日々の欠片

小海音かなた

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2/5『smile practice』

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 にぃ……と鏡の前で口角を上げる。最近の私は隙あらば同じ顔を作る。全ては放課後のため、なんだけど……うーん、ひきつってる。
 女子トイレを出て廊下を歩く。目的地が近づくにつれ、ドキドキが大きくなっていく。
 通いなれたドアを開け部室へ入ると、部長は読んでいた本から顔を上げ「お疲れ様」と微笑んだ。その笑顔を見ると、いつも私は硬まってしまう。
 だってカッコイイんだもん。
「こんにちは」
 言葉と一緒に出たのは強張った笑み。あぁ、今日もまた練習の成果が出せなかった。
「お前、部長と喋る時いっつもカオ恐いよな」
 私をからかう男子に部長が笑って言う。
「別にいいじゃん、表情硬くても可愛いんだから」
 フォローの為だとわかってるのに、私の顔はどんどん熱くなって、ますます強張ってなにも言えず、壁際に並んだ本棚へ向かうしかできない。
 本を選ぶフリをして棚に向かい、心臓を落ち着かせる。そしてこっそり深呼吸。本の香りを感じて落ち着いてきた。
 今日読む本を選んで席に着く。文芸部の活動の一環だ。

 入学前に来た文化祭で、文芸部が出した同人誌に載っていた小説を読んで、一読み惚れした。
 その物語の世界がそれはそれは美しくて、このお話を書いているのはどんな人なんだろうって気になって仕方なくて、とうとうこの学校に入学してしまった。
 文芸部に入ってすぐ行われた歓迎会で、あの作品が部長のものだったと知った。
 読んだそのときに知っていたら、また違った感情だったのかなぁ、って思うけど、それはもう過去の話だからわからない。
 でもきっと、いまと同じで好きになってたんじゃないかな。

「その本」
「えっ」
「初めて? 読むの」
「はい」
 部長の問いに小さく答える。
「そっか。いいな、これから初めての体験できるって」
「記憶なくしてまた読みたい、って感じですか?」
「そうそう。何度読んでも面白いんだけどね。読み終わったらまた感想教えてね」
「はい」
 きっとたぶん、少し落ち込んだ顔をしていたんだろう私を気遣って声をかけてくれたんだってわかった。
 優しいなぁ、好きだなぁって無意識に出た照れ笑いを見てときめいてたって知ったのは、それから数年後の結婚式で上映されたプロフィールムービーを見た時。
 照れ笑いを浮かべる彼の横で私は、いままでの人生で一番の笑顔になった。
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