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Chapter.20

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『いま、電話しても大丈夫ですか?』

 程なくして既読マークがつき、

『はい。大丈夫です。』

 返信が来た。
 リビングのソファに座り、軽く深呼吸してからアプリの電話機能を使う。
(電話で話すの初めてだな)
 数秒間の発信音のあと、通話が開始される。
『…はい。鶫野です』
 久しぶりに聞く鹿乃江の声に頬が緩む。しかしいまはそんなにホンワカしている場合ではない。
「前原です。急にごめんなさい」
『大丈夫です。…なにか、ありましたか?』
「えっと……」
 まずは雑誌の存在を知っているか、雑誌名を出して確認する。
『あー、吊り広告でたまに見る程度には……』
「あの、その雑誌に、載るらしいんです。オレ…っていうか、オレらが」
『……ん?』
 紫輝の言葉が飲み込めなかったようで、鹿乃江が気の抜けた声を出す。
(そりゃそうだよね……)
「このあいだ食事した帰り、ビルの下でカメラマンに張られてたみたいで……。そのとき撮られたオレらの写真が、その雑誌に載るんです」
『…え……』
 鹿乃江はそれきり黙ってしまう。
「あのっ!」慌てた紫輝が付け加える。「鶫野さんの顔は出ないんです。個人情報も。でも…ごめんなさい。オレのせいで、ご迷惑をおかけして……」
 それでも鹿乃江は無言のままだ。
「本当は直接会ってお話しないとダメなやつなんですけど……いまお会いするともっとご迷惑をおかけしてしまいそうなので……」
 だんだん消え入りそうになる声。
『…あの…』
 鹿乃江の声にギクリとする。
『お気になさらないでください…』
「え…」
『前原さんが悪いわけじゃないですし…その…タイミングというか…巡りあわせというか…んと…』言葉を選びながら、慎重に言葉を紡ぐ。『写真を撮られたこと、私も気付きませんでしたし…そのー』
「ありがとう」
『えっ』
「…ありがとうございます…」
『……はい……』
(やっぱり…好きだな……)
 ソファの上で膝を抱えながら、ふと微笑みが浮かぶ。
「あの……」
『はい』
「しばらく、会うのは控えようと思います」
『……はい』
 少し落ち込んだ声に聞こえて、少し嬉しく思う。
「でも、メッセは送っていいですか? このまま、連絡取れなくなっちゃうのは、嫌なので……」
『……はい。前原さんに、ご迷惑がかからないなら』
「迷惑なわけないっす」喰い気味に強く言う。「迷惑だなんて思うなら、最初から誘ったりしないんで」
(伝わったかな……伝わってなさそうだな……そういうの鈍そうだもんな、ほかは鋭いのに。そこがいいんだけど)
『そう……ですよね。はい。ありがとうございます』
 声で笑顔になったことがわかる。
(期待して、いいのかな)
「もし、なにかリアルにご迷惑をおかけするようなことがあったら、すぐに教えてください」
『はい』
「今回の件じゃなくても、困ったことがあったら連絡ほしいです」
『え……』
「話を聞くくらいしかできないかもですし、オレじゃ頼りないと思いますけど……」
『そんなことないです。いつも…元気、もらってるんですよ?』
 鹿乃江の不意な言葉に、胸が熱くなる。
『だから、頼りに、します』
「はい! いつでも待ってます!」
『ありがとうございます』
 電話越しに二人で笑い合うと、緊張していた気持ちがほぐれていく。
 電波に乗って会いに行けたらなぁ、なんて、少しロマンチストめいたことを思って独り笑う。
 いつまでもこのままでいることもできず、
「それじゃ、また……」
 紫輝が名残惜しそうに言葉を紡ぐ。
『はい。おやすみなさい』
「おやすみなさい」
 通話を終えて、小群の言葉を思い出す。
“知人ってことでコメント出すから。狙ってるんだったらしっかり説明なり弁明なり、ちゃんとフォローしとけよ?”
(いまので、できた……よね?)
 きっとあの感じだと、記事の内容までは読まなさそうだ。変に伝えて誤解されるより、いま把握している事実だけを伝えたほうがいい。そう判断しての対応だった。
 会えないのは寂しいが、どちらにせよ忙しくてしばらくは約束できなさそうだ。
(色々落ち着いたらまた誘おう)
 通話を終えたばかりのスマホで、検索履歴から【都内 個室 デート】のワードを選んで次に行く店の候補を探し始めた。

* * *
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