日々の欠片

小海音かなた

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1/16『誰が為のヒーロー』

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 平凡なサラリーマンになるのだって大変だ。
 それなりの大学を出てそれなりの会社に就職して、それなりになるためにそれなりの努力をしている。
 それなのに。
「だからもう無理って言ってるじゃないですか」
「そこをなんとか」
「本業に支障が出始めてるんです」
「じゃあこっち一本に」
「だったら給料出してください」
「いやぁ……」
「金がないと生活できないんです。職場でも段々怪しまれてるし」
「正義の味方なのに怪しまれてるって……」
「笑いごとじゃない!」
 叩いたテーブルがミシリと音を立てる。
「ちょ、壊れちゃうから」
「ボランティアって本来無償じゃないんですよ?」
「だってスポンサーがさぁ」
「だからパワードスーツにステッカー貼りますって」
「だってヒーローなのにさぁ」
「綺麗事だけじゃ生きていけないんです! そもそも博士は企業から給料出てるんですよね」
「うん、まぁ、一応ね?」
「じゃあなんで僕はボランティアなんですか。世界平和のため、とか言って結局守れるのはこの地域と近隣だけですよ」
「それはほら、キミの“本業”がさ……」
「そこが矛盾してるんです。経費削減で真っ先に人件費削るような企業が発展するわけないですよ」
「いやぁ……」
「……埒が明かない。もう僕は降ります」
「いやいや! 適性検査通ったのキミだけなんだよ! シンクロ率高くないとスーツの威力が発揮できない!」
「だったら掛け合ってください! せめて成功報酬くらい出せって」
「……わかった……スポンサーの件も含めて、上と相談してくる」
「その場に僕も参加させてください。直接話さないと、結局平行線だ」
「うーん……」
「いいですね、それが出来なきゃ僕はもう【ヒーロー】なんてできませんから」
 じゃ、と帰ろうとしたら、研究室内にブザー音が鳴り響いた。どうやら【悪の組織】がどこかで悪さをしているようだ。
「いかん、出動要請だ」
「あぁ、もう!」
 イライラした状態でスーツを使うとあらぬ力が出てしまうから嫌なんだけど、要請があったなら行かなければならない。
 博士が運転する車に乗り込んで、車内でパワードスーツに着替える。
 神出鬼没の奴らに対し、臨機応変に対応しなければならない。会議中でも帰宅途中でも、風呂やトイレに入っていても……年中無休で気を張っていないとならない。
 ヒーローなんて環境劣悪のブラック業務だ。一度活躍してしまえば、次も、また次もと延々ループしていく。辞め時なんてなくて、代わりもいなくて、秘密をバラせば上に怒られ、事情を説明できなければ人に見放され……わかってくれる人は一人もいない。
 唯一許されている妻にも、危険が及ぶかもしれないという理由で詳しいことは話せていない。もっと一緒にいたいのに……はぁ。
 悪の組織を撃退して、博士が運転する車に揺られて帰宅する。唯一の救いは、やつらは一日に一度しか悪事を働かないところだ。あいつらのほうがよっぽどホワイト企業だわ、きっと。
 転職したろかな、とイライラしながら家に入ったら、出迎えてくれた妻が僕にそっと寄ってきて、僕を伺うように見る。
「ね、ちょっと話があるんだけど、いい?」
「えっ、う、うん。なに?」
 周りには誰もいないのに、妻がそっと耳打ちしてきた。その内容に僕は驚いた。

「……今日は機嫌いいんだね」
「えぇ、まぁ。ただちょっと戦わないとならない相手が増えました」
「えっ? また新しい組織⁈」
「というか、あなたと、あなたを雇っている人たちと。春闘、ってやつですかね」
「えぇ~……勝ち目ないじゃない~」
「いままで甘やかしてたなって反省したんで、これからはちゃんと報酬はいただきます。そうしないとならない理由ができたんで」
「なに? 理由」
「それはですね……」
 今日も僕は戦い続ける。サラリーマンとして、正義のヒーローとして、一児の父として……。
 そう、可愛い妻のお腹に、可愛いわが子が宿ったのだ。
 仕事に育児に世界平和に……大変だけど、わが子の未来のためだ。頑張ろう。まずは賃上げ要求を。ヒーローになるのはそれからだ。
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