日々の欠片

小海音かなた

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8/26『白紙のパズル』

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 目の前にばら撒かれた沢山のピース。
 まずは定石通り、外枠から作っていく。どこか一辺が直線、または二辺の直線と角が丸みを帯びたピースを探す。隣合って同じ作業を繰り返す彼女を、たまに励ましながら。
 枠となりえるピースがある程度集まったところで、僕はパズルを組み立て始めた。彼女には引き続き枠のピースと、ある程度形状が類似しているピースの選別をしてもらう。
 白、白、白。どのピースもすべてが白い。
 表裏の区別もつかない真っ白なパズルが、目覚めた僕らの前に置かれていた。何故かはわからない。けれど僕らはそのパズルを解かなければこの部屋から出ることを許されなかった。
 真四角な部屋の上部、小さな窓から差し込む光が弱くなり、やがて消える。周囲の状況はそこから聞こえる音でしかわからない。
 野犬の遠吠え、夜目の利く鳥の鳴き声、木々が風に吹かれる音。
 人の気配はなく、助けを呼んでも無駄だとわかる。
 繋がれた手で手を繋ぎ、お互いに励まし合った。
 目の前に置かれたパズルは、ようやく三分の一が埋まったところ。
 生活用品など一切ない、僕らを逃がさないためだけの四角いコンクリート作りの部屋。
 一刻も早くこの空間から脱出しなければ……命が尽きる前に、気がふれてしまいそうだ。
 彼女も僕も極限状態のまま幾度目かの朝をむかえ、そしてようやく……『カチャン』……壁に貼り付いたドアから音がした。
 最後のピースをはめた直後のことだった。
 鍵が解かれたドアをそっと開ける。周囲には誰もおらず、襲われるようなこともない。
 人影がないことを確認して、彼女を庇いながら外へ出た。
 周囲は木々に囲まれ、空には満月。月明りだけが僕らの道しるべ。
 夜明けまで待つなんてできなかった。またあのドアを閉められてしまったら……そう思ったら、外に出るしかなかった。
 山道をくだり、夜が明けるころ、麓へ出た。そこはひらけた草原で、いくつかのテントとキャンピングカーが見える。
「おはよーございま一す」
 僕らに気づき、キャンパーが声をかけた。
 信用していいのか……?
 疑心暗鬼になる僕らの前に、キャンパーが次々とやってくる。
「え、その腕の……どしたんすか」
 僕らを繋ぐ鎖に気づいた一人が言う。
「キャンプするような服装じゃないですよね。なにかありました?」
 泣きくずれる彼女にただならぬ状況を察知した人たちが事情を聞いてくれ、すぐさま警察と救急に連絡を入れてくれた。
 食糧を分けてもらい、僕たちは泣きながら何日かぶりの食事をとった。
 警察と救急隊に保護された安心感から、数日振りの眠りに就いた。

 目覚めたのはベッドの上。
 僕と彼女は鎖を解かれた代わりに管やコードに繫がれ、病室内で家族に見守られていた。
 容体が安定してから警察の事情聴取を受けたが、拉致監禁される心当たりは当然なかった。
 保護されたすぐ後に警察が僕らの話を元に監禁されていた建物を確認したが、残っていたのは僕らがいた痕跡だけ。必死に組み立てた真っ白なパズルもなくなっていたという。
 拉致される直前の記憶はおぼろげで、しかしその現場周辺に設置されていた監視カメラに、僕らが攫われる姿が映っていたらしい。だが……
「犯人、の姿が、映っていなくて……」
「僕らが自分で移動した、と?」
「いえ、お二人が突然倒れたと思ったら、そのままこう……宙に浮いたままカメラの画角から外れていって……」
「お二人以外の人影はなく、ご自身で移動している、というようにも、どうやっても見えませんでした」
 沈黙が病室を支配する。
 僕らは“何者か”に攫われたが、その“何者か”を認識することはできなかった。

* * *

 半透明で色とりどりの楕円数体が、プルプル揺れながら画面を眺めていた。
『なんだか大ごとになったな』
『だから言ったんだ。ちゃんと説明して、協力してもらおうって』
『そうしたけど、誰も聞いてくれなかったじゃない』
『それにあの星のヒトはああいう状況を楽しめるんじゃなかったのか』
『ナゾトキ? りあるダッシュツ? 流行ってるって読んだよ』
『だから置かれてるパズルを、説明もなしに組み立てたんでしょ?』
『命に危険がないよう、光合成用の窓も付けたのに』
『僕らと違ってあの星の生き物は、食料がないと生きてけないってさっき読んだ』
『脆弱だな』
『生態の違いまでは調べなかったなぁ』
『まぁいいじゃない、これでタイムカプセルの場所がわかるんだから』
『誰だよホント、こんな真っ白いパズルにしたの』
 ブツブツ言いながら楕円体がパズルに特殊な光を当てると、地図が浮かび上がった。
『手のない私たちがこれを組み立てられるわけないのにねぇ』
『まぁいいさ。完成したんだから』
『さぁ、掘り出しに行こう。僕らの学生時代の思い出を!』
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