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7/24『戻らないヒーロー』
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『決まったーーーー‼︎ なんとなんと! この試合で五度目のハットトリックー!』
実況担当のアナウンサーが興奮気味にまくしたてた。フィールド上では“選手”がくるりと空中で一回転する。
『いやぁ、さすが本匠選手ですね。パスを受ける位置取りが正確ですし、機体の安定さとボールコントロールが抜群です』
元トッププレイヤーの解説者も絶賛。その声は、テレビのスピーカーを通じて病室内に届いた。
「……だって」
問いかけたその人は答えをくれない。彼はただ、静かにベッドに横たわるだけ。
“選手”であるドローンを操作をするための信号は、頭部につけられた装置を介して脳から直接送られている。
「今日もMVPだって。すごいね」
生命維持装置に繋がれた身体が動くことはない。けれど、頭部に装着された脳波拡張装置が、テレビの中の【ヒーロー】を動かしている。
彼は生きてる。
試合が行われるたび、そう実感できる。
たとえ身体が動かなくても、彼はあのフィールドの中で駆け回り、ボールを蹴っている。
病室内に設置されたモニタに意識が帰れば、文字を通して会話ができる。
それでも……。
「聞きたいな……声……」
身体は十分に回復していて、あとは意識が戻ればまた普通の生活に戻れると医師は言う。なのに、ずっと寝たきりのまま。
脳のリハビリのためにいいと思って始めたドローンサッカー。彼はそれにのめりこんでしまったよう。
現実世界、そんなに苦しかったかな。
テレビの中で彼の【分身】が勝利者インタビューを受けている。
その外見も、声も、本当の彼じゃない。彼が脳波で作った、彼のアバター。
インタビューを終えたアバターは笑顔で手を振り、画面上から消えた。きっと今頃仮想空間内の控え室に戻って、コーチやトレーナーたちと相談しながら次の試合の計画を立てているのだろう。
* * *
ドローンサッカーが浸透して、プロリーグができた。試合は様々な媒体で放送され、有名になったプロ選手は子供たちの憧れになった。
彼がまだ元気だったころ、彼もプロ選手になろうとしていた。その頃は専用のコントローラーを使って操作していたのだけど、スカウトはおろか、入団テストにも受からなくて、志半ばでその道を諦めた。
一般企業に就職してサラリーマンとして働いていたとき、交通事故に巻き込まれた。
病院に運び込まれてすぐのときは命が危ぶまれていたけど、なんとか一命を取り留め、徐々に回復した。身体は。
意識だけが戻らなくて、彼は入院したまま。検査のために繋がれたコードが彼の脳波をモニターに映す。
上下に忙しなく動く波。彼の意識が生きている証拠。
「もしかすると、画面上での会話が可能かもしれません」
医師の助言で運び込まれた会話システムは、彼の脳が発する言葉を紡いだ。
『サッカーがしたい』
彼の希望に応えられるよう、病室に新たな機械が運び込まれた。
それは、なんらかの事情で身体の自由が効かない方のための装置で、脳波があれば連携した機械を操作できる。
人によって動かす機械は様々だけど、彼の場合はドローンだった。
外部の声を聞き、機械を介して会話ができる彼のために専任コーチが呼ばれ、ドローンを脳波のみで動かすための基本操作から自在に操るまでのトレーニングが行われた。
元々プロを目指していただけあって、すぐに操作方法を会得。そして皮肉にも、その才能が花開いた。
彼はトレーニングに没頭し、練習グラウンドでドローンを操作し続けた。
その練習を見ていたサッカーチームの監督が、彼をスカウトした。
彼は日夜練習に明け暮れ、初参戦した試合で活躍し、一躍有名選手となった。
* * *
彼の意識が病室の装置に戻るまであと数十分。
この装置を外したら、あなたはなんて言うのかしら。
できるわけもない妄想が体内に渦巻いて、心の中をかき乱す。
「また来るね」
守れるかわからない約束の言葉を置いて、病室を出た。
私の手が、彼の【命】を千切ってしまう前に。
実況担当のアナウンサーが興奮気味にまくしたてた。フィールド上では“選手”がくるりと空中で一回転する。
『いやぁ、さすが本匠選手ですね。パスを受ける位置取りが正確ですし、機体の安定さとボールコントロールが抜群です』
元トッププレイヤーの解説者も絶賛。その声は、テレビのスピーカーを通じて病室内に届いた。
「……だって」
問いかけたその人は答えをくれない。彼はただ、静かにベッドに横たわるだけ。
“選手”であるドローンを操作をするための信号は、頭部につけられた装置を介して脳から直接送られている。
「今日もMVPだって。すごいね」
生命維持装置に繋がれた身体が動くことはない。けれど、頭部に装着された脳波拡張装置が、テレビの中の【ヒーロー】を動かしている。
彼は生きてる。
試合が行われるたび、そう実感できる。
たとえ身体が動かなくても、彼はあのフィールドの中で駆け回り、ボールを蹴っている。
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それでも……。
「聞きたいな……声……」
身体は十分に回復していて、あとは意識が戻ればまた普通の生活に戻れると医師は言う。なのに、ずっと寝たきりのまま。
脳のリハビリのためにいいと思って始めたドローンサッカー。彼はそれにのめりこんでしまったよう。
現実世界、そんなに苦しかったかな。
テレビの中で彼の【分身】が勝利者インタビューを受けている。
その外見も、声も、本当の彼じゃない。彼が脳波で作った、彼のアバター。
インタビューを終えたアバターは笑顔で手を振り、画面上から消えた。きっと今頃仮想空間内の控え室に戻って、コーチやトレーナーたちと相談しながら次の試合の計画を立てているのだろう。
* * *
ドローンサッカーが浸透して、プロリーグができた。試合は様々な媒体で放送され、有名になったプロ選手は子供たちの憧れになった。
彼がまだ元気だったころ、彼もプロ選手になろうとしていた。その頃は専用のコントローラーを使って操作していたのだけど、スカウトはおろか、入団テストにも受からなくて、志半ばでその道を諦めた。
一般企業に就職してサラリーマンとして働いていたとき、交通事故に巻き込まれた。
病院に運び込まれてすぐのときは命が危ぶまれていたけど、なんとか一命を取り留め、徐々に回復した。身体は。
意識だけが戻らなくて、彼は入院したまま。検査のために繋がれたコードが彼の脳波をモニターに映す。
上下に忙しなく動く波。彼の意識が生きている証拠。
「もしかすると、画面上での会話が可能かもしれません」
医師の助言で運び込まれた会話システムは、彼の脳が発する言葉を紡いだ。
『サッカーがしたい』
彼の希望に応えられるよう、病室に新たな機械が運び込まれた。
それは、なんらかの事情で身体の自由が効かない方のための装置で、脳波があれば連携した機械を操作できる。
人によって動かす機械は様々だけど、彼の場合はドローンだった。
外部の声を聞き、機械を介して会話ができる彼のために専任コーチが呼ばれ、ドローンを脳波のみで動かすための基本操作から自在に操るまでのトレーニングが行われた。
元々プロを目指していただけあって、すぐに操作方法を会得。そして皮肉にも、その才能が花開いた。
彼はトレーニングに没頭し、練習グラウンドでドローンを操作し続けた。
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* * *
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この装置を外したら、あなたはなんて言うのかしら。
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