日々の欠片

小海音かなた

文字の大きさ
上 下
180 / 366

6/29『小さな星の、一輪の薔薇。』

しおりを挟む
 小さな星に咲くたった一輪のバラ。ほかの星ではありふれた花でも、その小さな星ではとても貴重なもの。
 ボクにとってのキミもそう。
 なんで私? って言うけど、ボクにはキミがかけがえのない存在なんだ。それをキミに伝えるには、ボクの言葉じゃ足らなくて。
 知りうる言葉のすべてをもってしても、ボクの気持ちを全部伝えることはできない。
 キミはいつも楽しいおしゃべりをしてくれる。うるさいなんて思ったことはない。ただ、キミの考えていることが聞けて、素敵な声を聴けて、ボクは嬉しくなる。
 キミが望むなら風よけの衝立やガラスドーム、他にもなんだって用意するよ。だからずっとボクのそばにいてほしいんだ。
 ボクがもしこの星を旅立つことになっても、キミを独りになんかしない。一緒に行こうって、きっと手を取る。
 キミと離れたいなんて絶対に思わないから、だからずっと、この世界で二人きりで生きていきたい。
 そう思っていたのに、ボクたちのユートピアは、突如壊されてしまった。

「……お目覚めですか」
 さっきまで見えていた世界が、目の前から消えていた。
「ここは……」
「病院ですよ、柊木大佑さん。あぁ、無理に起きないでください? 自力で動けるような状態ではないので」
 周囲には白衣を着た人々。話しかけてくる男はスーツ姿だ。
「申し遅れました、こういう者です」警察手帳を見せて、男が自己紹介をした。「今日はひとまず確認だけ。体調が安定したら、また伺います」
 では、と短く締めて、男はドアの向こうへ消えた。

 ボクが見つけた世界は壊され、ボクらは現実世界に戻されてしまった。
 こっちの世界ではどのくらい時間が経ったのだろう。ボクの身体からは、手や足を動かす力が失われているようだった。
 この世界の身体がこうなるのなんてわかっていた。もうあの世界から戻るつもりはなかったから、それでいいと思っていた。
 あのままエミちゃんと二人、麗しい世界と一緒に滅びてしまいたかったのに。それがボクらに与えられた幸せだと思っていたのに……。

 体力の回復が進むと、四肢の機能回復のためのリハビリと、警察の事情聴取が始まった。
「あんたが監禁した女性ね、もう少し発見が遅かったら命を落としていたそうだよ」
「監禁なんて……ボクはただあの空間に招待しただけで」
「ログアウト方法を完全になくした空間、ね」
「あそこに彼女が来たのは彼女の意思だ。ボクはなにも」
「するつもりはなかった、と」
「……彼女に聞いてください。ボクたちはあの空間で、確かに愛し合っていた。……そうだ、彼女はどこに」
「お教えできません。少なくとも、この病院内にはいませんよ」
 睨み合うボクら。しかしそれは、ボクの頭痛で中断した。
「長い間、特殊な電子空間と繋がれていたため、脳にダメージを受けています。あまり込み入った会話はご遠慮ください」
 医師に促され、警察の男は渋々病室をあとにした。

 そうだよ、ボクらはあの空間で、何度も何度も愛し合った。彼女だって、最初のうちは抵抗していたけど、次第に受け入れてくれるようになったじゃないか。
 ボクたちは心も身体も繋がった、二人でひとつの存在だったじゃないか。

 あの美しい世界が綻び始めたのはいつ頃だっただろう。
 厳重なセキュリティを解き、無理やり介入してきたあいつら……武装したやつらに取り押さえられたボク。その視界の片隅に、彼女を介抱する男の姿が見えた。かりそめの姿をしていたけれど、あれはきっと、現実世界で彼女を捉えていた【彼氏】だ。
 彼女のアカウントを使って別れを告げたのに、いつまでもしつこいんだよ。
 最後に見た彼女が泣いていたのは、きっとボクとの別れが辛かったから。そうに違いない。
 早く新しい二人の住処を探さなければならないのに、退院後に連れていかれたのは警察だった。事情聴取はまだ終わっていなかったみたいだ。
 何度言ったらわかるんだろう。あの世界でボクらは愛し合って、通じ合っていたって。

