上 下
18 / 69

Chapter.18

しおりを挟む
 忙しくてなかなか会えず、鹿乃江とはメッセでの連絡しかとっていない。鹿乃江から誘ってくることはなく、かといって紫輝から誘うにも仕事が忙しく、夜中近くにならないと時間が空かないから約束を取り付けるに至らない。
 そんなある日、紫輝は呼び出されて事務所に出向く。よっぽどのことがない限り単独でチーフに呼び出されることはないため、内心不安でいっぱいだ。
 デスクワークをしている社員に挨拶をすると「応接室に通してほしいって言ってましたよ」と教えられた。紫輝は礼を言って事務所の一角にある個室へ移動し、ドアをノックした。
「はーい、どうぞー」
「失礼します……」言いながらドアを開けて入室する。
「おー、来た。お疲れ様。そこ座って?」
 中で待っていたチーフマネージャーの小群コムレが、テーブルを挟んだ向かいにあるソファを手で示して着席を促した。
「お疲れ様です」
 言いながらソファへ座る。
「あのー……」思い当たる用件もなく、どう切り出そうか悩む紫輝に
「なんか飲む?」小群が問いかけた。
「あ…じゃあ…お茶で」
 カウンタに置かれた小型の冷蔵庫から350mlのペットボトルを取り出して、小群がソファに座りながら「ほい」と紫輝に渡す。
「ありがとうございます」受け取って礼を言う紫輝に
「突然だけど、いまお前、彼女いるの?」小群が再度問いかける。
「へ?」唐突な質問に、間抜けな声が出た。「いないっすいないっす」手を横に振る。
(好きな人はいるけど)
 とは、もちろん言わない。
「ふーん」と小群はあごひげを指でさすってから「単刀直入に言うね? 再来週発売の週刊誌に、お前が載ります」話を続けた。
「え? 単独で取材受けましたっけ?」
「取材は受けてないやつです」
「へ?」
「これです」
 小群はテーブル脇のマガジンラックから、既に発売されているゴシップ系写真週刊誌を机上に移した。
「えっ? あっ!?」
 それにリンクして、鹿乃江の顔が浮かぶ。
「事務所としてコメント求められてんだけど、本当に彼女いない?」
「いないっす! それは本当に!」
 小群は少し考えてから、かたわらに置いていたビジネスバッグからクリアファイル入りの書類を取り出した。
「もしかして、この子のこと思い浮かべた?」
 二つ折りにされたA3サイズの紙には、仮組みのレイアウトと共に粒子の荒い画像が何枚か印刷されている。
「そう…っすね……」
 一ヶ月ほど前、鹿乃江と食事に行った帰りのものだ。自分が被せたキャップに隠れ鹿乃江の顔がほとんど見えていないのを確認して、紫輝は内心安堵した。
「同業者じゃないみたいだし、相手の顔はわからないように加工されるけど、一応相手には事前に説明してあげるといいよ」
 怒るでもなく小群が言う。
「これ…絶対載ります?」
「よほどの大事件でもなければ載るねぇ」
「良く似た赤の他人ですよー的な」
「お前コレとおんなじ服、仕事で私服公開企画やったとき使ってたじゃん」
「あ」口に手をやる。
(っていうか、その仕事帰りに会ったんだわ)
「……油断してました。すみません」
「いやまぁプライベートの話だし、犯罪でもない限りは自由にしていいと思ってるんだけどね? こっちも一応仕事だし、業務として聞いてるだけよ?」
「はい」
「ほかにも誰か一緒にいた?」
「いえ、二人だけでした」
「んー」とあごひげをさすりながら小群は考えて、「……まぁ、知人ってことでコメント出しておくよ」書類をバッグの中に仕舞った。「今日はそんだけ。悪かったね、急に呼び出して」
「いえ。お手数おかけしてすみません」
「……一応もっかい言っとくね? 知人ってことでコメント出すから」
「? はい」
「狙ってるんだったらしっかり説明なり弁明なり、ちゃんとフォローしとけよ? ってこと」
 小群の言葉に、紫輝が目を大きく開く。
「反対しないんすか」
「もう大人なんだし、別にハメ外さなきゃいいよ。ファンは大変だろうけど」
「うっ」
「初スキャンダルだし」
「うぅっ」
「相手特定されないようにしばらく気をつけてやれよ? 一般の人だろ?」
「そうっすね…気をつけます……」
 失礼しますと応接室を出て、同じビル内の地下駐車場で所沢と落ち合い、移動車に乗った。
 数か月先に控えたツアーで販売するグッズ用の写真を撮影するためにスタジオへ向かう。途中でメンバーの自宅に寄り、ほかの三人を拾う。まずは事務所から一番近くに住んでいる後藤が乗り込んだ。
 軽い挨拶をして、紫輝が車外の景色を眺め始める。
 気を付けていたつもりだったのに、“まさか自分が”という気分だ。鹿乃江にも気にかけてもらっていたのに、それを無下にしてしまった。
(もういっそ付き合って公表したい)
 なんてできもしないことを考える。
「はあぁー」
 声でも出さなければやってられない気持ちになって、ため息を声に出して吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...