50 / 69
Chapter.50
しおりを挟む
薄い布越しに触れ合った身体から体温が伝わる。
鹿乃江の胸に愛しさがこみあげて、それまでは遠慮がちに回していた腕に力を籠めた。
「……鹿乃江さん、さっきオレのことズルイって言いましたけど、鹿乃江さんも相当ズルイっすよね」
紫輝が鹿乃江の耳元に唇を押し当てながら言う。
「えっ。なにも…してない、ですよね……?」
「いやぁ、ズルイっすよ。めっちゃかわいいんすもん」
(うぅ……)
照れくささとくすぐったさとでモゾモゾと鹿乃江が動くと、
「ん?」
紫輝が気付き、腕の力を緩めた。
鹿乃江は少しだけ紫輝の身体を押し離し、照れたような拗ねたような顔で
「そういうの、嬉しいですけど…あまり、慣れてないので…」
ぽつりと呟く。
紫輝が目尻を下げて子供をなだめるように頭を撫で、鹿乃江の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、慣れるようにたくさん言いますね」
「えっ、ちが」チュッと音を立てて紫輝が言葉の途中でキスをする。
耳まで赤くなる鹿乃江を見て満足そうにニコーと笑い、抱き寄せてから耳元で囁く。
「やっぱ、かわいいっす」
「……ありがとうございます……」
紫輝には敵わないことを悟って、鹿乃江は素直に受け入れることにした。
そっと、紫輝に身体を預けてみる。紫輝はそれを受け入れて、鹿乃江の横顔に優しく頬をすり寄せた。
「明日、お仕事ですか?」
「はい。前原さんは?」
「紫輝」
「ん?」
「紫輝でいいですよ」
「…紫輝…くん」
「はい」
顔を見ずとも嬉しそうなのがわかる。
「紫輝くんは、明日は?」
「オレは午後からっすね」
「じゃあ、朝はゆっくりできますね」待たせたうえに早起きさせるのは申し訳なさ過ぎて、思わず気遣う。
「そうっすね。だから……ホントはもっと一緒にいたいんですけど」
「はい……」
「…帰…っちゃいます…?」
体を離して鹿乃江の顔を覗き込む。
「…そう…ですね……」
正直、帰りたくない気持ちもある。やっと気持ちが通じたのだから、このままずっと一緒にいたい。しかし、正確な時間はわからないが、職場を出てからかなりの時間が経っている。
明日の出勤や終電の時間も考えて
「今日は、帰ります」
自分に言い聞かせるように口に出した。
「じゃあ、車、出しますね」
「まだ電車あると思うので」
「オレが送りたいんで、送りますね」
鹿乃江の言葉を遮るように紫輝が言う。その勢いに一瞬キョトンとして
「はい。お願いします」
鹿乃江が微笑んだ。
「ちょっと準備するんで、待っててください」
笑顔を見せてソファを離れ、背中側に落ちていた上着を取って別の部屋に入って行った。
自分の体温だけでは物足りなく感じて、そっと自分の腕を抱いてみる。自分のとは違う紫輝の体温が腕の形のまま背中に残っていることに気付き、それだけで胸がときめく。
(すき……)
ようやく対峙できた自分の気持ちをそっと拾い上げる。それは、宝石のようにキラキラと輝いていた。
「お待たせしました」
紫輝は片手に鍵を持ってリビングに戻って来た。
「いえ」
首を横に振り、コートを着て足元のバッグを持つ。
紫輝もテーブルの脇に置いてあったボディバッグを肩に掛けると
「はい」
言って、空いた方の手を鹿乃江に差し伸べた。
照れながらその手に指を添えて、鹿乃江が立ち上がる。
紫輝はその指を握って手を繋ぎ、鹿乃江を見つめた。不思議そうに見つめ返す鹿乃江に、少し腰を曲げてキスをする。
「…行きましょっか」
「……はい」
紫輝の不意打ちには、いつまで経っても慣れそうにない。
鹿乃江の胸に愛しさがこみあげて、それまでは遠慮がちに回していた腕に力を籠めた。
「……鹿乃江さん、さっきオレのことズルイって言いましたけど、鹿乃江さんも相当ズルイっすよね」
紫輝が鹿乃江の耳元に唇を押し当てながら言う。
「えっ。なにも…してない、ですよね……?」
「いやぁ、ズルイっすよ。めっちゃかわいいんすもん」
(うぅ……)
