日々の欠片

小海音かなた

文字の大きさ
上 下
204 / 366

7/23『魅力的な出会い』

しおりを挟む
 その道を通るたびに腹が鳴る。
 【う】の字が鰻の特徴的な幟が立つ店。換気扇から出てる匂いだけで白飯食えそう。
 なんでトレーニングコースにあるかなー。いや、コース設定したの俺なんだけどさ。この匂いの誘惑に耐えられたら、精神力があがるんじゃないか、って。
 実際に精神力は鍛えられ、大概の誘惑には打ち勝てるようになった。
 こうして頭が回ってるうちはまだいいんだ。
 試合前の極限状態になると、栄養が足らなくなってきてなにも考えられなくなる。その状態はけっこう地獄。
 それでも、自分の夢を叶えるまでは耐えなければならない。
 俺の夢――ボクシングで世界チャンピオンになって、そのファイトマネーで自分のジムを建てること。
 その夢のためなら、このくらいのつらさ……。
 あぁ、減量が終わって試合に勝ったら絶対に鰻食いにこよう。
 目深に被ったフードの奥で歯を食い縛り、走るスピードをあげた。

 来る日も来る日もトレーニングと減量の日々。俺ってなんてストイック。などと酔いしれる間もなく身体づくりは続く。
 そうして挑んだ世界タイトル戦。相手は連戦防衛中の強豪国選手。
 勝つ、勝つぞ、俺は勝つ。勝って無理な減量なんかしなくてもいい地位を奪取するんだ。
 自分を鼓舞し、気合充分にリングへあがった。

 結果から言うと、勝った。勝って、新チャンプになった。
 試合内容はあまり覚えていない。とにかく無我夢中だった。
 カッコ悪い、泥臭いと思われても勝ちたかった。その執念が、長年焦がれたベルトを俺にもたらした。
 あとから試合の録画を見て、戦ってるのホントに俺? と思ったくらいの激戦だった。それまでのすべてを出したと言っても過言ではない。
 巨額のファイトマネーを手にして、念願のボクシングジムを開業した。
 優秀なスタッフも集まり、あとはオープン日を待つばかり。
 投げ込みチラシやウェブ広告を出した。あまり得意ではないが、オファーを貰えたテレビ番組に出演し、宣伝させてもらった。
 オープン後の体験会にはテレビを視て来てくれた人がたくさんいた。出といて良かった、クイズバラエティ。
 大概はダイエット目的のおばさまがた。まれに俺のファンだと言ってくれる男性陣。ちらほらいる若い女性……の一人に目を奪われた。
 どんぴしゃ好みの女の人。なにこれ運命? 世界王者になったご褒美?
 ときめくなんていつ以来だろう。ボクシングを始めてからは記憶にない。
 彼女がいたこともあったけどどの人にも短期間でフラれたし、プロになってからは恋愛する余裕がなくて断り続けてきた。
 聞けばその女性も、テレビ番組の告知を見て参加してくれたらしい。出といて良かったー!
 体験入会だから今日しか参加しないかもしれないけど、初対面で誘われても怖いだけだろうしと悩んでいたら、なにも発展しないまま終わった。
 その後、彼女は予約なしでふらりと現れるビジター会員になった。
 ビジター会員はジムを利用できる時間帯が限られているから、その時間帯に出勤すれば会える確率が高くなる。
 だからなるべくその時間はジムにいるようにした。
「あ。丹羽さん」
「戸上コーチ、こんばんは」
「こんばんは。よく、お会いしますね」
「そうですね。……いつもいらっしゃるのかと」
「毎日はいないですね」
「そうなんですね」
「えぇ。今日も、前回と同じ内容でいいですか?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ準備終わったら、始めましょう」
 断るスキを与えず半ば強引に担当する。事情を知っている従業者たちは、俺の態度をニヤニヤしながら見ている。
 飲みの席はその話題で持ちきりだ。
「もういい加減告っちゃえばいいのに」
「お客さんだし」
「丹羽さんだって、まんざらでもないのでは?」
「優しい人だから、嫌な顔しないだけだよ」
 俺の意見は無視して、どんどん酒を注いでくる。その結果ベロベロになって……。
「今度の試合、誘う。そんで、勝ったらプロポーズする!」
 周りに乗せられ、拳をあげた。

 目が覚めた。二日酔いで頭痛い。
 ぐったりしつつジムで事務処理をしていたら、トレーナー陣がニヤニヤしながらやってきた。
「これ、覚えてます?」
 見せられた動画は、俺のプロポーズ宣言。
「え、なにこれ」
「戸上さんよく“男に二言はない”って言いますけど、これはー?」
 トレーナーにまんまと乗せられ、試合に勝利したのち、付き合ってもないのにプロポーズした。

「ごめん、断りづらい環境でこんな」
「いえ、一生の思い出になりました」
「終わったみたいに言わないで」
「あ、え、そういうつもりでは」
 慌てる彼女に、愛しさが募る。
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 試合後にこんなに癒されるなんて……。
 彼女はきっと、俺の勝利の女神だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Defense 2 完結