 後日、弁護士を通じて文書が送られてきた。ストーカー規制法に則り、彼女へ近づくことを禁止する、というような内容だった。
 ストーカーはボクじゃなくて【彼氏】のほうだろう。
 そう返答したのに、判定が覆ることはなかった。
 ボクたちがいかに愛し合っていたかを証明してほしいと彼女に伝えてもらったが、彼女の記憶はあいまいで、回答はもらえなかった。
 監禁罪についても同じで、彼女の証言はもちろん、罪に問われるほどの証拠もなく、ボクは不起訴で釈放された。
 久しぶりに帰った家は少し埃っぽかったけど、あの世界へ行ったときと同じままだった。
 通信を遮断するために電源を落とされたらしいパソコンを起動させ、また新たな世界を探しに出る。

 壊されたボクらの楽園を、再建するために――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ことり先生、キュンするのはお尻じゃなくて胸ですよ!-官能小説投稿おじさんと少女小説オタクの私が胸キュン小説を作ります!-

髙 文緒
ライト文芸
私、奔馬鹿ノ子は年季の入った少女小説読み。 最高の少女小説を作る、という夢を抱き、少女雑誌『リリン』編集部に入った。 しかし、配属されたその日、私はおかしな応募原稿に出会う。 封筒にある名前は田原小鳩。筆名は巌流島喜鶴(きかく)とある。少女小説の筆名としてはゴツすぎる。 「それ捨てていいよ、セクハラだから」と先輩は言うけれど、応募原稿を読みもせずに捨てるなんて出来ない。  応募原稿を読んでみたところ……内容はなんと、少女小説とは程遠い、官能小説だった! えっちなものが苦手な私は、思わず悲鳴をあげてしまった。 先輩にたずねると、田原小鳩(巌流島喜鶴)は五年間几帳面に官能小説を送りつけてくる変態なのだという。 でも五年間もいたずら目的で送り続けられるものなのだろうか? そんな疑問を抱いて、えっちな内容に負けずに、なんとか原稿を読み終えて確信した。 いたずらで書いたものではない。真面目に書かれたものだ。なにかの間違いで、リリンに送り続けているのだろう。 そして、少女小説読みの勘が、キュンの気配を読み取った。 いてもたってもいられず、田原小鳩に連絡をとることにした。 田原小鳩は何をしたくてリリンに官能小説を送り続けているのか、知りたかったからだ。 読まれずに捨てられていい作品じゃない、と思ったのもある。 紆余曲折を経て、なぜか私と田原小鳩(37歳・男性)は、二人で最高の少女小説を作ることになったのだった――!

ちょっと待ってよ、シンデレラ

daisysacky
ライト文芸
かの有名なシンデレラストーリー。実際は…どうだったのか? 時を越えて、現れた謎の女性… 果たして何者か? ドタバタのロマンチックコメディです。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

同じ音で綴る話

藍雨エオ
ライト文芸
聞こえる音は同じでも紡がれる話は別の物。 *のんびり更新の短編集です

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ちゃりんこ

端木 子恭
ライト文芸
 関東に住む中学2年生のつむぎ。北海道で一人暮らししている祖母の体調を見守るため、1学期の間だけ二人で暮らすことになった。小学生まで住んでいたところに戻るので友達もいる。行ってみると、春になって体調が良くなった祖母相手にすることがない。  また仲良くなった友達の縁(より)に、市内で開催される6月のママチャリレースに誘われる。メンバーを集めて表彰をめざす、と意気込む。  

琥太郎と欧之丞・一年早く生まれたからお兄ちゃんとか照れるやん

真風月花
ライト文芸
少年二人の懐かしく優しい夏の日々。ヤクザの組長の息子、琥太郎は行き倒れの欧之丞を拾った。「なんで、ぼくの後追いするん?」琥太郎は、懐いてくる欧之丞に戸惑いながらも仲良くなる。だが、欧之丞は母親から虐待されていた。「こんな可愛い欧之丞をいじめるとか、どういうことやねん」琥太郎は欧之丞を大事にしようと決意した。明治・大正を舞台にした少年二人の友情物語。※時系列としては『女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています』→本作→『没落令嬢は今宵も甘く調教される』の順になります。『女學生…』の組長とヒロインの結婚後と、『没落令嬢…』の恋人との出会いに至るまでの内容です。

処理中です...