照れくささとくすぐったさとでモゾモゾと鹿乃江が動くと、
「ん?」
紫輝が気付き、腕の力を緩めた。
鹿乃江は少しだけ紫輝の身体を押し離し、照れたような拗ねたような顔で
「そういうの、嬉しいですけど…あまり、慣れてないので…」
ぽつりと呟く。
紫輝が目尻を下げて子供をなだめるように頭を撫で、鹿乃江の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、慣れるようにたくさん言いますね」
「えっ、ちが」チュッと音を立てて紫輝が言葉の途中でキスをする。
耳まで赤くなる鹿乃江を見て満足そうにニコーと笑い、抱き寄せてから耳元で囁く。
「やっぱ、かわいいっす」
「……ありがとうございます……」
紫輝には敵わないことを悟って、鹿乃江は素直に受け入れることにした。
そっと、紫輝に身体を預けてみる。紫輝はそれを受け入れて、鹿乃江の横顔に優しく頬をすり寄せた。
「明日、お仕事ですか?」
「はい。前原さんは?」
「紫輝」
「ん?」
「紫輝でいいですよ」
「…紫輝…くん」
「はい」
顔を見ずとも嬉しそうなのがわかる。
「紫輝くんは、明日は?」
「オレは午後からっすね」
「じゃあ、朝はゆっくりできますね」待たせたうえに早起きさせるのは申し訳なさ過ぎて、思わず気遣う。
「そうっすね。だから……ホントはもっと一緒にいたいんですけど」
「はい……」
「…帰…っちゃいます…?」
体を離して鹿乃江の顔を覗き込む。
「…そう…ですね……」
正直、帰りたくない気持ちもある。やっと気持ちが通じたのだから、このままずっと一緒にいたい。しかし、正確な時間はわからないが、職場を出てからかなりの時間が経っている。
明日の出勤や終電の時間も考えて
「今日は、帰ります」
自分に言い聞かせるように口に出した。
「じゃあ、車、出しますね」
「まだ電車あると思うので」
「オレが送りたいんで、送りますね」
鹿乃江の言葉を遮るように紫輝が言う。その勢いに一瞬キョトンとして
「はい。お願いします」
鹿乃江が微笑んだ。
「ちょっと準備するんで、待っててください」
笑顔を見せてソファを離れ、背中側に落ちていた上着を取って別の部屋に入って行った。
自分の体温だけでは物足りなく感じて、そっと自分の腕を抱いてみる。自分のとは違う紫輝の体温が腕の形のまま背中に残っていることに気付き、それだけで胸がときめく。
(すき……)
ようやく対峙できた自分の気持ちをそっと拾い上げる。それは、宝石のようにキラキラと輝いていた。
「お待たせしました」
紫輝は片手に鍵を持ってリビングに戻って来た。
「いえ」
首を横に振り、コートを着て足元のバッグを持つ。
紫輝もテーブルの脇に置いてあったボディバッグを肩に掛けると
「はい」
言って、空いた方の手を鹿乃江に差し伸べた。
照れながらその手に指を添えて、鹿乃江が立ち上がる。
紫輝はその指を握って手を繋ぎ、鹿乃江を見つめた。不思議そうに見つめ返す鹿乃江に、少し腰を曲げてキスをする。
「…行きましょっか」
「……はい」
紫輝の不意打ちには、いつまで経っても慣れそうにない。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?
イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。
全6話、完結済。
リクエストにお応えした作品です。
単体でも読めると思いますが、
①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】
母主人公
※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。
②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】
娘主人公
を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる