日々の欠片

小海音かなた

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6/18『遥か遠い星』

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 山を越え、海を越え、空を越えてはるばると。
 移住した先は見知らぬ土地。
 宇宙の片隅にある小さなこの星には、生き物が暮らすために必要な酸素や水や土地がある。けれど地球から離れすぎていてお互いの存在も知らないような、そんな星。
 その星の住人がどうやって知ったのかわからないけれど、どうやらわたしは“選ばれた”らしく、よくわからない乗り物に乗って、映像でしか見たことのない宇宙空間を旅して、名前もわからないこの星に連れてこられた。
 元の生活も行き詰っていたし、心配するような身寄りもいないし、あっさり引き払える程度の荷物と財産しかなかったし、さしたる未練もなかったので心機一転できるならいいかと申し出を承諾した。
 新しい星では家や生活費などのすべてを用意してくれていた。
 最も重要だと言って渡された最新鋭の機械は、他の星の言語を自国のそれに翻訳してくれる一品。
 わたしを迎えにきた“担当者”も、それを使ってわたしに語りかけて来た。
 翻訳機を通さない彼らの言語は、わたしの国で言う“音楽”のようだった。耳心地の良い言葉なのに、自国語に翻訳されるととんでもない内容だったりして油断できない。
 暮らしてみてわかったこと。ご近所付き合いが大変。
 まず本当に言葉が通じない。翻訳機を忘れて出かけた日には地獄。命が危ない。一言間違えただけで喰われそうになるんじゃないかと思う。
 実際の食事はわたしがいた星でいう“ベジタリアン”と同じようだった。
 この星には肉食という文化がないのだ。
 狩猟民族が元々おらず、食べるために動物を育てるという考えも生まれなかった。
 その土地に元々生えている野菜や野草が豊富で、しかも成長が速いため十分に事足りているという。
 より良い、安全な品種を栽培、研究するために広大な土地の至る所に田んぼや畑が作られていて、見たこともない作物がたわわに実っている。それを収穫して調理して食べる。
 たまに焼肉や牛丼が恋しくなったりしたが、わたしが住んでいた星の作物とこの星のそれは栄養素が違うらしく、栄養の偏りや過不足はなかったし、肉に似た味の食べ物もあったからすぐに慣れた。
 こんなに平和な風景の星なのに言ってることが過激とか、面白い風習だ。

 この星でのわたしの仕事は、【この星で生きること】。
 室内をリフォームして暮らしやすくしたり、初めての農耕作業に悪戦苦闘したり、近所の方々と交流をもったり……そういった生活の風景が、この星のテレビ局によって撮影されていた。
 ある程度映像が溜まった時点で放送が開始されると、それはたちまち人気になった。
 いまでは出歩くと顔をさされたり握手を求められたりするような有名人になった。そもそも“人”という生き物がわたししかいないから元々“有名人”ではあったのだけど、それに“人気”と“知名度”が加わったからさぁ大変。
 外を歩いているとすぐに「あの番組ね!」と気づかれてしまうので、当初の企画である【移住者観察番組】という趣旨にはそぐわなくなってしまって、出演するわたしはそのままに、企画内容だけが刷新された。
 それはさながら自国のバラエティ番組のようだった。
 クイズに参加したり人気の観光地に出向いたり美味しい食事をいただいたり。
 まさかわたしのような平凡な人間が“芸能人”と同じ生活を送るとは。
 しかし、どこの世界でも、おんなじような文化があるのだなぁ。
 部屋の中でテレビを視ながら思う。
 現地語もだいぶ理解できるようになってきたし、人間って案外タフにできている。
 環境が変わっても、自分が変わらなければ結局おなじ人生になってしまうだろうから、前のわたしのようにただ漫然と毎日を生きるだけの人生は送らないぞ。
 もう戻ることはないであろう遠くにある故郷の星に思いを馳せながら、今日も迎えの車に乗り込んだ。
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