなくて、会話も少ないから妻伝えに聞くしかできない。
下手に歩み寄ろうとしてもきっと鬱陶しがられるだろうし……うーん、いくつになっても女性との交流は難しい。
次の週末。
確かに最近、毎週回想に耽っていたなぁと反省して、今日はテレビ番組を肴にすることにした。
妻と娘はいま、こういうことを面白いと思うのだな、ふむふむ。などと分析をしながら視聴する。
たまに妻や娘に説明など受けつつ視ると、面白さがわかってくる。
うん、こういう晩酌もいいなぁ。
二人が夕食を終え、思い思いの行動に移る。
ビールの空缶も増えてきたことだし、そろそろ僕も夕食を食べようかな……と考えていたら、コトンと机が鳴った。
すぐそばに娘。置かれていたのは、思い出のホームランボールだった。
不思議に思って娘を見ると
「……楽しみなんでしょ? ボール見ながらお酒呑むのが」
少しバツが悪そうに視線を逸らして、不貞腐れたように言った。
「……ありがとう。でもパパは、キミたちとの団らんもとても楽しいと思ってるから、今後はそういう時間も増やそうと思うよ」
「たまにでいいよ、ウザいし」
娘はそう言い残して自室へ戻った。なびいた髪の隙間から見えた耳は真っ赤だった。
あぁ、今日も我が娘は可愛いなぁ。
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