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Chapter.62

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 これまでは素直に受け入れることが恥ずかしかったが、紫輝のストレートな感情表現に触れるたび、薄く張った被膜がはがされていった。
 まだまだ戸惑いは隠せないが、嬉しいことに変わりはない。しかしやはり、突然のまぶしさに対処できるほどの経験値はまだないようだ。
「結婚は?」唐突な後藤の質問に、
「いずれするよ?」紫輝が当然という顔で肯定した。
「えっ?」鹿乃江の反応に
「えっ?」紫輝が同じ言葉を繰り返す。
「つぐみのさんイヤみたいよ?」
「ややや。嫌ではないですよ?!」
「おぉー」左々木と右嶋の反応に、何故か後藤がニヤリと笑う。
「えっ? あっ?」慌てて隣を見ると、紫輝が苦笑していた。
「すみません、いつもこんな感じなんです」
「あぁ」
 意外に冷静な紫輝の態度に、笑みを湛えたままクールダウンする。
 当事者の二人を余所に、右嶋と左々木が「いずれ」「いずれ」と盛り上がっている。
「うるさいですよね、ごめんなさい」
「全然? 楽しいです」
「良かった」紫輝が笑顔になって「あんまり困らせないでよ」三人からかばうように鹿乃江の前に腕を伸ばした。
「ごめんって。お似合いだからつい」後藤が言って「みんななんか追加する?」メニューを開き、皆に見せた。
 わいわいとメニューを眺めるフォク。鹿乃江も同じように視線を移すが、心ここにあらずだ。
 正直、予想外の戸惑いに自分で少し驚いた。
 結婚願望が強いわけではないが、どうしたって意識はする。
 落ち込んではいないが、普段気付かない自分の一面に触れたような気がして、少し動揺している。
 しかし、この先ずっと一緒にいるなら、いずれは通る道だ。
(いつか、伝えないと……)
 躊躇の大元にある不安が頭をもたげる。
 いま感じるべきではない緊張をほぐすために、腿の上に乗せた手を握り合わせる。その、いつもの鹿乃江の癖に気付いた紫輝が、自分の手を被せて握って指を解きほぐし、そして絡めた。
 そっと盗み見た紫輝の横顔は、穏やかな微笑みを湛えている。
 その表情から紫輝の言いたいことがわかって、指先だけで紫輝の手を握り返すと、鹿乃江はこっそり安堵の笑みを浮かべた。
 紫輝は繋いだ手をそのまま自分の腿の上に移動させる。そのぬくもりが抱きしめられているときに感じるそれと同じで、張り詰めた気持ちが緩やかにほどけていく。
 パシャリ。
 唐突な機械音と同時にテーブルの下が一瞬光った。
「ラブラブじゃ~ん」左々木が後藤、右嶋に撮ったばかりの写真を見せる。そこには、繋いだ二人の手が写っていた。
「ちょっと盗撮!」指をさしてツッコむ紫輝に、
「あとで送るね」紫輝に向かって左々木が言う。
「それは、うん」
「えっ」
「鹿乃江さんにはオレがあとで送りますよ?」
「んっ?…うん」
 戸惑いの笑顔を浮かべる鹿乃江とは対照的に、紫輝は満面の笑みを浮かべる。
「甘やかすのも程々にしないと、そのヒトつけあがりますよ?」それを見ていた後藤が、鼻にシワを寄せて苦々しく忠告した。
「人聞き悪いなオイ」
(メンバーさんといるときってこんな感じなんだなー)
 二人きりのときと違うだろうことは予想できていたけど、テレビやライブ映像とはまた違った雰囲気に新鮮さを感じる。いつもより少し幼くて、そこがまた可愛い。
「あんまり甘やかさないように気を付けます」
 笑いながら言った鹿乃江に「えぇっ」と驚く紫輝と、頷く後藤、右嶋、左々木。
「あれっ、オレだけ仲間はずれ?」
「感性が違うんじゃない?」右嶋のフォローに
「個性的ってことだよ」後藤が付け足す。
「そう? そうかな?」
 素直な紫輝はそれを受けて、ヘヘッと笑った。
(純粋でかわいー)
 鹿乃江がデレッとした笑顔になったのを見て、
「良かったね、紫輝くん」
 後藤が嬉しそうに言って、左々木と右嶋がうんうんと頷いた。
「うん、ありがとう」
「もうワンワン泣いたりしないでね」
「ワンワンは泣いてない」
 右嶋に話を蒸し返されて、紫輝は不服そうに反論した。
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