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8/6『目の前のニンジン』
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「後輩くんってイケメンってよりハンサムだよね」
「なんすか急に」
「ごめん、思ったことが口から出た」
「無意識ですか」
後輩くんが笑う。
「セクハラか」
「僕は別に……褒め言葉として捉えましたけど」
「なら良かった」
「コンプライアンス厳しくなりましたもんねー。褒めてるつもりがハラスメントだったー、なんてのもあるそうですし」
「そうねー。発言には気をつけないとだわ」
「僕にはもっと言っていいですよ。先輩から褒められるの嬉しいんで」
「少しでも不快に思ったらすぐ言ってね」
「はーい」
後輩くんはクスクス笑ってお弁当の蓋を取った。
出先での仕事を終えた私たちは、取引先と駅の中間地点にあった親水公園へ立ち寄った。一角にある東屋に陣取り、近くに来ていたキッチンカーでお弁当を買って昼食をとる。
ふと見た先の景色と後輩くんの横顔が一葉のポートレートのようで、思わず口から感想がこぼれてしまった。『後輩くんってイケメンってよりハンサムだよね』
私の中の解釈は【ハンサム=和風】【イケメン=洋風】というくくりなのだけど、多分本当の言葉の意味としては間違えていると思う。
「先輩とこういう時間、過ごしてみたかったんですよねー」
「公園でゆっくり?」
「とか、他にも色々」
「ほう」
「なので今度、ドライブとか行きません?」
「それってつまり」
デー……。言いかけて口をつぐんだのに、後輩くんは爽やかに続ける。
「デート? になるのかな。お出かけ的な、そういうの」
「プライベートで?」
「プライベートで。でもほら、やっぱりこう、ハラスメントになっちゃうとーって思ったので、なかなか誘えずにいて」
後輩くんがヘヘッと照れたように笑う。
「いまだったら、断られても、会話の流れとして流してもらえるかなーって」
言い終わって、少し気まずそうに浮かべた笑みが可愛らしくて、“上司”から“女子”に引き戻された。
「休み、予定合う日あったら、行ってみる?」
「えっ、いいんですか! やった! 行きましょう! どこがいいです⁈」
「えーっと……いやいや、仕事終わってからね」
「あ、そうだった。じゃあ今晩空いてたら、ご飯でも食べながら決めませんか?」
「いいね、そうしようか」
「やったー! 午後からの外回りも頑張ります!」
思いがけないお誘いのあとだったからか、食事の誘いに躊躇なく応じてしまった。
うーん、対人スキルが高い。
宣言通りに午後からの外回りを頑張ってくれた後輩くんの横で、私も何故か気力が湧いて、二人で過去イチの手腕を発揮し、過去イチの契約数を獲得してしまった。
頭ではわかってたけど、誰かに好かれたり認められたりするとやる気が出るんだと初めて実感した。これからは今まで以上に褒めて伸ばす教育方法を最優先しようと誓う。
今日は二人とも営業先から直帰の予定だったから、最後の営業先を辞去してそのままブラブラ歩きつつお店を探した。
ちょっとオシャレなバルを路地裏に見つけて入る。
お疲れ様の乾杯をして労をねぎらいつつ、休みの日の予定を立てた。
そういえばプライベートなことあんまり喋ったことなかった、と気づいてちょっと気恥ずかしくなったけど、プライベートを知ることで心の距離が縮んだように思う。
もちろん仕事とプライベートは切り分けるから、カッチリけじめはつけるのだけど。
にしても、週末に楽しみがあると、普段はしんどい仕事も頑張れるものだ。あと何日でお出かけの日、っていうご褒美は効果てきめん。
こんなの彼氏がいたとき……いや、元カレとは最終的に会うのがしんどくて別れたから、学生時代以来かも。あー、こういう感じだったっけ。久しく忘れてた。
上司と部下という立場上、いまはそれ以上関係性を発展させるつもりはないけど、あくまで“いまは”だから……。
まぁお互いに丁度良い時期が来たら、またなにかしたら新しい関係になれるんじゃないかな、と少し楽しみにしながら、週末のお出かけのためにスキンケアしてむくみ取りマッサージしてお洋服を選んだりしてる。
んー、物理的にだけじゃなく精神的にも潤いがあるってホントに大事だわー。
一方そのころ深層では。
「うおぉ! きたきたぁ! 久々のご馳走だぞ!」
「「「うぉーい!」」」
ラメラ構造担当の現場監督と若い衆が盛り上がる。
本艦(本人)の気持ちの高揚により女性ホルモンが分泌され、深層部に流れこんできた。
若い衆はそれを各細胞に注いでいく。
「今週末が本番だ。それまでにコンディション最高にするぞ!」
「「「あーい!」」」
細胞のひとつひとつにエストロゲンを染み込ませた監督と若い衆は、余ったエストロゲンを分け合い、小さな宴会を開く。
