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8/4『昇降機と猫』
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吊り橋効果なんて言葉があるらしいけど、一緒に吊り橋を渡ることなんてそうそうないし、そもそも二人でおでかけできてる時点で全く脈なしってわけじゃないしぃ。あー。
とモダモダしながら出勤前にメイクする。
今日は彼に会えるだろうか。
少しでも会えたらラッキーだけど……その“少し”のために気合い入れてメイクする私、けなげで可愛いな。
通勤中に会えないか期待するけど、今日も彼と遭遇できず、しょんぼりしつつ制服に着替えた。
彼は二年上の先輩。好きになったキッカケはとても単純。
壁ドンされたから。
壁ドンって言っても、私が両手いっぱいに書類を抱えた状態でエレベーターを降りようとしたら扉が閉まりそうになって、たまたまその場にいた先輩が勢い余って【開】ボタンをドンッと押してくれただけ。
それが、小さいころドラマや漫画で見ていた【壁ドン】にソックリで、私はまんまとときめいてしまったのだ。
きっと、それ以前から意識していたというか、惹かれてたんだとは思うけど。
またあんなことないかな。エレベーターを使う度に思う。
今日も書類を抱えてエレベーターに乗り【閉】ボタンを押したら、閉まるドアの隙間から勢いよく手が出てきた。
「ひゃっ!」
驚いて声をあげたら、開いたドアの向こうから男性が顔を覗かせた。先輩だった。
「ごめん」
「いっ、いえ。気づかずすみません」
「とんでもない」
私の心臓は驚きのドキドキから緊張のドキドキに変わる。まさかこんな形で二人きりになれるなんて。
隅っこで小さくなりつつ、斜め前の背中を見つめながら考える。
なにかお話したい。会話を成立させたい。そう考えるけど言葉が出てこない。
もっと話題が豊富だったらな……と考えていたら、エレベーターが停まった。同時に庫内の照明が薄暗くなり、階数表示盤が消えた。
「え……?」
「地震? いや……揺れてなかったよね」
「そ、そうですね……」
地震速報を見ようと先輩が携帯を見たけど……「圏外だ」
そういえばエレベーター内は電波が届きにくかった気がする。
「……停電、とか?」
「ありうるね。古いビルだし」
少し待てば復旧するかと思ったけど兆しが見えない。
うーん、と唸った先輩が非常ボタンを押した。しばらくしてメンテナンス会社と連絡が取れたよう。10分程度で到着するから待つよう指示された。
「立ちっぱなしだと疲れちゃうから、座ろうよ」
「はい……」
制服とはいえ床に直座りするの抵抗あるけど仕方ない。と思っていたら、先輩が鞄から書類を出した。
「あとでシュレッダーするやつだから敷いて」
「ありがとうございます」
あぁ、優しい……。
心細くて膝を抱えながら、先輩に聞いてみた。
「このあとのご予定は……」
「午後は社内業務だけだから大丈夫。キミは?」
「急ぎの業務はないので、大丈夫です」
「そう。じゃあひとまず安心だ」
「はい」
先輩と二人きりの緊張は収まってきたけど、別の意味で鼓動が騒いできた。
私は閉所が苦手で、短時間だったらいいんだけど、閉じ込められるとつらい。もう少し待てば助けてもらえる。でも、そのもう少しって、いつまで?
心臓がバクバクと暴れる。背中と掌に滲む汗。頭の中で呪文を繰り返す。大丈夫……大丈夫……。
「……具合悪い?」
「いえ……大丈夫、です」
悪い、と言っても困らせるだけだし、迷惑かけたくない。と我慢していたら、先輩がゆっくりこちらへ移動してきて、少し離れた隣に座った。
「廃棄しちゃうサンプル品なんだけど……良ければ」
と言って鞄の中から小さなぬいぐるみを出し、私にくれた。
「あ、ありがとう、ございます……」
タオル地の猫がつぶらな瞳でこちらを見ている。
「かわいい」
小さく浮かんだ笑みに、自分でも安堵する。
それから、先輩は私を安心させるように少しずつ話をしてくれた。
いつも乗る電車での出来事、取引先の近くにある美味しい定食屋さんのこと、家で飼ってるインコが可愛いこと……。
相槌を打ちながら聞いていたら、だんだん落ち着いてきた。
先輩となら、大丈夫。
何故かそんな確信が持てた。
ほどなくしてエレベーター業者さんが扉を開けてくれた。
ようやく見えた外の世界に泣きそうになっていたら、先輩が優しく「頑張ったね、お疲れ様」と声をかけてくれた。
その言葉は私を癒し、恋心を増幅させるのに効果絶大だった。
その一件以来、先輩は私を見かけると声をかけてくれるようになった。
これは吊り橋効果というやつ? なのかはわからないけど、ちゃんと会話ができるよう、私は話題をストックするようになった。
貰った猫のぬいぐるみは、ベッドサイドのテーブルが定位置。
先輩のことを報告したり、会話の練習台になってもらって、今日も一緒に眠った。
とモダモダしながら出勤前にメイクする。
今日は彼に会えるだろうか。
少しでも会えたらラッキーだけど……その“少し”のために気合い入れてメイクする私、けなげで可愛いな。
通勤中に会えないか期待するけど、今日も彼と遭遇できず、しょんぼりしつつ制服に着替えた。
彼は二年上の先輩。好きになったキッカケはとても単純。
壁ドンされたから。
壁ドンって言っても、私が両手いっぱいに書類を抱えた状態でエレベーターを降りようとしたら扉が閉まりそうになって、たまたまその場にいた先輩が勢い余って【開】ボタンをドンッと押してくれただけ。
それが、小さいころドラマや漫画で見ていた【壁ドン】にソックリで、私はまんまとときめいてしまったのだ。
きっと、それ以前から意識していたというか、惹かれてたんだとは思うけど。
またあんなことないかな。エレベーターを使う度に思う。
今日も書類を抱えてエレベーターに乗り【閉】ボタンを押したら、閉まるドアの隙間から勢いよく手が出てきた。
「ひゃっ!」
驚いて声をあげたら、開いたドアの向こうから男性が顔を覗かせた。先輩だった。
「ごめん」
「いっ、いえ。気づかずすみません」
「とんでもない」
私の心臓は驚きのドキドキから緊張のドキドキに変わる。まさかこんな形で二人きりになれるなんて。
隅っこで小さくなりつつ、斜め前の背中を見つめながら考える。
なにかお話したい。会話を成立させたい。そう考えるけど言葉が出てこない。
もっと話題が豊富だったらな……と考えていたら、エレベーターが停まった。同時に庫内の照明が薄暗くなり、階数表示盤が消えた。
「え……?」
「地震? いや……揺れてなかったよね」
「そ、そうですね……」
地震速報を見ようと先輩が携帯を見たけど……「圏外だ」
そういえばエレベーター内は電波が届きにくかった気がする。
「……停電、とか?」
「ありうるね。古いビルだし」
少し待てば復旧するかと思ったけど兆しが見えない。
うーん、と唸った先輩が非常ボタンを押した。しばらくしてメンテナンス会社と連絡が取れたよう。10分程度で到着するから待つよう指示された。
「立ちっぱなしだと疲れちゃうから、座ろうよ」
「はい……」
制服とはいえ床に直座りするの抵抗あるけど仕方ない。と思っていたら、先輩が鞄から書類を出した。
「あとでシュレッダーするやつだから敷いて」
「ありがとうございます」
あぁ、優しい……。
心細くて膝を抱えながら、先輩に聞いてみた。
「このあとのご予定は……」
「午後は社内業務だけだから大丈夫。キミは?」
「急ぎの業務はないので、大丈夫です」
「そう。じゃあひとまず安心だ」
「はい」
先輩と二人きりの緊張は収まってきたけど、別の意味で鼓動が騒いできた。
私は閉所が苦手で、短時間だったらいいんだけど、閉じ込められるとつらい。もう少し待てば助けてもらえる。でも、そのもう少しって、いつまで?
心臓がバクバクと暴れる。背中と掌に滲む汗。頭の中で呪文を繰り返す。大丈夫……大丈夫……。
「……具合悪い?」
「いえ……大丈夫、です」
悪い、と言っても困らせるだけだし、迷惑かけたくない。と我慢していたら、先輩がゆっくりこちらへ移動してきて、少し離れた隣に座った。
「廃棄しちゃうサンプル品なんだけど……良ければ」
と言って鞄の中から小さなぬいぐるみを出し、私にくれた。
「あ、ありがとう、ございます……」
タオル地の猫がつぶらな瞳でこちらを見ている。
「かわいい」
小さく浮かんだ笑みに、自分でも安堵する。
それから、先輩は私を安心させるように少しずつ話をしてくれた。
いつも乗る電車での出来事、取引先の近くにある美味しい定食屋さんのこと、家で飼ってるインコが可愛いこと……。
相槌を打ちながら聞いていたら、だんだん落ち着いてきた。
先輩となら、大丈夫。
何故かそんな確信が持てた。
ほどなくしてエレベーター業者さんが扉を開けてくれた。
ようやく見えた外の世界に泣きそうになっていたら、先輩が優しく「頑張ったね、お疲れ様」と声をかけてくれた。
その言葉は私を癒し、恋心を増幅させるのに効果絶大だった。
その一件以来、先輩は私を見かけると声をかけてくれるようになった。
これは吊り橋効果というやつ? なのかはわからないけど、ちゃんと会話ができるよう、私は話題をストックするようになった。
貰った猫のぬいぐるみは、ベッドサイドのテーブルが定位置。
先輩のことを報告したり、会話の練習台になってもらって、今日も一緒に眠った。
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