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4/3『社殿の宴』
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阿(あ)と吽(うん)が台座の上であごをカコカコ鳴らす。
「口乾いたでしょ、お水持ってくるわね」
「ありがとう。キミこそ凝ったろ、マッサージしようか」
「うーん、じゃああとでお願いしようかな」
吽は台座からひらりと降りて、手水舎へ向かう。
「吽や」
拝殿から声が聞こえた。振り返ると主神が手招きをしている。
「昼間供えてもろうた酒がある。皆で呑もう」
「あら、嬉しい」
「阿も来なさい」
「ありがとうございます」
「果物やなんかも好きにお食べなさい。今日は疲れたろう」
「いえ、それほどでも」
「今日は参拝者、多かったですものねぇ」
「うむ。春先はみな、期待と不安を抱えるものだ」
神様が供え物を車座の中央に置いた。
社殿の奥から顔を出したのは、境内社に祀られた神だ。
「おぉ姫、お疲れさん」
「お疲れ様です」
【姫】と呼ばれる女性の配神も仕事を終え、宴に加わる。
「今日はよう撫でられておったの」
主神は楽しそうに阿へ笑いかける。
「えぇ。良かれと思ってのことでしょうから、まぁ」
「伝えられないものねぇ、直接は」
阿と吽は両手で盃を持ち、神様から分けられた日本酒をクピリと飲んだ。
「あら美味しい」
「供えてくれた参拝者が造った酒だそうだよ」
「あぁ、杜氏になりたいと希望してた者ですか」
「うむ。無事そちらの道に進めたそうだ」
「それはなにより」
「姫のほうにも行っておらんかったか」
「いらっしゃいましたよ。奥さんと一緒に」
「おぉ、そうじゃったそうじゃった」
「そろそろ子宝にも恵まれそうなので、また来るのではないでしょうか」
姫が嬉しそうに笑みを浮かべながら、盃に口をつけた。「うん、美味しい」
「のぅ。嬉しいのぅ」
「えぇ。いい夜ですね」
月明りが入る窓を見上げて、主神と配神がしみじみと酒を楽しむ。
阿は吽の肩を揉み、労をねぎらう。
「ほどほどで大丈夫ですよ。あなたもお疲れでしょうから」
「器から抜けてしまえば、どうということはないよ」
「それは私もですよ」
「それもそうか」
阿吽は笑い合って、神様に分け与えられた果物や刺身をつまむ。
「時代が変わっても、変わらぬ信仰心があると嬉しいものですね」
「そうじゃなあ。その心に応えられるよう、我々も精進せんとな」
「はい」
阿が頭を下げ、決意に満ちた表情を見せる。吽はそれを誇らしげに見つめている。
「おぬしたちもそろそろ、神になる修行に入ってはどうだ」
「いえ! ワタクシにはまだ早いかと」
「そういってもう何百年になる。いつまでも一所(ひとところ)におらんでもいいのじゃぞ」
「ワタクシはここが好きなので……せっかくのお言葉ですが」
「そうか。吽もええのか?」
「そうですね。私はこのヒトについていくって決めたので」
「そうか。ワシらはありがたいがのう」
「えぇ」
主神と配神が顔を見合わせ、頷いた。
「もし、いずれそのお言葉をお受けする覚悟ができたら、そのときはいの一番にご報告いたします」
「うむうむ。そのときは遠慮なくゆうてくれ。手続きなんかはワシがするでの」
「ありがたいお言葉、痛み入ります」
頭を下げる阿の横で、吽も同様にした。
二柱の神はその姿を愛おしく見つめる。
「うむ、良き良き。英気を養うためにも、宴を続けようかの」
「はい」
嬉しそうな吽の隣で、
「ありがとうございます」
阿が凛々しい笑みを浮かべた。
神社の本殿に暖かな笑い声が満ちる。
宴はまだ、始まったばかり……。
「口乾いたでしょ、お水持ってくるわね」
「ありがとう。キミこそ凝ったろ、マッサージしようか」
「うーん、じゃああとでお願いしようかな」
吽は台座からひらりと降りて、手水舎へ向かう。
「吽や」
拝殿から声が聞こえた。振り返ると主神が手招きをしている。
「昼間供えてもろうた酒がある。皆で呑もう」
「あら、嬉しい」
「阿も来なさい」
「ありがとうございます」
「果物やなんかも好きにお食べなさい。今日は疲れたろう」
「いえ、それほどでも」
「今日は参拝者、多かったですものねぇ」
「うむ。春先はみな、期待と不安を抱えるものだ」
神様が供え物を車座の中央に置いた。
社殿の奥から顔を出したのは、境内社に祀られた神だ。
「おぉ姫、お疲れさん」
「お疲れ様です」
【姫】と呼ばれる女性の配神も仕事を終え、宴に加わる。
「今日はよう撫でられておったの」
主神は楽しそうに阿へ笑いかける。
「えぇ。良かれと思ってのことでしょうから、まぁ」
「伝えられないものねぇ、直接は」
阿と吽は両手で盃を持ち、神様から分けられた日本酒をクピリと飲んだ。
「あら美味しい」
「供えてくれた参拝者が造った酒だそうだよ」
「あぁ、杜氏になりたいと希望してた者ですか」
「うむ。無事そちらの道に進めたそうだ」
「それはなにより」
「姫のほうにも行っておらんかったか」
「いらっしゃいましたよ。奥さんと一緒に」
「おぉ、そうじゃったそうじゃった」
「そろそろ子宝にも恵まれそうなので、また来るのではないでしょうか」
姫が嬉しそうに笑みを浮かべながら、盃に口をつけた。「うん、美味しい」
「のぅ。嬉しいのぅ」
「えぇ。いい夜ですね」
月明りが入る窓を見上げて、主神と配神がしみじみと酒を楽しむ。
阿は吽の肩を揉み、労をねぎらう。
「ほどほどで大丈夫ですよ。あなたもお疲れでしょうから」
「器から抜けてしまえば、どうということはないよ」
「それは私もですよ」
「それもそうか」
阿吽は笑い合って、神様に分け与えられた果物や刺身をつまむ。
「時代が変わっても、変わらぬ信仰心があると嬉しいものですね」
「そうじゃなあ。その心に応えられるよう、我々も精進せんとな」
「はい」
阿が頭を下げ、決意に満ちた表情を見せる。吽はそれを誇らしげに見つめている。
「おぬしたちもそろそろ、神になる修行に入ってはどうだ」
「いえ! ワタクシにはまだ早いかと」
「そういってもう何百年になる。いつまでも一所(ひとところ)におらんでもいいのじゃぞ」
「ワタクシはここが好きなので……せっかくのお言葉ですが」
「そうか。吽もええのか?」
「そうですね。私はこのヒトについていくって決めたので」
「そうか。ワシらはありがたいがのう」
「えぇ」
主神と配神が顔を見合わせ、頷いた。
「もし、いずれそのお言葉をお受けする覚悟ができたら、そのときはいの一番にご報告いたします」
「うむうむ。そのときは遠慮なくゆうてくれ。手続きなんかはワシがするでの」
「ありがたいお言葉、痛み入ります」
頭を下げる阿の横で、吽も同様にした。
二柱の神はその姿を愛おしく見つめる。
「うむ、良き良き。英気を養うためにも、宴を続けようかの」
「はい」
嬉しそうな吽の隣で、
「ありがとうございます」
阿が凛々しい笑みを浮かべた。
神社の本殿に暖かな笑い声が満ちる。
宴はまだ、始まったばかり……。
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