日々の欠片

小海音かなた

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7/20『平面相方』

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 【転んだ先にカエルがいて、そのカエルがシャツにくっついたまま生きていく】という内容のアニメに憧れていた。
 勇気がなくて試さなかったけど、大人になって試さなくてよかったと思った。
 だってリアルにやったら潰しちゃうだけで、カエルの命を無駄にするところだった。なんならなにかしらのトラウマが生まれていたと思う。
 勇気を出さないでくれてありがとう、子供の頃の僕。
 そもそも洗濯するものに生き物が貼り付いてるって、なかなか扱いに困るよな。確かあのカエルは顔しか自由に動かせなかったはずだし、手足が動かせないのって窮屈そう。とか色々考えたら、やっぱ現実には起こらなくていいやって。
 でももし本当に、シャツに生き物が貼り付いて、自我を持って喋るようになってくれたら、やってみたいと思うことがある。それは――

 僕が子供の頃からいまにかけて断続的に訪れてる【お笑いブーム】は、僕の性格や知識、その他もろもろに多大な影響を与えた。
 大御所のあのコンビも、テレビに出まくってるあのコンビも、新進気鋭のあのトリオも、ライブシーンを席巻しているあのコンビも……とにかくカッコいい。
 僕が憧れる人たちには共通点がひとつあった。それは“漫才師”であること。
 コントももちろん面白いけど、サンパチマイク一本立てて話術だけで人を笑わせる。そしてそれを仕事にしてる、そんなカッコいい大人たちに憧れた。
 けれど、努力すれば憧れの存在に近づけるかといえば違って、残念ながら僕には面白いネタを書く才能がなかった。
 チャレンジはしてみたんだ。だけど、どうやっても面白い漫才を書けなかった。そもそもオリジナリティを持ち合わせていないから、結局だれかの模倣になってしまうし。

 真っ白なTシャツを畳みながら、過去に思いを馳せる。
 僕はきっと、ひとときも離れず時を共有してくれる【相棒】が欲しかった。
 イラスト入りの服を着れば見た目は真似できる。でも、喋ってくれなきゃ意味がないのだ。
 そんな鬱屈を、目の前のTシャツにぶつけた。

 僕は絵が下手で、下手だけど描くのは好きで、クラスメイトや友人からは【画伯】と称されていた。
 本来だったら絵画に長じた人のことを指す言葉なのに、絵が下手な人を揶揄するあだ名になったのはなんとも皮肉だ。独特の絵心の持ち主って意味だよ、なんて慰められたけど、それならそれで、この絵でなにかしらの得をするはずなのだ。
 可愛い、カッコいい人だったら『ギャップ萌え』とか、芸人だったら『武器になる』とか。だけど僕の絵は見る人誰もが唸る。「うーん……」と唸って、言葉に詰まる。
 微妙なのだ、なにもかもが。
 絵も描けない、ネタも書けない。じゃあ僕は、なにをしたら羨望する彼らに近づけるんだろう。
 悶々としながら描いた絵は、なにかの生き物だった。自分でもなにを描いたのかわからない。でもなにか、“生き物”の様相を呈していた。
 どうせ部屋着として使うだけだし、と自暴自棄になって、その絵の下に字を書いた。
 【相方】。
 人生を懸けてコンビを組んでくれるほど親しい友人がいるわけじゃない僕は、芸人養成所に入ることすらできないレベルで面白くない僕は、憧れの“彼ら”になりたくてもなれない僕は……僕には、優秀な相方が必要なのだ。
「いたところで、台本覚えて客前に立てる気もしないけど……」
 謎の絵に突っ伏して、ため息をついた。なぜか同時に涙が出て来て、静かに泣いた。
 Tシャツに描いた【相方】は、涙に滲んで少しぼやけてしまった。油性ペンのつもりで描いたのに、持っていたのは水性ペンだった。こんなところまで間抜けだなんて。
 このまま寝たら汗でまた滲んで、顔が黒くなりそうだな、と思いながらも、眠ってしまった。

* * *

 なにかの感触で目が覚める。
 なにかが顔を触ってる。押したり叩いたり掴んだり。
 寝苦しくて起き上がったら、「やっとどいた」声がした。
「どっ! どろっ!」
 泥棒と言いたいのに言えない。
「違う違う! こっち! テーブル!」
 言いなりになってテーブルを見たら、Tシャツの中の物体が手っぽい部分を振っていた。
「ひっ!」
「そんなに驚かれるとつらい」
「えっ、だって……えっ⁈」
「うん、そう、絵」
「いやっ、そうじゃなくて……なに?」
「え? 相方。キミが名付けたんでしょ」
 名付けたつもりはなかったが、名付け親になってしまったらしい。
「漫才したいんでしょ? いいよ。やろうよ、俺と」
「……いや無理でしょ!」
「大丈夫だって」
「僕ネタ書けないし!」
「あ、そっち? ネタは俺が書くよ。あ、でも字が書きづらいから書記お願いね」
「いや……いやいやいや……」
 Tシャツとコンビ組むなんて前代未聞だよ。でもなんだか……面白そうだとワクワクした。
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