日々の欠片

小海音かなた

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6/16『ミクロな和菓子』

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 うおぉ、これ! これ作りたい!
 ショーケースの前で一人震える。
「あの……!」
 ふらりと立ち寄った和菓子屋さんの創作生菓子がステキすぎて……どうしても模倣したくなった。
 無理を言って発案者である職人さんを呼んでもらった。店の奥から出てきたのは、若い男性だった。
「著作権とかは申請してないんで構いませんが……」
 模倣する代わりに、と提示されたのは【作ったフェイクフードを見せること】。
 売り物にするつもりもない、ただ個人的にアクセサリーなんかにしたかっただけなのに、なんだか締切を設けられたような気分になる。それはそれで後回しにしなくて済むし(いますぐ作りたいからしないけど)、なんなら添削してもらえちゃうかも、って期待してたりする。
 プロの職人に作品を見てもらう機会なんて滅多にないよ。
 幾つかの和菓子を買って帰って、基本の和菓子の作り方を調べる。リアルに作るには、材料が違っても同じ作業工程を踏むのがいい。
 【練り切り】を作るための動画を見ながら同じように作ってみる。
 多少いびつながらもそれらしいものができた。
 フェイクフードと実際の和菓子を並べてみるけど、なんか違う。シンプルに見えて手が込んでいるみたい。
 内部構造を見るために、2個買ってきたうちの1個を半分に切った。
 ふむふむ、餡子を練り切りで包んでるのね。
 粘土をこねて絵の具と混ぜる。餡の色が忠実じゃないと、透けて見えたときにリアルさが半減しちゃう。
 本物と何度も見比べて必要な色の粘土を作り終え、再度成形に入った。
 こねて伸ばして、餡をくるんで型をつける。うぅ、難しい……。
 リアルサイズで作っても難しいであろう形を、ミニチュアサイズで作るのは至難の業。
 指先だけで細かい造型の再現は無理だし、専用の道具なんてもちろんないから、ねんどべらなんかを使ってなんとか体裁を整えた。
 完成したミニチュア和菓子とリアル和菓子を並べて写真撮影。
 うん、いいんじゃないでしょうか。
 ようやく一息ついて、半分に切った和菓子を口に入れた。
 脳内に甦ったのは遠足で行った苺狩りの風景。
 ハウスに入った瞬間嬉しくなっちゃうくらいに甘くて美味しそうな苺の香りが、鼻腔に広がってる。
 うわー、感動! 見た目も可愛い上に食べたらこんなに美味しいなんて!
 味を知ってから、また本物とミニチュア和菓子を見比べる。
 うーん、本物は美味しそうに見えるけど、私が作ったミニチュアからはそういう雰囲気感じない。
 材料が違うのだから当たり前っちゃ当たり前だけど……なんか、悔しい。
 なにが違うんだ。色か。形か。造形か。
 余分に色付けしてた粘土で再挑戦。試行錯誤を繰り返して、なんとか納得のいくものを完成させた。
 ご挨拶したときに交換した職人さんの連絡先にアポ取りの連絡をしたら、お店が空いているときならいつでもどうぞ、って言ってもらえた。やった。
 翌日、職人さんに聞いた“比較的空いていて作業も落ち着いている時間帯”に和菓子屋へ赴く。
 職人さんは販売カウンター内にいて、私を見るや茶房へ案内してくれた。
 おすすめの和菓子とお抹茶のセットを注文。向かいの席に座る職人さんに、ミニチュアフード入りの小さな箱を差し出した。
「失礼します」
 一礼して恭しく箱を開けるその所作を、ドキドキしながら見つめる。
「おぉ」
 驚きと、楽しさが入り混じった表情。あれ、職人さん、意外とイケメン……。
 正直和菓子のことしか眼中になかった私、そこでようやく気付く。
「すごいですね、しっかり再現していただいて」
 あげた顔にパッと笑みが広がって、私の心臓がドキリと跳ねた。
「そう感じていただけたのなら、良かったです」
「差し支えなければ、どのように作られたかお聞きしてもいいですか」
 その言葉、そっくりそのままお渡ししたい。
「手順なんかは違うかと思いますが、おそらく本物を作るのと同じような感じかと」
 粘土に各食材と同様の色を付けて、餡を丸めてそれに練り切りをかぶせて包んで道具で成型……という工程をざっと説明した。
「なるほど、それはすごい」
「和菓子専用の成形道具があるんですよね?」
「えぇ。市販のものもありますが、自作することもありますよ」
「え、そうなんですね。だったら私も作れるかなぁ」
「よろしければお教えしますよ、作り方」
「……えっ」
「私の仕事が終わったあとか、休みの日になってしまいますけど」
 なんだか予想外の展開になってしまったけど、またとないチャンスだから二つ返事でお受けした。
 それから、定期的に自宅兼店舗である和菓子屋さんにお邪魔して道具や和菓子の作り方を教えてもらったり、逆にミニチュアフードの作り方を教えたりする関係になった。
 人との縁がこんな風に繋がるなんて、人生って面白い。
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