パンチマン
ライト文芸
平和、正義 この2つが無秩序に放たれた島。 何が正義で、何が平和なのか。 勝った者だけが描け、勝った者だけが知り、勝った者だけが許される。 架空の世界を舞台に平和正義の本質に迫る長編ストーリー。 *完結

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

朧咲夜3-甦るは深き記憶の傷-【完】

桜月真澄
ライト文芸
第二話『貫くは禁忌の桜と月』の続編です。 +++ 朧咲夜 Oborosakuya 第三話 +++ 知らされた『みるこ』の正体。 寝惚けた流夜が口にしたその名は、流夜が探し求めるものだった――。 『悪夢の三人』と言われる流夜たちに挑んだ唯一の同学年、宮寺琉奏。 降渡の恋人(未満?)も登場。 流夜たちの高校時代も明かされて。 物語は暴風雨のよう……。 ――二人は何を決断する?―― +++ 教師×生徒 +++ 華取咲桜 Katori Sao 特技は家事全般。 正義感強し。 黒髪の大人びた容姿。出生に秘密を抱える。   神宮流夜 Zingu Ryuya 穏やかで優しい神宮先生。 素の顔は危ないことにくびを突っ込んでいる人でした。 眼鏡で素顔を隠してます。 結構頓珍漢。 夏島遙音 Natusima Haruoto 咲桜たちの一個先輩で、流夜たちと面識あり。 藤城学園の首席。 松生笑満 Matsuo Emi 咲桜、頼とは小学校からの友達。 遙音に片想い中。 日義頼 Hiyoshi Rai 年中寝ている一年首席。 咲桜にはやけに執着しているよう。 春芽吹雪 Kasuga Fuyuki 流夜の幼馴染の一人。 愛子の甥で、美人系な男性。 腹黒。 雲居降渡 Kumoi Furuto 流夜の幼馴染の一人。 流夜と吹雪曰く、不良探偵。 華取在義 Katori Ariyoshi 咲桜の父。男手ひとつで咲桜を育てている。 異端の刑事にして県警本部長。 春芽愛子 Kasuga Manako 在義の元部下。警視庁キャリア組。 色々と企む。先輩の在義は常に被害者。 二宮龍生 Ninomiya Ryusei 在義の相棒。 流夜たちの育ての親。 朝間夜々子 Asama Yayako 咲桜の隣の家のおねえさん。 在義の幼馴染で「在義兄さん」と慕う。 藤城学園の保健医。 宮寺琉奏 Guuzi Rukana 『悪夢の三人』に立ち向かった唯一。 現在遺伝子研究をしていて、母校である藤城学園に特別講師として呼ばれた。 +++ 2022.3.23~4.6 Sakuragi presents

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ちゃりんこ

端木 子恭
ライト文芸
 関東に住む中学2年生のつむぎ。北海道で一人暮らししている祖母の体調を見守るため、1学期の間だけ二人で暮らすことになった。小学生まで住んでいたところに戻るので友達もいる。行ってみると、春になって体調が良くなった祖母相手にすることがない。  また仲良くなった友達の縁(より)に、市内で開催される6月のママチャリレースに誘われる。メンバーを集めて表彰をめざす、と意気込む。  

予備自衛官が戦争に駆り出される惨状

ス々月帶爲
ライト文芸
令和三年。新型感染症が猛威を振るい、日本国だけでなく世界は大不況に陥り、これまでの空白を取り戻そうと躍起になっていた。 とは言っても、日常に不況感は無く、生活することが出来ている。 が、しかし、また再び動き出すはずだった日本国は調子を狂わされた。 新型感染症により露見した日本国の"弱み"を克服する為の憲法改正の発議が起こされ、収束宣言のほぼ直後に始まった憲法改正のほぼ最終工程である衆議院での多数決が行われる日に事件は起こった。 前代未聞のこの事件で、日本はいやまたもや世界は混乱に陥る事となる。 無料小説投稿サイト「カクヨム」(https://kakuyomu.jp/works/1177354054896287397)、「小説家になろう」(https://ncode.syosetu.com/n8426ge/)にも投稿させて頂いております。

オトメ途上のヘレイデン 【パイロット版】

エダハ サイ
ライト文芸
春休みがあっという間に終わり、高校生になった少女、明上ユキ。 謎の怪人が現れた学校で、ユキの前に突き刺さったのは、喋る剣。それは地獄の名を冠していて____ ひとりと一振り、合わせてヒーロー! 変身ヒーロー、「アーマイター」達がいるこの世界で、ユキは新たなアーマイター、「ヘレイデン」に変身を遂げる!

旧・透明少女(『文芸部』シリーズ)

Aoi
ライト文芸
 自殺した姉マシロの遺書を頼りに、ヒマリは文芸部を訪れる。自殺前に姉が書いたとされる小説『屋上の恋を乗り越えて』には、次のような言葉があった。 「どうか貴方の方から屋上に来てくれませんか? 私の気持ちはそこにあります」  3人が屋上を訪れると、そこには彼女が死ぬ前に残した、ある意外な人物へのメッセージがあった……  恋と友情に少しばかりの推理を添えた青春現代ノベル『文芸部』シリーズ第一弾!

処理中です...