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Chapter.32

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 繁華街に建つビル内で今日も慌ただしく業務をこなし、終業の時間を迎えた。
 ふぅっと息を吐いて、エレベーターを待つ。
(……元気かな……)
 ふとした瞬間に思うのは、紫輝のこと。
 突き放したのは自分なのに、連絡が途絶えたら寂しいだなんて都合が良すぎる。
 それでもどこかで期待しているのか、他人のスマホから聞こえる同タイプの通知音にさえ敏感になっている。
 素直に気持ちを通わせていたら、こんなことにはならなかっただろうか、なんて思ったりもする。
(不毛だ……)
 ため息をつきながら乗り込んだエレベーターは7階から1階へ。開いた扉のすぐ横にある従業者通用口からビルの外へ出る。裏路地だから人影はまばらだ。
 鉄扉が閉まるのを確認して駅に向かう鹿乃江の背後に、人影が近付いた。
「鶫野さん」
 聞きなれた耳馴染みの良い声に、反射的に心臓が跳ねる。反応するか否か、可否が一瞬で戦って。でもどうしても無視することができなかった。

 ゆっくり振り返るとそこに、会いたくて仕方がなかったその人が立っていた。

 こみ上げる複雑な感情が涙になって零れ落ちそうで、思わず眉根を寄せる。
「鶫野さん」
 緊張を含んだ声で、紫輝がもう一度呼びかけた。
「少し、時間を、ください」
 疑問形ではないその言葉に、深めにかぶったキャップから覗き見える視線に、強い意志が込められている。
 答えることはせず、しかしその場を離れない鹿乃江の葛藤が見えて、紫輝は意を決して一歩踏み出した。腕を掴むと反射的に手を引かれるが、紫輝はその手を離さない。
「ごめんなさい。本当に少しでいいんです」
 少し傷ついたように弱々しい笑顔を見せ、紫輝が言った。
 鹿乃江は腕に篭めた力を緩めて、ぎこちなく頷く。
「ありがとうございます」
 紫輝は少し安心した顔を見せると、掴んだままの手を引き近くに停めてあった乗用車へ誘導した。
「家の近くまで送らせてください」
 名残惜しそうに手を放して、
「ダメっすか?」
 苦笑で問う紫輝に、鹿乃江はうつむいて首を振る。
 紫輝は小さく安堵の息を吐いて、ドアを開けた。鹿乃江が助手席に座るのを確認してドアを閉めると、自分は運転席へ回って乗車する。シートベルトを締めながら
「最寄りの駅名教えてもらっていいですか」鹿乃江に問う。
「……はい」
 紫輝は鹿乃江に聞いた駅名をカーナビに入力して
「出しますね」
 鹿乃江もシートベルトを締めたのを目視して、ゆっくり発進させた。
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