日々の欠片

小海音かなた

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1/14『たった二枚のカード』

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 うちの家にはルールがある。一日一枚、家族全員に褒め言葉を書いたカードを渡すこと。
 字が書けるようになってからずっとそうしてたから疑問に思わなかったけど、うちだけのルールだって知ったのは小学生の時。
 友達に褒め言葉を書いたカードを送ろうって先生が言ったら、私以外の全員からブーイングが出た。もう習慣化してた私は誰のどこを褒めようかなって考えてたから驚いた。
 一人でクラス全員分は無理だから、くじで引いた人を褒めよう、ってなった。もちろん自分の名前を引く可能性もあるわけで、みんなギャーギャー言いながらくじを引いていった。
 そんな中、私はドキドキしていた。誰を褒めるのかな、というより、誰から褒めてもらえるのかな、って。
 同じクラスに好きなコがいて、そのコに褒められたら絶対嬉しいって考えてた。
 みんなの前で発表するのはさすがに嫌だって、この時ばかりはクラス全員が反対して、先生は残念がりつつ承諾してくれた。
 カードを書いて、宛名を書いた封筒に入れてシールで封をして、先生が回収してから再配布。みんなドキドキしながら開封して、こっそり中を見た。
「褒められると、照れちゃうけど嬉しいよね。褒めたほうもなんだか嬉しい気持ちになりませんでしたか? 普段もお礼とか、褒め言葉とか、恥ずかしがらず言えるようにしましょうね」
 先生はそう締めくくって、その日の授業は終わった。
 私はドキドキしたまま、家に帰ってもう一度こっそりカードを見直す。
【やさしいところがいい】
 カードの下のほう、律儀に書かれたフルネームは私が好きな男の子の名前。
(優しいところだって、優しいって、そりゃそうだよ、特別優しくしてるんだから)
 うふふえへへとデレデレしながら、そっと封筒に戻す。
 そのカードは私の宝物になって、大人になったいまでも大事に飾ってる。
「ねー」
「んー?」
「これ、いつまで飾っておくの? いい加減良くない?」
「良くないよー。あなたからの初めての贈り物だもん」
「いや、授業で無理やり書かされただけじゃん」
「それでもいいの」
 嫌そうに写真立てを見る彼の隣で、私は彼に笑いかけた。
「まさかあなたが取っておいてくれたなんて思ってもなかったし」
「なんとなくね。捨てられなくない? こういうの」
「なんかわかる」
【やさしいところがいい】と書かれたカードのすぐ横に、【いつもみんなを笑わせてくれるところがステキです。】と書かれたカードが飾られている。その字は幼い頃の私の字。
「まさかプロになっちゃうなんてねぇ」
「夢だったから、子供の頃からの」
 二枚のカードが入った写真立ての横には、表彰盾が置かれている。上部には賞レースの名前と【最優秀賞】の文字。中央にエンブレムがあって、その下には彼と相方さんのコンビ名が刻まれてる。
「明日発表になるから、結婚」
「うん。私は顔も名前も出ないから大丈夫だよ」
「“一般女性”の人、か」
「そう、一般女性の人」
 なんかおかしくなって、ふっと笑った。
 子供ながらに両想いならいいなって思っていたけど、そうなれたらどうなるかまでは想像してなかった。
「なんか不思議だわ」
「わかる」
 彼と私が再会したのは、とあるテレビ局内だった。彼に会えるのがわかっていた私は、小学生の頃みたくドキドキしていた。彼は私が局員になっていることを知らなくて、初顔合わせの時にも気づかれなかった。そりゃそうかって思いながら渡した名刺の名前を見て、私の顔を確認した。小さく頷いたら、それまでの笑顔が倍に輝いた。
 その場は仕事の話だけ。終わってから名刺に書かれたアドレスに連絡が来て、後日二人で食事に行った。その時彼はもう有名人だったから、もちろんお忍びだ。
 少々酔っ払った私は勢いに任せて聞いてみた。覚えてる? 小学生のとき、先生がさ。って。そしたら彼が「もちろん」って。
「……好きなコからだったから、嬉しくて」
 彼がぽつりと言った。
 小学生だった私が聞いたら飛び跳ねて喜んでただろうなと思った。だって、いまの私もこんなに嬉しいんだから。
「……私と一緒だね」
 私の回答に彼は驚いて、そして、続けた。「いまは?」

 それから私たちはお付き合いを始めて、この度晴れて結婚することになった。
 私の実家でのルールを継続しようって話になって、私は文房具売り場へ出向いた。名刺サイズのカードと、それらが収納できるファイルを買う。
 買った物を見て彼が言った。
「これから家族が増えたら、その子たちにもやらせようと思う。その経験が、その先の大事な出会いに繋がるかもしれないから」
 それは彼のプロポーズだった。
「ちょっと回りくどいけど、そういうところも好きだよ」
 って言ったら、
「褒め言葉としては微妙」
 って叱られた。
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