39 / 69
Chapter.39
しおりを挟む
「じゃあ、先に席行ってるね」
「はーい」
別のグループとして来ている知人に会場内で会うという園部と別れ、鹿乃江は広い通路を移動する。
(あった)
通路番号を頼りに客席スペースへ入る。見晴らしの良い二階席のひとつが、チケットに書かれた座席だった。
(人気あるんだなー)
開演30分前。広い会場の八分目ほどが埋まった客席を眺めてぼんやり考える。紫輝の名前や顔写真の載ったうちわを持っている観客も見受けられた。
最後に会ったのは四か月半ほど前、紫輝の車で自宅最寄駅まで送ってもらったときだ。
あの日掴まれた腕の感覚と熱い体温を思い出して、そっと自分の腕に触れてみる。当時の記憶が呼び起こされ、悲しさが押し寄せてきてしまった。紛らわせるためにステージ上に組まれたセットへ視線を移す。
(まさかライブ見ることになるとはなぁ……)
ことの発端は、職場の後輩からの頼み事だった。
「初の大きいツアーなんです! だから空席作りたくないんです! お願いします!」頭を下げて手を合わせる園部。「変な人と一緒に入るのもヤなんです!」
一緒に行く予定だった友人が入院してしまい、急遽同行者を探しているとのことだった。公演まで一週間を切っていたため、ドタキャンされる恐れのあるSNSなどで探したくないらしい。
「曲とか全然知らないよ?」
「大丈夫です! 明日CD貸します!」
「え、予習」
「チケ代もいらないんで!」
「いや、それは払うよ」
「いいんですか?!」
鹿乃江の言葉を、承認と捉えたようだった。
「何日の何時からだっけ…?」
日時を聞いて、会社パソコンのメーラーに入っている予定表を開く。出勤日だが必須業務は少なく、多少の早上がりが可能だ。
(あんなでかい会場だったら、見つからないよね……)
「うん、じゃあ、譲ってもらう」
「やったー!」
「ほかに行きたい人見つかったら、そっち優先してね」
たぶん、探す気はもうないだろうことはわかっていたが、一応言ってみる。
「了解です! チケットがデジタル式で手元にないんで、一緒に入ることになるんですけど……」
「うん、待ち合わせ指定してくれたらそれに間に合うように上がるよ」
「ありがとうございます! 明日CD持ってきますね!」
園部が嬉しそうに言うので、鹿乃江も少し楽しみになってきた。
「はーい」
別のグループとして来ている知人に会場内で会うという園部と別れ、鹿乃江は広い通路を移動する。
(あった)
通路番号を頼りに客席スペースへ入る。見晴らしの良い二階席のひとつが、チケットに書かれた座席だった。
(人気あるんだなー)
開演30分前。広い会場の八分目ほどが埋まった客席を眺めてぼんやり考える。紫輝の名前や顔写真の載ったうちわを持っている観客も見受けられた。
最後に会ったのは四か月半ほど前、紫輝の車で自宅最寄駅まで送ってもらったときだ。
あの日掴まれた腕の感覚と熱い体温を思い出して、そっと自分の腕に触れてみる。当時の記憶が呼び起こされ、悲しさが押し寄せてきてしまった。紛らわせるためにステージ上に組まれたセットへ視線を移す。
(まさかライブ見ることになるとはなぁ……)
ことの発端は、職場の後輩からの頼み事だった。
「初の大きいツアーなんです! だから空席作りたくないんです! お願いします!」頭を下げて手を合わせる園部。「変な人と一緒に入るのもヤなんです!」
一緒に行く予定だった友人が入院してしまい、急遽同行者を探しているとのことだった。公演まで一週間を切っていたため、ドタキャンされる恐れのあるSNSなどで探したくないらしい。
「曲とか全然知らないよ?」
「大丈夫です! 明日CD貸します!」
「え、予習」
「チケ代もいらないんで!」
「いや、それは払うよ」
「いいんですか?!」
鹿乃江の言葉を、承認と捉えたようだった。
「何日の何時からだっけ…?」
日時を聞いて、会社パソコンのメーラーに入っている予定表を開く。出勤日だが必須業務は少なく、多少の早上がりが可能だ。
(あんなでかい会場だったら、見つからないよね……)
「うん、じゃあ、譲ってもらう」
「やったー!」
「ほかに行きたい人見つかったら、そっち優先してね」
たぶん、探す気はもうないだろうことはわかっていたが、一応言ってみる。
「了解です! チケットがデジタル式で手元にないんで、一緒に入ることになるんですけど……」
「うん、待ち合わせ指定してくれたらそれに間に合うように上がるよ」
「ありがとうございます! 明日CD持ってきますね!」
園部が嬉しそうに言うので、鹿乃江も少し楽しみになってきた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる