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1/3『病室にて』
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駆け落ちした、って聞いたのは、病院の一室。
「そうだったんだ」
私は、今年初めての梨の皮をむきながらおばあちゃんの話を聞く。
「待ち合わせの場所にね? なかなか来なくて……いまみたいに外で連絡とれるようなものもなかったし、家も出てきて帰るところなんてないのにどうしようって途方にくれてたの」
「うん」
「いよいよ列車が出ちゃうってときにやっとね、来たの。夜道の向こうから息せき切って走って」
さっきまで困り顔だったおばあちゃんの顔にパァッと笑みが広がる。
「もう最終列車が出る寸前! 慌てて走って飛び乗って、間に合ったねって大笑いして。それからこっちに移り住んだのよ」
「へぇ~、大恋愛だね」
おばあちゃんは私の言葉に、嬉しそうにうなずいた。
「……ところで貴女、お時間大丈夫?」
「うん、大丈夫」
梨の皮をむき終えて、櫛切りになったそれを更に三等分に切る。
「ごめんなさいね? 初対面のかたに、こんなおばさんのノロケ話」
「ううん? もっと聞きたい」
微笑みながら私が渡したお皿には、一口大に切られた梨。おばあちゃんはそれを受け取って、ゆっくりかじる。
「あらこれ美味しい。なんて食べ物?」
「ナシだよ」
「なし……へえぇ。これ好きだわぁ」フォークに刺さった梨をマジマジと見て、また一口かじった。「んー、美味しい」
うん、美味しいよね。だってそれ、おばあちゃんの大好物だもん。
とは言えなくて、私も自分用に切った梨をかじる。まだ少し早いのか、ちょっと酸味を感じた。
「……何をお話してたかしら」
「おじ……旦那さんと、新しい土地に移り住んだって」
「あぁ、そうそう。それで二人きりで新しい生活を始めてねぇ。最初は大変だったの。知り合いもいないし、お仕事も辞めてきちゃったし。だから旦那さんも私も近所にあった工場に勤めてお金を貯めて……それでようやく、念願の赤ちゃんを授かったのよ?」
その“赤ちゃん”はきっと私のママだ。
「貴女と同じ年ごろかしら。いまはデパートでお化粧品を売っているの」
知ってるよ、と聞いてるよ、の意味を込めてウンとうなずく。
「貴女は? 今日はお休み?」
「あー、うん……」
今日どころか、明日も明後日も、ずっとお休み……の予定。
「どんなお仕事なされているの?」
「えっと……いまは、ニート……」
「にぃと? 聞いたことないわぁ。横文字のお仕事?」
「そう、だね。横文字ではある」
けど、お仕事ではない。
「あらぁ、新進気鋭の女性なのね、素敵ね」
「……ありがとう、ございます」
頭を下げた私の顔には、苦笑が広がっていた。
面会時間が終わった帰り道、コンビニに寄って無料の求人情報誌を手に取った。
おばあちゃんの時代の“駆け落ち”なんて、決死の覚悟だったろうな。って思ったら、その孫の私がぼんやり時間を過ごすのが申し訳なくなったのだ。
おばあちゃんがおじいちゃんと出会えてなかったら、ママが生まれることはなくて。そうなったら、私だってここにはいない。
人の命の繋がりなんて、少しの掛け違いで簡単に途切れてしまうんだ。
せっかく生きてるんだったら、ちゃんとなにか生きた証が欲しい。
(これはその第一歩……)
手に持った冊子を見つめて、私は歩きだした。
「そうだったんだ」
私は、今年初めての梨の皮をむきながらおばあちゃんの話を聞く。
「待ち合わせの場所にね? なかなか来なくて……いまみたいに外で連絡とれるようなものもなかったし、家も出てきて帰るところなんてないのにどうしようって途方にくれてたの」
「うん」
「いよいよ列車が出ちゃうってときにやっとね、来たの。夜道の向こうから息せき切って走って」
さっきまで困り顔だったおばあちゃんの顔にパァッと笑みが広がる。
「もう最終列車が出る寸前! 慌てて走って飛び乗って、間に合ったねって大笑いして。それからこっちに移り住んだのよ」
「へぇ~、大恋愛だね」
おばあちゃんは私の言葉に、嬉しそうにうなずいた。
「……ところで貴女、お時間大丈夫?」
「うん、大丈夫」
梨の皮をむき終えて、櫛切りになったそれを更に三等分に切る。
「ごめんなさいね? 初対面のかたに、こんなおばさんのノロケ話」
「ううん? もっと聞きたい」
微笑みながら私が渡したお皿には、一口大に切られた梨。おばあちゃんはそれを受け取って、ゆっくりかじる。
「あらこれ美味しい。なんて食べ物?」
「ナシだよ」
「なし……へえぇ。これ好きだわぁ」フォークに刺さった梨をマジマジと見て、また一口かじった。「んー、美味しい」
うん、美味しいよね。だってそれ、おばあちゃんの大好物だもん。
とは言えなくて、私も自分用に切った梨をかじる。まだ少し早いのか、ちょっと酸味を感じた。
「……何をお話してたかしら」
「おじ……旦那さんと、新しい土地に移り住んだって」
「あぁ、そうそう。それで二人きりで新しい生活を始めてねぇ。最初は大変だったの。知り合いもいないし、お仕事も辞めてきちゃったし。だから旦那さんも私も近所にあった工場に勤めてお金を貯めて……それでようやく、念願の赤ちゃんを授かったのよ?」
その“赤ちゃん”はきっと私のママだ。
「貴女と同じ年ごろかしら。いまはデパートでお化粧品を売っているの」
知ってるよ、と聞いてるよ、の意味を込めてウンとうなずく。
「貴女は? 今日はお休み?」
「あー、うん……」
今日どころか、明日も明後日も、ずっとお休み……の予定。
「どんなお仕事なされているの?」
「えっと……いまは、ニート……」
「にぃと? 聞いたことないわぁ。横文字のお仕事?」
「そう、だね。横文字ではある」
けど、お仕事ではない。
「あらぁ、新進気鋭の女性なのね、素敵ね」
「……ありがとう、ございます」
頭を下げた私の顔には、苦笑が広がっていた。
面会時間が終わった帰り道、コンビニに寄って無料の求人情報誌を手に取った。
おばあちゃんの時代の“駆け落ち”なんて、決死の覚悟だったろうな。って思ったら、その孫の私がぼんやり時間を過ごすのが申し訳なくなったのだ。
おばあちゃんがおじいちゃんと出会えてなかったら、ママが生まれることはなくて。そうなったら、私だってここにはいない。
人の命の繋がりなんて、少しの掛け違いで簡単に途切れてしまうんだ。
せっかく生きてるんだったら、ちゃんとなにか生きた証が欲しい。
(これはその第一歩……)
手に持った冊子を見つめて、私は歩きだした。
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