31 / 69
Chapter.31
しおりを挟む
収録後、久我山は移動車に紫輝を乗せ、行きつけのバーへ連れていく。
仕事中はさすがに復活していたようで、その名残か昼間に楽屋を訪ねて来た時よりは気力を取り戻していた。
「昼間はスミマセン」
「いや、ええよ。気持ちはわからんでないし」
「鶫野さんとのこと知ってるの、久我山さんしかいなくて……だから、つい……」
「ええて。乗り掛かった舟やし、俺でいいなら相談くらいのるよ」
「ありがとうございます……」
「にしてもなぁ……。連絡つかんことにはなぁ……」
「はい……」
「電話もつながらんの?」
「電話は…してないです……時間、あわないかなって……」
「そうか……」
職業柄、時間が不規則になってしまうのは久我山も重々承知している。言いはしないが、電話までスルーされたらきっと心が折れてしまうと思っているのだろう。
最初に“一目ぼれした”と聞いたときは、きっと一時の気の迷いだろうとあしらっていたが、それから度々相談に乗ったり実際に二人で会っているところを見て考えが変わった。できる限りのサポートをしたいと思っているから、不用意なことは言えない。
久我山はしばらく考えてから、静かに口を開いた。
「行ったら?」
「どこへですか?」
「店」
「だって、誘っても返事くれないですもん……」
「そっちちゃうくて」
久我山の否定に、紫輝が首をかしげる。
「店。職場。鶫野さんの」
その提案に、紫輝がギョッとした。
「いや、でもそれじゃストーカー」
「既読もつかんのにメッセ送り続けるのもあんま変わらん」
「いやっ…」
否定しようとするが、言葉が続かない。
「このままメッセ送ってるだけじゃラチあかんよ。たぶん、読むつもりない」
その言いように紫輝が傷ついた顔を見せたので、
「正確には、既読を付けるつもりはない、かな」
久我山はフォローを入れた。
「え……」
「たぶんやけどな。既読つけんと読む方法もあるんやし。それこそ、通知切ってなければアプリ開かんでも読めるやろ」
「そう…ですけど……」
「お前のことブロックできるような感じでもなかったしなぁ」
「一回会っただけじゃないですか」
「じゃあ何回も会ったことある前原くんは鶫野さんのこと、嫌になった人がおったら即ブロックで切る人やと思ってるんですか?」
「いや……思ってない、ですけど……」思っていないからこそ、メッセを送り続けていた。「でも、迷惑なんじゃないかって思い始めてきて……」
「それは向こうも思ってるじゃない? 紫輝に迷惑かけるかもって」
「それはちゃんと言いましたよ。迷惑だと思ってたら誘ったりしないって」
「誘わなくなったら迷惑やって?」
「そうじゃないっす」
紫輝は少し語気を荒げて反論する。
「お前の気持ちのことを言ってるんちゃうよ。相手がどう感じてるかってこと」
冷静な久我山の口調に、紫輝がなにかを考え込んで黙った。
「そら、俺は一回しか会ったことないけど、無意識にめっちゃ人に気遣いするとか、こっちから聞かな自分のこと話さんとか、なんて言うんやろ。うまい表現かわからんけど、多分、無自覚にすごく優しい人なんでしょ?」
自分と同じ人物像を持つ久我山に紫輝はなにも言い返せず、ただ静かに頷いた。
「紫輝がこうやって悩んでるっていうのも、わかってる思うけど」
「それは…はい…。オレも、そう思います」
だから困らせたくなくて、メッセの頻度を下げた。いっそ送信するのをやめようかと思ったが、繋がりが完全に消えてしまいそうで、連絡が途切れたことで諦めたと思われたくなくて、それすらできずにいた。
「お前があんだけガツガツ行っても、心のドア開けんくらいガード固いんやから、ちょっとやそっとじゃラチあかんよ」
「でも…迷惑がられて嫌われたら……」
「まぁ、ドアどころかシャッター閉まるかもしれんなぁ」
「そんなのイヤっす」
「でも叩かな開くもんも開かんやろ。……叩いたらもっとかたくなに閉じられるかもしれんけど」
「なんなんですか、励ましてるんですか落ち込ませたいんですかどっちなんですか」
「それはもちろんー……」と久我山が口ごもる。
「ちょっと久我山さん」
「じょーだんや、冗談。でもほんまに、こじ開けるくらいの気持ちで行かんと、前には進めへん思うよ」
「……嫌われちゃいませんかね」
「なんもできんままフェードアウトされるより良くない?」
「う……」
確かにいまのままでは、中途半端な気持ちを抱えたままズルズルと引きずるに違いない。身に覚えがありすぎて、二の句が出ない。
「どうせこないだのメシのあと、職場の場所調べてんにゃろ?」
「えっ。エスパーっすか?」
「もういい加減付き合い長いから行動パターンくらいわかるよ。前んときやって……」
「いやいや、その話はやめましょ! もう終わった話ですし!」
そんな風に前の恋の話ができる紫輝に久我山が少し驚いて、そして微笑んだ。
「紫輝が前に進めてるんやったら、無理やり引っ張ってでも鶫野さんと一緒に進んだらいいよ」
「……はい」
バツが悪そうに笑って、紫輝が首筋をさすった。
* * *
