日々の欠片

小海音かなた

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7/14『月の石』

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 月旅行から帰ってきて家で荷物を整理していたら、お土産にと思って拾った石にヒビが入っていた。
「兎でも生まれたりして、ふふ」
 小さく笑いながら、その石を机の上に飾った。
 それから数週間後。
 ヒビの間からなにか出ているのが見えた。浅黒い、粒のようなもの。なにかはわからないが、“生えている”というより“割って出てきている”感じがする。
 そのヒビは毎日少しずつ隙間を広げていった。
「やっぱりなにか生まれるのかな」
 少しの期待とスリルを感じながらその日は眠った。が、夜中に物音で目を覚ます。
 部屋の外からなにか聞こえる。
 照明器具を薄明かりモードで点けてベッドをおりる。
 寝室を出ようとして、閉めたはずのドアが少し開いていることに気づく。目を凝らすと、ドアの下部が割られ、無理矢理こじ開けられているのが見えた。
 嫌な予感がして、音を立てぬように気をつけてそっとドアを開け、音がする方へゆっくりと進む。その先にはキッチンがあり、物音は食料をストックしている納戸から聞こえてきていた。
 手近にあったフローリングモップを手に、電気のスイッチを押した。
 床に散らばった食料と、それを貪り食う、小さな……ヒト。
「え……?」
 こぼれ出た声にヒトが振り向いた。
 ボサボサの髪に浅黒い肌。ゴツい四肢は毛に覆われている。猫背気味な姿勢のその生き物は、こちらの存在に気づくとこちらに向かって走ってきた。
 その小ささからは想像もつかないほどの殺気を感じて身構えると、そいつはリビングを駆け抜け、窓ガラスを割って外に飛び出した。
「……なに……いまの」
 震える声と身体に、割れた窓の外から入る生ぬるい外気がまとわりついた。

 庭の低木が時折揺れる。多分さっきの生き物が揺らしている。
 一瞬だけ見えた姿に覚えがあった。学生のころ教科書で見た、【原人】だ。
 そしてその原人はきっと、あの石から生まれた。半分に割れた、中が空洞の【月で拾った石】から。
 あの野蛮そうな生き物を放置する訳にはいかず、困った挙句、月旅行を主催した会社のサポートセンターにアクセスした。緊急事態だからメールじゃなく電話をかける。
 さきほどの状況を説明するとオペレーターは困惑していたが、室内に設置された防犯カメラの映像を送信したらすぐに信じて専門家に繋いでくれた。
 専門家は私の行為に眉をひそめたが(月の物を勝手に持ち帰ってはいけないと言われていたため)、原人捕獲のために人を派遣してくれた。
 捜索と格闘が繰り広げられたのち、原人は無事保護され、割れた月の石と共に研究施設に送られた。動物を入れる小さな檻のようなケージに入れられた原人は、「グルルル」と野生のような唸り声を出していた。人語を解するまでには達していないようだった。
 人類の成り立ちを研究するための施設に送られたようだが、男の原人だけでは繁殖ができず、研究が思うように進んでいないと聞いた。
 施設は私が月から持ち帰った石と同じ物を月で探し出し、地球に有害な細菌やウイルスが付着していないかを確認した上で持ち帰った。
 レントゲンで撮影すると中に空洞があり、そのまた中に膝を抱えた人型の生き物が入っていることが確認された。石だと思って拾ったのは、原人の卵だったのだ。
 地球の環境下でないと孵らないらしいその卵は研究施設で孵化し、研究者の希望通り女の原人が誕生したそうだ。
 繁殖を重ねひとつの集落を構える人数になったころ、地球での進化を終えた我々は環境が悪くなった星に原人を残し、様々な生き物と共に近隣の惑星へ旅立った。
 原人が進化に行き詰まるとヒントが空に投影されるようプログラムが組み込まれたホログラム投影機を、自然に見せかけ設置し、残していった。
 その指南役は時に【宇宙人】のような姿であり、時に【神様】のような姿で現れた。
 そうして原人は進化を続け、荒廃した大地を耕し、汚れた水を浄化させ、火を操り文明を得た。

 それから数百万年後――。

 とある国の兄弟が世界初の有人飛行を成功させた。人間が空を飛ぶ日が来るなんて。
 いつか技術が発達したら、遥か遠くに見えるあの月へ行ける日がくるだろうか。
 どうしても行かなければならないような、帰らなければならないような、そんな焦燥感。

 人類はいつも、月に郷愁を抱いている。
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