日々の欠片

小海音かなた

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9/2『2/7』

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 宝くじ売り場の看板を見てニヤニヤする。【第●●回 1等■億円 この売り場から出ました!】ってやつ。
 その宝くじ、私が当たったやつ。ふへへ。
 顔見知りになったおばさんとおじさんは今日お休みみたい。いたら差し入れしようと思ってたんだけどなー。
 窓口の端っこに置かれてる大黒様と恵比寿様の木像は今日も笑顔。ご利益ありがとうございます。
 あの日を思い返しながら、横断歩道を渡った。

 売り場で当選確認してもらったら、照合機が鳴った。当選金額欄にゼロがたくさん並ぶ。
 いちじゅーひゃくせんまんじゅーまんひゃくまん……え?
 窓口のおばさんと一緒にもう一度数えた。
「お、お姉さん! いま、いますぐ印鑑と身分証持って銀行へ……!」
「はは、はい!」
 返却された宝くじを財布に戻して、最寄りの銀行窓口へ行った。宝くじが当選した旨を伝えると、しばらく待たされたのち個室へ案内された。
 様々な説明と、高額当選者に配られるという噂の冊子をもらって、夢見心地で銀行をあとにした。
 【宝くじが当たるとロクなことない】【当たった直後、事故に遭った】みたいなネガキャン聞くから、自分は絶対そうならないように! って気を付けてくじ売り場まで戻り、銀行へ誘導してくれたおばさんと、もう片方の受付にいたおじさんを食事に誘った。
「いいのよそんなの!」
「いえ、ぜひ! ホントに、お時間があれば……!」
 ゲン担ぎのためのお願いだし、あまり無理強いするのも良くないな……と引き下がろうか考えていたら、おじさんが「いいじゃない、せっかくだしご相伴にあずかろうよ」と言ってくれた。
「あ、そういうことか。あらあら、じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」
「はい、ぜひ」
 お二人のリクエストに応え、売り場近くにあった高級店を予約した。
「話に聞いたことはあったけど、本当にこういうのしてくださる方がいるのねぇ」
「俺、むかーし1回あったよ」
「へぇ、今回と同じ感じですか?」
「そうそう。その人も一度銀行行ったあと戻ってきてくれてね、その人はゲン担ぎのことを人づてに聞いて、ご馳走してくれたって」
「あ、私もです」
「あらそう」
「そしたら、しばらくあとにもう一回誘ってくれてさ、また高額当選したって言ってた」
「えー! すごい」
「いるのねー! そういう人」
「おじさんは幸運の男神(おがみ)なんですね」
「えぇ? そうかな。そしたら蛯子さんも今日から幸運の女神だね」
「確かに。売ってくださったのもヒルコさんでした」
「あらやだ、女神なんてトシじゃないのに」
「しかしおじさんはなにもしてないのに、良かったの?」
「はい。二人きりだとお嫌かもしれませんけど、同じ職場の方がいらしたら安心かな、と」
「今時珍しいくらい気遣いできるのねぇ」
「いえぃぇ……」
 照れくさくて俯いたら、おじさんとおばさんが優しく笑ってくれた。
「こんなに美味しいご飯ご馳走してもらったら、明日からも頑張れちゃうわね」
「ホントホント」
「喜んでいただけてよかったです。お時間いただいてありがとうございます」
「いいのよぉ、こんなお誘いなら大歓迎」
「そうそう。また当たったら声かけてね」
「やだ、大國(オオクニ)さんったら」
「ぜひぜひ、そのときはまたご一緒してください」
 無理やり誘っちゃったかなぁって申し訳なく思ってたけど、最終的に楽しんでいただけたようで良かった。
 さぁ、明日から物件探しつつ、お金の勉強するぞー。

* * *

 夜道に二人分の影。美味しい食事で満たされた腹をさすって歩く。
「いい子だったねぇ。ああいう人に当たってくれると嬉しいよねぇ」
「ホントホント。渡した運を上手いこと使って循環してくれそう」
「うんうん」
「ところで、えべっさんっていつまで女性の姿でいるの?」
「どうしようかねぇ。女性のほうがなんだか受けがいい気がして」
「柔らかい感じがするんだろうね。俺も普段通りニコニコしてるのに、やっぱ皆えべっさんの窓口に行くんだよね」
「それは場所の問題じゃない? 角曲がって近いほうに私がいるから」
「そうかなぁ」
「明日から場所変わる?」
「試しにいい?」
「いいよ、大黒さんの好きにしてよ」
 二人から伸びる影は、身体と違う形をしている。
 おじさんは大きな袋を背負い、右手で小槌を持つ。
 おばさんは小脇に魚を抱え、竿を携えている。
「いい制度だよね。収益金は公共事業に使われるし、当選金もまかなえてるし」
「ね。当選者に税金がかからないのもいい」
「こちらも福運を与えやすくなるし」
「具体的な金銭目標があるのもいいよねぇ」
「ホントホント。福運を活用できる人にどんどん当たってほしいなぁ」
「うんうん。明日からも頑張りましょう」
「そうしましょう」
 二人は仲良く、自分の持ち場に帰っていった。
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