仕事中はさすがに復活していたようで、その名残か昼間に楽屋を訪ねて来た時よりは気力を取り戻していた。
「昼間はスミマセン」
「いや、ええよ。気持ちはわからんでないし」
「鶫野さんとのこと知ってるの、久我山さんしかいなくて……だから、つい……」
「ええて。乗り掛かった舟やし、俺でいいなら相談くらいのるよ」
「ありがとうございます……」
「にしてもなぁ……。連絡つかんことにはなぁ……」
「はい……」
「電話もつながらんの?」
「電話は…してないです……時間、あわないかなって……」
「そうか……」
職業柄、時間が不規則になってしまうのは久我山も重々承知している。言いはしないが、電話までスルーされたらきっと心が折れてしまうと思っているのだろう。
最初に“一目ぼれした”と聞いたときは、きっと一時の気の迷いだろうとあしらっていたが、それから度々相談に乗ったり実際に二人で会っているところを見て考えが変わった。できる限りのサポートをしたいと思っているから、不用意なことは言えない。
久我山はしばらく考えてから、静かに口を開いた。
「行ったら?」
「どこへですか?」
「店」
「だって、誘っても返事くれないですもん……」
「そっちちゃうくて」
久我山の否定に、紫輝が首をかしげる。
「店。職場。鶫野さんの」
その提案に、紫輝がギョッとした。
「いや、でもそれじゃストーカー」
「既読もつかんのにメッセ送り続けるのもあんま変わらん」
「いやっ…」
否定しようとするが、言葉が続かない。
「このままメッセ送ってるだけじゃラチあかんよ。たぶん、読むつもりない」
その言いように紫輝が傷ついた顔を見せたので、
「正確には、既読を付けるつもりはない、かな」
久我山はフォローを入れた。
「え……」
「たぶんやけどな。既読つけんと読む方法もあるんやし。それこそ、通知切ってなければアプリ開かんでも読めるやろ」
「そう…ですけど……」
「お前のことブロックできるような感じでもなかったしなぁ」
「一回会っただけじゃないですか」
「じゃあ何回も会ったことある前原くんは鶫野さんのこと、嫌になった人がおったら即ブロックで切る人やと思ってるんですか?」
「いや……思ってない、ですけど……」思っていないからこそ、メッセを送り続けていた。「でも、迷惑なんじゃないかって思い始めてきて……」
「それは向こうも思ってるじゃない? 紫輝に迷惑かけるかもって」
「それはちゃんと言いましたよ。迷惑だと思ってたら誘ったりしないって」
「誘わなくなったら迷惑やって?」
「そうじゃないっす」
紫輝は少し語気を荒げて反論する。
「お前の気持ちのことを言ってるんちゃうよ。相手がどう感じてるかってこと」
冷静な久我山の口調に、紫輝がなにかを考え込んで黙った。
「そら、俺は一回しか会ったことないけど、無意識にめっちゃ人に気遣いするとか、こっちから聞かな自分のこと話さんとか、なんて言うんやろ。うまい表現かわからんけど、多分、無自覚にすごく優しい人なんでしょ?」
自分と同じ人物像を持つ久我山に紫輝はなにも言い返せず、ただ静かに頷いた。
「紫輝がこうやって悩んでるっていうのも、わかってる思うけど」
「それは…はい…。オレも、そう思います」
だから困らせたくなくて、メッセの頻度を下げた。いっそ送信するのをやめようかと思ったが、繋がりが完全に消えてしまいそうで、連絡が途切れたことで諦めたと思われたくなくて、それすらできずにいた。
「お前があんだけガツガツ行っても、心のドア開けんくらいガード固いんやから、ちょっとやそっとじゃラチあかんよ」
「でも…迷惑がられて嫌われたら……」
「まぁ、ドアどころかシャッター閉まるかもしれんなぁ」
「そんなのイヤっす」
「でも叩かな開くもんも開かんやろ。……叩いたらもっとかたくなに閉じられるかもしれんけど」
「なんなんですか、励ましてるんですか落ち込ませたいんですかどっちなんですか」
「それはもちろんー……」と久我山が口ごもる。
「ちょっと久我山さん」
「じょーだんや、冗談。でもほんまに、こじ開けるくらいの気持ちで行かんと、前には進めへん思うよ」
「……嫌われちゃいませんかね」
「なんもできんままフェードアウトされるより良くない?」
「う……」
確かにいまのままでは、中途半端な気持ちを抱えたままズルズルと引きずるに違いない。身に覚えがありすぎて、二の句が出ない。
「どうせこないだのメシのあと、職場の場所調べてんにゃろ?」
「えっ。エスパーっすか?」
「もういい加減付き合い長いから行動パターンくらいわかるよ。前んときやって……」
「いやいや、その話はやめましょ! もう終わった話ですし!」
そんな風に前の恋の話ができる紫輝に久我山が少し驚いて、そして微笑んだ。
「紫輝が前に進めてるんやったら、無理やり引っ張ってでも鶫野さんと一緒に進んだらいいよ」
「……はい」
バツが悪そうに笑って、紫輝が首筋をさすった。
* * *
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる