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7/29『個人的通信回線』
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夜の空飛ぶ電波は、どこかの、誰かのもとへ――
「ハローハロー、こちら『ハウエル』。ジポンの空の下、電波を発信中。キャッチされたオーナーがいらしたら、応答願います」
定型の文言を発して、カフを下げる。
一時期爆発的流行となった【個人的通信回線機】。いまでは所有者が激減して、発信した電波は夜の闇に消えてしまう。
それでも一縷の望みを託して、毎晩決まった時間に十分間だけ電波を飛ばす。
決して安くはない機材、易しくなかった認定試験、繁栄した過去の栄光――そのどれもが気軽に手放すには惜しくて。応答なしの状態がもう半年以上続き、そろそろ潮時かもしれないと感じつつも、なし崩し的に続けている。
「ハローハロー、こちら『ハウエル』。ジポンの空の下、電波を発信中。キャッチされたオーナーがいらしたら、応答願います」
……今日も独り、か……。
夜空に浮いているような孤独感。
下げたカフに乗せている手を、通信機の電源スイッチに移そうとしたその時。
『……ろー、ハロー。こちら『マイア』。同じくジポンの空の下、電波を受信中。オーナー、聞こえますか?』
「うっそ……」
手を戻し、慌ててカフをあげる。
「ハローハロー、こちら『ハウエル』。電波は良好。クリアに聞こえています……!」
この決まり台詞を言うのはいつぶりだろう。
『安心しました。通信機を使うのは初めてで……。初のご挨拶になります。こちら『マイア』、ジポン十区より通信しています。ビッテ』
「こちらもジポン十区より通信しています。奇遇ですね。ビッテ」
『そうなんですね。そんなに近くに個人的通信回線主さんがいるなんて……嬉しいです。ビッテ』
「こちらもです。ここ半年ほど、通信できずに終えていたので……。ビッテ」
あぁ、夢みたいだ。またこの通信機で、人と会話ができるなんて。
スピーカーの影響で声音がざらついているが、『マイア』さんはきっと女性だ。
ハラスメントに気をつけつつ通信していたら、あっという間に時間が過ぎていた。
「いつもこの時間帯に電波を発信しています。もしまた……機会があれば、ぜひ」
『ヤヴオール。いずれ、また』
シ―ユーシーユー。
通話終了の符号を唱え合い、通信機の電源を切った。
流行の盛りにもあまりいなかった女性ユーザーの登場に興奮冷めやらぬまま、慌てて身支度を整えて家を出た。
自転車で切る夜風は生ぬるく、アスファルトが昼間溜め込んだ熱を放出しているとわかる。
目的地に着く前に汗ばんでしまい、到着後のロッカールームで制汗スプレーを全身にかけた。
制服に着替えつつ、顔はニヤニヤ。
さっきまでの通信が、まだ耳に残っている。あの独特の音質を聞けるだけでも嬉しいのに、次の約束までしてしまった。決行されるかどうかはわからないけど、可能性が高まるだけでも嬉しいのだ。
しがないコンビニ店長になるべく着替えを終え、事務所でパソコンをいじってから専用端末機を持ってフロアに出た。
「あ、おはざす」
「おはよう、お疲れ様」
レジカウンター内で備品の整理をしていたスタッフに挨拶をしてから店内を回り、棚内部の在庫を確認しつつ専用端末に次回の発注数を打ち込んでいく。
普段は日勤だが、今日は夜勤スタッフが足らず深夜勤になった。人手不足だし仕方ない。
出入口で来店音が鳴った。
「らっしゃーせぇ」
「いらっしゃいませー」
女性が一人、入口付近のかごを取って店内へ。
(あれ。こんな遅くにも来るんだ)
その女性は朝の時間帯に良くご来店くださるお客様。スーツ姿でのご利用が多いから、出勤前なのだろうと予想している。
マイアさんがこの女性みたいな人だったらいいのになぁ。なんて身勝手な妄想を膨らませながら、仕事を続けた。
* * *
「んはー!」
ビールが旨い。
普段あんまり飲まないけど、今日みたいな日には祝杯ビールが似合う。
ずっと憧れていた個人的通信回線機を使って初めての通信をした夜、なんだかムズムズして普段行かない時間にコンビニへ出向いた。
店内はいつもより空いていて、レジの人も若くて。あ、でもいつものおじさんいたな。店長なんだろうなきっと。いつ行ってもいるし、なんか端末いじってるし。
接客が丁寧で好感が持てるしポイントカードもあるから、近所に何件かコンビニあるけどついあの店に行ってしまう。
……明日また、電波飛ばしてみようかな。今度はキャッチしてもらいたいから、今日より少し早めに起動しよ。
相手はどんな人だろう。素性も連絡先も知らない人と会話するって、なんかロマンある。
思い切って始めて良かったー。
まだ冷たい、飲みかけのビール缶をクウに掲げた。
「個人的通信回線機に、かんぱーい」
* * *
いつもは寂しいだけの夜が、待ち遠しくなる。そんな日。
「ハローハロー、こちら『ハウエル』。ジポンの空の下、電波を発信中。キャッチされたオーナーがいらしたら、応答願います」
定型の文言を発して、カフを下げる。
一時期爆発的流行となった【個人的通信回線機】。いまでは所有者が激減して、発信した電波は夜の闇に消えてしまう。
それでも一縷の望みを託して、毎晩決まった時間に十分間だけ電波を飛ばす。
決して安くはない機材、易しくなかった認定試験、繁栄した過去の栄光――そのどれもが気軽に手放すには惜しくて。応答なしの状態がもう半年以上続き、そろそろ潮時かもしれないと感じつつも、なし崩し的に続けている。
「ハローハロー、こちら『ハウエル』。ジポンの空の下、電波を発信中。キャッチされたオーナーがいらしたら、応答願います」
……今日も独り、か……。
夜空に浮いているような孤独感。
下げたカフに乗せている手を、通信機の電源スイッチに移そうとしたその時。
『……ろー、ハロー。こちら『マイア』。同じくジポンの空の下、電波を受信中。オーナー、聞こえますか?』
「うっそ……」
手を戻し、慌ててカフをあげる。
「ハローハロー、こちら『ハウエル』。電波は良好。クリアに聞こえています……!」
この決まり台詞を言うのはいつぶりだろう。
『安心しました。通信機を使うのは初めてで……。初のご挨拶になります。こちら『マイア』、ジポン十区より通信しています。ビッテ』
「こちらもジポン十区より通信しています。奇遇ですね。ビッテ」
『そうなんですね。そんなに近くに個人的通信回線主さんがいるなんて……嬉しいです。ビッテ』
「こちらもです。ここ半年ほど、通信できずに終えていたので……。ビッテ」
あぁ、夢みたいだ。またこの通信機で、人と会話ができるなんて。
スピーカーの影響で声音がざらついているが、『マイア』さんはきっと女性だ。
ハラスメントに気をつけつつ通信していたら、あっという間に時間が過ぎていた。
「いつもこの時間帯に電波を発信しています。もしまた……機会があれば、ぜひ」
『ヤヴオール。いずれ、また』
シ―ユーシーユー。
通話終了の符号を唱え合い、通信機の電源を切った。
流行の盛りにもあまりいなかった女性ユーザーの登場に興奮冷めやらぬまま、慌てて身支度を整えて家を出た。
自転車で切る夜風は生ぬるく、アスファルトが昼間溜め込んだ熱を放出しているとわかる。
目的地に着く前に汗ばんでしまい、到着後のロッカールームで制汗スプレーを全身にかけた。
制服に着替えつつ、顔はニヤニヤ。
さっきまでの通信が、まだ耳に残っている。あの独特の音質を聞けるだけでも嬉しいのに、次の約束までしてしまった。決行されるかどうかはわからないけど、可能性が高まるだけでも嬉しいのだ。
しがないコンビニ店長になるべく着替えを終え、事務所でパソコンをいじってから専用端末機を持ってフロアに出た。
「あ、おはざす」
「おはよう、お疲れ様」
レジカウンター内で備品の整理をしていたスタッフに挨拶をしてから店内を回り、棚内部の在庫を確認しつつ専用端末に次回の発注数を打ち込んでいく。
普段は日勤だが、今日は夜勤スタッフが足らず深夜勤になった。人手不足だし仕方ない。
出入口で来店音が鳴った。
「らっしゃーせぇ」
「いらっしゃいませー」
女性が一人、入口付近のかごを取って店内へ。
(あれ。こんな遅くにも来るんだ)
その女性は朝の時間帯に良くご来店くださるお客様。スーツ姿でのご利用が多いから、出勤前なのだろうと予想している。
マイアさんがこの女性みたいな人だったらいいのになぁ。なんて身勝手な妄想を膨らませながら、仕事を続けた。
* * *
「んはー!」
ビールが旨い。
普段あんまり飲まないけど、今日みたいな日には祝杯ビールが似合う。
ずっと憧れていた個人的通信回線機を使って初めての通信をした夜、なんだかムズムズして普段行かない時間にコンビニへ出向いた。
店内はいつもより空いていて、レジの人も若くて。あ、でもいつものおじさんいたな。店長なんだろうなきっと。いつ行ってもいるし、なんか端末いじってるし。
接客が丁寧で好感が持てるしポイントカードもあるから、近所に何件かコンビニあるけどついあの店に行ってしまう。
……明日また、電波飛ばしてみようかな。今度はキャッチしてもらいたいから、今日より少し早めに起動しよ。
相手はどんな人だろう。素性も連絡先も知らない人と会話するって、なんかロマンある。
思い切って始めて良かったー。
まだ冷たい、飲みかけのビール缶をクウに掲げた。
「個人的通信回線機に、かんぱーい」
* * *
いつもは寂しいだけの夜が、待ち遠しくなる。そんな日。
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