いつにも増して充実した楽しい時間が、極上の肌艶を生み出すのだった。
「なんすか急に」
「ごめん、思ったことが口から出た」
「無意識ですか」
後輩くんが笑う。
「セクハラか」
「僕は別に……褒め言葉として捉えましたけど」
「なら良かった」
「コンプライアンス厳しくなりましたもんねー。褒めてるつもりがハラスメントだったー、なんてのもあるそうですし」
「そうねー。発言には気をつけないとだわ」
「僕にはもっと言っていいですよ。先輩から褒められるの嬉しいんで」
「少しでも不快に思ったらすぐ言ってね」
「はーい」
後輩くんはクスクス笑ってお弁当の蓋を取った。
出先での仕事を終えた私たちは、取引先と駅の中間地点にあった親水公園へ立ち寄った。一角にある東屋に陣取り、近くに来ていたキッチンカーでお弁当を買って昼食をとる。
ふと見た先の景色と後輩くんの横顔が一葉のポートレートのようで、思わず口から感想がこぼれてしまった。『後輩くんってイケメンってよりハンサムだよね』
私の中の解釈は【ハンサム=和風】【イケメン=洋風】というくくりなのだけど、多分本当の言葉の意味としては間違えていると思う。
「先輩とこういう時間、過ごしてみたかったんですよねー」
「公園でゆっくり?」
「とか、他にも色々」
「ほう」
「なので今度、ドライブとか行きません?」
「それってつまり」
デー……。言いかけて口をつぐんだのに、後輩くんは爽やかに続ける。
「デート? になるのかな。お出かけ的な、そういうの」
「プライベートで?」
「プライベートで。でもほら、やっぱりこう、ハラスメントになっちゃうとーって思ったので、なかなか誘えずにいて」
後輩くんがヘヘッと照れたように笑う。
「いまだったら、断られても、会話の流れとして流してもらえるかなーって」
言い終わって、少し気まずそうに浮かべた笑みが可愛らしくて、“上司”から“女子”に引き戻された。
「休み、予定合う日あったら、行ってみる?」
「えっ、いいんですか! やった! 行きましょう! どこがいいです⁈」
「えーっと……いやいや、仕事終わってからね」
「あ、そうだった。じゃあ今晩空いてたら、ご飯でも食べながら決めませんか?」
「いいね、そうしようか」
「やったー! 午後からの外回りも頑張ります!」
思いがけないお誘いのあとだったからか、食事の誘いに躊躇なく応じてしまった。
うーん、対人スキルが高い。
宣言通りに午後からの外回りを頑張ってくれた後輩くんの横で、私も何故か気力が湧いて、二人で過去イチの手腕を発揮し、過去イチの契約数を獲得してしまった。
頭ではわかってたけど、誰かに好かれたり認められたりするとやる気が出るんだと初めて実感した。これからは今まで以上に褒めて伸ばす教育方法を最優先しようと誓う。
今日は二人とも営業先から直帰の予定だったから、最後の営業先を辞去してそのままブラブラ歩きつつお店を探した。
ちょっとオシャレなバルを路地裏に見つけて入る。
お疲れ様の乾杯をして労をねぎらいつつ、休みの日の予定を立てた。
そういえばプライベートなことあんまり喋ったことなかった、と気づいてちょっと気恥ずかしくなったけど、プライベートを知ることで心の距離が縮んだように思う。
もちろん仕事とプライベートは切り分けるから、カッチリけじめはつけるのだけど。
にしても、週末に楽しみがあると、普段はしんどい仕事も頑張れるものだ。あと何日でお出かけの日、っていうご褒美は効果てきめん。
こんなの彼氏がいたとき……いや、元カレとは最終的に会うのがしんどくて別れたから、学生時代以来かも。あー、こういう感じだったっけ。久しく忘れてた。
上司と部下という立場上、いまはそれ以上関係性を発展させるつもりはないけど、あくまで“いまは”だから……。
まぁお互いに丁度良い時期が来たら、またなにかしたら新しい関係になれるんじゃないかな、と少し楽しみにしながら、週末のお出かけのためにスキンケアしてむくみ取りマッサージしてお洋服を選んだりしてる。
んー、物理的にだけじゃなく精神的にも潤いがあるってホントに大事だわー。
一方そのころ深層では。
「うおぉ! きたきたぁ! 久々のご馳走だぞ!」
「「「うぉーい!」」」
ラメラ構造担当の現場監督と若い衆が盛り上がる。
本艦(本人)の気持ちの高揚により女性ホルモンが分泌され、深層部に流れこんできた。
若い衆はそれを各細胞に注いでいく。
「今週末が本番だ。それまでにコンディション最高にするぞ!」
「「「あーい!」」」
細胞のひとつひとつにエストロゲンを染み込ませた監督と若い衆は、余ったエストロゲンを分け合い、小さな宴会を開く。
いつにも増して充実した楽しい時間が、極上の肌艶を生み出すのだった。
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